5.アイスコーヒーの透明度(2)
輝は転校に伴う引っ越し先で、アルバイトをはじめた。そのことは聞いて知っていたが、問題はその先である。
そのバイト先で3歳年上の大学生と知り合い、仲良くなった。休憩中にいろいろ話すうちに、2人で出かけたりするようになり、その大人びた彼女に惹かれて、ある日、彼女に想いを告げて付き合い始めた。
花火大会の日は、当日彼女がこっちに来ていると連絡が入り、ひとりにさせられなくて、彼女の所に行ったということだ。
「それならそう言ってくれればいいのに」
未来の言うことはもっともだ。
「ちょっと言いづらくて」
イケメンでいつも余裕のある輝だが、大学生の彼女にとって、高校生の自分は子供に感じるのではと、少し不安になっていたという。だから年上の彼女に釣り合いたくて、早く大人になりたくて、まずはカタチからはじめたらしい。それでアイスコーヒーか。
はたから見ればなんとも子供じみた行動に見えるかもしれないが、何もしないよりは何かをしたかったのだろう。
だけど。
「まあ、何が大人で何が子供かなんて、曖昧だからな。要は中身の問題じゃね?」
俺はもっともらしい言葉を放った。
「そうだな」
輝は答えた。
「てか、未来はどうすんだよ」
「え? 未来がどうかしたのか?」
「なにとぼけてんだよ!」
気づけば俺は輝の胸ぐらを掴んでいた。
「とぼけてるもなにも。未来、どういうことだ?」
ひとり熱くなっている俺をよそに、未来は「さあ」と首をかしげる。
「ふたりは付き合ってるんだろ。なのに輝は年上の彼女が……」
店内に男女の笑い声が響く。
「オレと未来が付き合ってるだって?」
「なんでそう思ったのかしら」
え? 違うの?
「いや、だって。あの日、俺たちの子供の頃の秘密基地『異次元への扉』で、未来が振られたって泣いてたとき」
「あ、そんなこともあったわね」
「その時、俺は用事で先に帰って。その後2人で話したって。それから妙にコソコソ話してることが多くなったから」
「それだけで?」
「まあ」
あの時、てっきり付き合い始めたと思った。
しかしそうではなくて、輝は未来の相談にのっていただけだったと。
俺は一気に力が抜けてうなだれた。
「雄志は相変わらずそそっかしいな」
「そんで、すぐに熱くなっちゃうのよね~」
「からかうなよ」
2人に思いっきり笑われて、俺もつられて笑った。
でも、まあ。
ある意味ホッとした。
長い間のもやもやがひとつ解決した。
「あ、オレ、そろそろ行くよ」
「え、もう?」
「これからデートなんで」
人差し指で照れくさそうに頬をかきながら輝は言う。
「それはそれは」
「そういえば雄志。子供の頃、『異次元への扉』の前の砂浜で未来と約束したこと、覚えてるか?」
「え?」
俺の心の中で、空になったアイスコーヒーのグラスの中の氷が少し溶けて、カランと音を立てて移動する。
「じゃな」
そう言うと、輝は未来に目配せをして、扉の方へ歩いて行った。
未来にも聞かれた『子供の頃の約束』。
もうすぐ思い出せそうで、思い出せない。
俺と未来は顔を見合わせて苦笑した。
なぜ思い出せないのか。きっと思い出してみせる。
でもどうやって?
グラスに残った透明の氷が溶けて、アイスコーヒーのストローで吸いきれなかった残りの焦げ茶と混ざり合う。そこには薄い茶色の液体が底の方に溜まっている。
俺はその薄まった液体を、ストローですすった。
もう苦くはないが、どこか空しい味がした。
でも、このぐらいが俺にはちょうどいいのかもしれない。
アイスコーヒーの透明度。
フレッシュを入れることで透明度が下がる。もちろんその分、味はまろやかになる。
コーヒー好きはブラックで飲むらしい。
大人になるとは、苦みも空しさも受け入れるということなのだろうか。
だけど今の俺には、ブラックコーヒーは苦すぎた。
お読み下さりありがとうございました。
次話「6.海辺の宿題と相合い傘(1)」もよろしくお願いします!