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第3話

                    *


 今日は、雨の強い日。私は、駅のホームに一人、立っていた。そして、飛び降りようとしている。何もかも嫌になったのかもしれない。逃げ出したくなったのかもしれない。これといった確固たる理由があってこの選択をしようとしたわけではない。だけど、生きようとする選択を選ぶ気にもならなかった。だからここに来た。この駅は時々止まらず通過するだけの時がある。それを目的にしている。普段調べることもない列車の時刻を調べたりもした。他に人はいるが皆自分の世界に入っているよう。周りなんて気にしちゃいない。もうそろそろで目的の列車が来るだろう。少し黄色い線に歩み寄る。このチャンスは逃したくない。

 今か今かと待っている。誰も話しかけてこない、と思っていた。


「あの、次から列車は止まりませんよ」


 猫背の、眼鏡をかけた少し暗い印象の男の人。制服を着ていてそれを見るに、同じ高校の人みたいだ。何を思って話しかけてきたのだろう。


「ええ、わかってますよ。気にしなくて大丈夫ですよ」


 なるべく不審感のないように答える。ここで邪魔されたくない。流石にこれで引いてくれるだろう。


「もしかして、飛び込もうとしてる?」


 心臓の音がやけに大きく聞こえる。は? この人は初対面の人に対して何を言っているんだ。もしそうだったとしても口を出さないべきだろう。


「君、あの学校の生徒だよね。見た感じ一年生かな」


「な、なんですか、急に馴れ馴れしく」


「んー? 後輩だとわかったらかしこまる必要は無いし、みたいな?」


 おそらく先輩であろうこの人はなかなかにうざそうだ。雨足は弱まることなく、降り続けている。


「仮に先輩後輩だとしていきなり知らない人のことを自殺するみたいな言い方辞めてくれませんか」


 邪魔されて苛立つ心を抑えながら、冷静を装う。


「間違ってたらそれはすまんな。ただ、実際死ぬつもりだったんだろう?」


 いつの間にか、予定の列車が線路の向こうに見える。


「そうだったとして、それがどうなんですか」


「助けてやるよ」


「はあ?」


 列車がホームに入ってくる。飛び込むなら今だろう。もう先輩のことを無視して飛び込もうとする、ができない。いつの間にか右腕が掴まれていた。


「触らないでください」


「自殺を止めるのは触る理由として許されることだろうよ。っと、周りの目線が痛いから場所を変えないか?」


 言われて見渡すと、いろんな人が私達のことを見ている。確かにここでは居心地が悪い。死ぬ気もなんだか失せたので仕方なく、先輩の言うことに従うことにした。



 場所を変えて、近くのカフェに入る。駅の近くにこんなカフェがあるなんて知らなかった。落ち着いた店内でおしゃれだ。


「こんなところに連れてきて、あなたは誰なんですか」


「自己紹介をしないわけにはいかないよな。俺は深見ふかみ凪冴なぎさ星霜せいそう高校の二年生だ。それで、あんたは?」


「……、私は百瀬ももせりんです。一年生です」


「そんで、なんで飛び降りようと?」


「言いたくありませんよ」


 名前を教えてもらったとしても、高校の先輩だとわかっても自分の内は話したくない。できることならここから早く帰りたい。なんとなくついてきてしまったのは、失敗だったかもしれない。


「ふーん。まああの感じだと、特に強い意志もないってところかな。なんとなく嫌になってー、みたいな?」


「だ、だったらなんですか」


「百瀬って言ったか。あんた、助けてくれる人が誰もいないだろ?」


 この先輩はなんで人の琴線に触れるようなことを言ってくるんだ。深呼吸をして平静を保つ。


「なあ、生きてることと死んでることの境界ってどこにあるか?」


「はあ?」


 いきなり違う話をしてきた。何なんだよ、全く。


「帰ってもいいですか」


「ちょっと待てくれよ。それに頼んだコーヒーもまだ来てないだろ? 少し話に付き合えって」


 これは面倒なことに巻き込まれた。だけど、逃げられそうにもない。しょうがないか。


「それで、生きてると死んでるの境界でしたっけ。そんなの心臓が止まったら何じゃないですか。あ、それとも脳が停止したらとか」


「なかなかにありきたりだな。もっと捻って考えろって」


「そんなこと言って、先輩はどうなんですか」


「俺か? 生と死の境界なんて、助けてくれる、手を差し伸べてくれる人が一人でもいるかどうかだよ」


 自分のことを考える。誰も助けてくれなんてしなかった。「助けて」という声はかき消され、すごい自分を演じるしかなかった。


「つまり私はもう死んでるってことですか」


 自分を嘲笑うかのようにポツリとこぼれる。もう死んでる。確かにそれは妥当かもしれない。みんな私のことを一人の人としては見てくれない。なにか違った存在かのように扱ってくる。


「まあ確かに死んでたかもな」


「本当だとして、それを本人の前で言いますか」


「でもそれは、ついさっきまでだろ。いまはもう生き返ってるだろ」


「何言ってるんですか。私は変わらず一人ですよ」


「わかってないのはあんたの方だよ。俺が助けるって言っただろ?」


 そう言ってはにかんだ先輩の姿はなんだか暖かかった。

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