第4話
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「おーい。おーい、っとようやくこっち見たか。急に黙りこんで何を考えてたんだ?」
「そりゃ、先輩の言ったあの日のことですよ。あの日無視してたら、ただの電車が人身事故で止まった運の悪い人で済んだのに」
「俺も助ける気なんてさらさらなかったよ。相手の人生に踏み込みすぎない、これがモットーみたいなもんだったのにな」
そう言って先輩は遠くを見つめる。そう思っていたのも先輩に何か過去にあったからなのだろうか。
「だったらなんで助けたんですか」
「それはな、もう何となくってやつだ。どうしても見捨てらんなかったんだよ」
何となくか。でもそれで私は助けられた。実際、私も生きていて後悔はない。先輩のおかげだろう。だけどこの感謝は口にはしないでおこう。言ったら絶対調子に乗る。
「でもあの後文芸部に誘われたのは意外でした」
「誘うしかないだろー? 元々一人だったし、先輩後輩じゃ関われる機会なんてそのくらいだし。助けると言った手前雑にはできない」
「先輩って意外と律儀ですよね」
「そうかそうか。って意外って何だよ、意外って。見た目通りだろ」
こうやって他愛もないことを話す日々が楽しい。前はろくに友達もできず、一人で過ごす日ばっかだったからかもしれない。
「なあ、手を伸ばそうとしないと届かないものって何だと思うか」
「また、なぞなぞみたいなのですか。このタイミングでします?」
「このタイミングだからこそだよ。ぴったりのものだと思う」
「手を伸ばそうとしないと届かないものですか。単に手を伸ばせば届くものじゃないですよね。今までの問題的に考えて」
「よくわかってるねー。そう、手を伸ばそうと必死にならないと、努力して伸ばさないと届かないものだよ」
必死にならないと手に入らないもの。成功とかだろうか。
「成功とかですかね」
「いやいや、違うね。成功なんて果報は寝て待てというくらい勝手にくるものなんだよ」
「じゃあ何だっていうんですか」
「人だよ。手を伸ばさなきゃ相手が手を差し伸べてくれることなんでない。必死になんないと人間関係を作ることなんて無理なんだよ」
「まあ確かにそうですね。いつもより共感しやすい答えですね」
これは、あの日までの私が誰かに手を伸ばしていなかったことに対することだろうか。なかなかに刺さるから辞めて欲しい。
「これは恋愛においてもそうだ」
「急に飛びますね。……あれ、もしかして先輩、気になる人でもできましたか?」
この先輩が恋愛の話をするなんて珍しい。こういうときにいつも馬鹿にしてくる借りを返さないと。
「まあな。学生なんだし普通のことだろ」
「いつもみたいに饒舌じゃないですね。好きな人のどこが良いかとかいっぱい話してくださいよー」
「えっと」
先輩がわかりやすく動揺してる。これは見ていて面白い。
「言えないんですか、好きなのに」
「いや、言えるぞ」
勝った。言質を取れた。
「じゃあ言ってくださいよ」
「えっと。頑張っているところとか、意外に素直なところとか、かな」
「へええ。先輩ってそういう人がタイプなんですね。名前はなんていうんですか」
「やだよ。そこまでは言わない」
「わかりましたよ。今日はここまでにしておきます」
一気に追求しちゃいけない。ゆっくり先輩のことを詳しく知ろう。
「あ、もうこんな時間になっちゃいました。私はそろそろ帰りますね」
「おう。気を付けてな」
「それじゃあまた明日」
私は部室の扉を閉める。先輩のことはまだまだ知らないことが多い。先輩が悩んでいるときは私が力になってあげたいと思う。あの日の先輩みたいに。