1.幼馴染みと淡い想い
ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのにな。
どうせ現実に戻っても別に楽しいことが待ってるわけじゃない。
俺は子供の頃に見つけた海辺の洞窟に座り、海を眺めている。ここは砂浜の端の方で、少し小高い岩場が突き出しているところの下にある。子供の頃、俺たちが砂浜で遊んでいるときに偶然見つけた場所だ。
砂浜に突如現れた、周りの景色とは似つかわしくないその岩場の洞窟は、なにかわくわくする気がした。通称『異次元への扉』。世間一般で言うところの俺たちにとっての秘密基地だ。
別に扉があるわけでもないし、異次元に繋がっているわけでもない。ただ、子供心に秘密めいたこの洞窟はワクワク感を詰め込んだような場所に思えた。
冬は冷たい海風をしのげるし、夏は暑い日差しをよけられる。遊び疲れた俺たちには絶好の休憩場所だった。
俺たち――俺こと雄志と輝、未来の3人はいつも一緒にいた。いわゆる幼馴染みだ。
俺は別にこれといって目立った特徴もなく、フツーな感じがウリとまではいかないが、それほどに雑踏に馴染んでいる感じ。
輝は典型的なイケメンで、何事もスマートに熟し、爽やかな笑顔で女子の視線を釘付けにしちゃうタイプ。
未来は可愛らしく、とにかくよく笑う。くりくりとした大きな目と、よく変わる表情は見ていて飽きない。
小学生の頃、俺たちは学校が終わると急いで帰り、カバンを家に放り込んだらその足でよくここに集まったもんだ。
砂浜で拾った枝を剣に見立てて『ごっこ遊び』をしたり、駆け回って疲れたと言ってはこの『異次元への扉』で自分達の好きなことについて熱く語り合ったりした。
未来はよく貝殻を拾ったりしていたっけな。
中学生の頃は、学校では話せないような恋の話なんかをしたり。
――とは言っても、輝の恋バナを聞いてただけかも。
それから時間の経過とともに、進路についてや将来のことについても話したりするようになった。
俺は未来にいつのまにか恋をしていた。でも3人のこの関係を壊したくなくて、恋心を表面に出さずにいた。
もし気持ちを伝えて上手くいけば、輝とギクシャクするのが嫌だったし、上手くいかなくても未来と気まずくなるのが嫌だったからだ。
あくまでも俺たち3人は仲の良い幼馴染みでいたかった。
高校生になったあるとき、未来が失恋した、と大きな目に涙をいっぱい浮かべて泣いていた。俺と輝は、この『異次元への扉』で未来を元気づけようと慰めた。俺は未来の泣いている姿を見ているのが苦しくて、どうにかしていつもの明るい笑顔を取り戻してほしかった。だけどどうしていいか解らず、くだらない冗談を言って場を和ませようとしたが、あまり効果はなかった。経験豊富な輝は心地良い言葉で、泣きじゃくる未来をなだめる。俺は上手く言葉にできずに「そうだな」と相づちをうつばかりだった。
そうしてしばらく経った後、その日は親戚が来るから早く帰るようにと母親に言われていた俺は、先に帰った。その後2人がどんな話をしたのか俺は知らない。ただ数日後、どうやら輝と未来は付き合いはじめたようだ。
やがて輝は父親の転勤で、彼女を残したまま転校することになった。
彼女は当初落ち込んでいたが、ふたりは遠距離恋愛をはじめ、俺は輝とは友人を、未来とは幼馴染みを続けることになった。
「雄志、未来のこと頼んだぞ」
出発の日、俺の気持ちを知ってか知らずか、輝は爽やかな笑顔で俺にそう言った。
それから未来とふたりで過ごしているが、決して明かすことのできない胸の内を、どう扱っていいのか解らない。
封印した俺の想いをこのまま抱えて過ごすのは切なすぎる。
かといって輝を裏切るようなまねはしたくない。
俺の心など知らずに、未来は何を考えているのだろう。
今も俺の横でじっと海を眺めている。
輝が転校してからも、俺と未来はよくここに来る。
でも前みたいにはしゃいだりすることはなくなった。
ただずっと海を眺めているだけ。そして時間がくればどちらともなく帰ろうかと立ち上がる。
叶わぬ想いを抱いている俺としては、そんな時間だけが嬉しかった。
ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのにな。
どうせ現実に戻っても別に楽しいことが待ってるわけじゃない。
海辺の岩場にポッカリと空いた大きな空洞。
まるで俺の心のようだ。
俺たちはお互いの心を知らぬまま、この『異次元への扉』で穏やかな海をじっと見つめていた。
お読み下さりありがとうございました。
次話「2.夏の夜空と淡い恋」もよろしくお願いします!