6.海辺の宿題と相合い傘(1)
子供の頃、幼馴染みの輝、未来、俺の3人は、学校帰りによく海を見に行っていた。小学校からの帰り道、左手に砂浜、そしてその向こうに広がる太平洋。どこまでも続く穏やかな碧に魅せられて。
いつものように砂浜で遊んでいた俺たちは、偶然見つけた秘密基地のように見える洞窟で、いろんな話をした。
冬は冷たい海風をしのげるし、夏は暑い日差しをよけられる。
遊び疲れた俺たちには絶好の休憩場所だった。
砂浜に突如現れた、周りの景色とは似つかわしくないその岩場の洞窟は、なにかわくわくする気がした。
奥行きは然程なかったので、俺たちはその洞窟を『異次元への扉』と名付ける。
別に扉があるわけでもないし、異次元に繋がっているわけでもない。ただ、子供心に秘密めいたこの洞窟はワクワク感を詰め込んだような場所に思えた。
* * *
『ねえ、子供の頃の約束覚えてる?』
先日の浜辺で未来が言った言葉を想い出した。
『もう。雄志、覚えてないの?』
風呂上がり、冷蔵庫から麦茶を取り出し、ガラスのコップに注ぐ。トクトクトクと音を立てて勢いよくコップに移動する焦げ茶色。香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。喉の渇きを潤そうとコップ一杯の麦茶を飲み干して、夕食までのしばらくの時間を過ごすため、2階の自室へと階段を上る。
部屋に入り、俺はベッドに腰かけてスマホに手を伸ばした。その刹那。
先日の未来の言葉が頭を過った。
『ねえ、子供の頃の約束覚えてる?』
『じゃあ、宿題ね。必ず思い出してよね』
頬を染めてこの台詞を未来が発したのは、あの『異次元への扉』の前の砂浜。
子供の頃、俺と幼馴染みの輝、未来の3人はよくその場所で遊んだ。波打ち際に打ち上げられた、どこかから流れ着いたであろう枝を剣に見立てて『ごっこ遊び』をしたり、駆け回って疲れたと言っては、その上にある『異次元への扉』で自分達の好きなことについて熱く語り合ったりした。
未来はよく貝殻を拾ったりしていたな。綺麗な貝殻を見つけたと言っては、手のひらにのせて大事そうに見つめていたっけ。
ある日、輝がどこかから流れ着いたであろう枝で、砂浜に相合い傘を書いた。誰の名前を書くかなんてワイワイ言って。その時、片方には未来と、もう片方には……。
やはりその時のことがハッキリと思い出せない。
確かその時、未来が珍しい貝殻を拾ったと俺に見せてくれて、「綺麗だな」と俺が言うと「あげる」って。「大切な宝物だから雄志にあげる」って言われて……俺はその貝殻を受け取った。
いや、その時に何かがあったはずなんだけど。
そうだ、と俺は長方形の缶の箱の存在を思い出した。
どこに仕舞ったっけ。子供の頃に大切な物を入れていたあの缶の箱。もう長く見かけていない。
お中元で家に届いたクッキーが入っていた、あの缶の箱。食べ終わった後、その箱を宝物入れにしたんだ。
懐かしくなり、また見てみたいと思った。机の引き出しを片っ端から開けて、奥までくまなく探す。
だけど、どこにもない。
俺は腕組みをし、しばらく考えて周りを見回す。
その時ふと目にとまったクローゼット。まさかな、と思いながらも一応探してみることにした。
下段の衣装ケースを順番に開けていった。引き出しをひとつずつ。
ひとつふたつと開けていくが、見つかる気配がない。
いよいよラストの引き出しだ。ここになければ、きっと、どこかのタイミングで処分してしまったのだろう。
ふうと息を吐いて、俺は引き出しに手をかけた。
お読み下さりありがとうございました。
次話「7.海辺の宿題と相合い傘(2)」もよろしくお願いします!