ホストな彼のアタック方法は斜め上で上から目線〜今日からお前とおれの家だと言われたのですが!?〜
もう少し、もう少し。
あと、少し。
「なにやってんだ」
「あっ」
頭上から声が聞こえて上を向くと、不機嫌そうに煙草をくわえる男。
あまり言いたくはないが、長年の腐れ縁の幼馴染みである。
ヨウスケこそ、何をしているんだろうかこんなところで。
たしか顧客がいたはず。
そんな私の心を読んだのか、煙を吐いて仕事が一区切り終わったから休憩なのだという。
相変わらずの長身だと思いながら、再び手を伸ばす。
もう一度ヨウスケが、何をしてるんだと聞くのでストラップがここに落ちたのだと簡潔に説明する。
彼が退けと言い、代わりにしゃがみこんで這うように車の下に手を伸ばすとあっという間に取れた。
先程の苦労は一体なんだったのだろうか。
苦笑しつつありがとうと受けとる。
が、その前にストラップを頭上より高く上げられてしまい、手を掠めた。
さすがにこの行動には驚き、軽く睨むように見る男が視界に入る。
何かを問われそうな空気に待っていると、これは誰から貰ったのだ、と言われ目が点になった。
それをさらに勘違いして、不機嫌になるヨウスケに待ったをかける。
そもそもヨウスケの質問は、色々と間違っているのだ。
「え、あのさ、そのストラップはヨウスケから貰ったものなんだけど?」
「やった覚えはねぇ」
「そりゃ、五年前に貰ったんだから覚えてないのは当然だけど。確実にそれ私の誕生日にくれたやつだよ」
「あったな、そんなことも」
やっと思い出してくれた思い出に安堵すると、ストラップを握るヨウスケに返してくれないのかと疑問に思った。
「明日直してまた持ってくるだけだ」
「え?あ、そっか」
なら返してくれる前提というわけだ。
ホッと息をついてヨウスケがここに来た理由を、まだ知らないことに気が付く。
どうして来たのだと改めて聞くと、今日は二人でランチに行く約束をしていただろうと言われる。
確かに約束したが、彼の職業がホストという特殊なものであるから滅多に予定通りの時間に来ることがない。
だから、今日も当然キャンセルだと思っていただけに意外だった。
私は嬉しくなる鼓動を感じて、ヨウスケに足され車に乗る。
珍しいと思う反面、こうやって一緒にいられる特別を噛み締めた。
ホストという職業柄、あまり会えることも少なくなった幼馴染みに最近寂しく思っていたのだ。
エンジンを吹かして進む高級車の椅子の座り心地にうっとりしながら、窓の外を見る。
ヨウスケは鏡越しであっても表情は変わらなかったが、いつもよりは眉間に寄るシワは少ない方だ。
私と居るときはリラックスをしてくれているのだ、と思わずクスリと笑う。
肩が揺れていたからか、ヨウスケは何笑ってんだと片手で頭をこつく。
全く痛くないじゃれあいに、私達は幼馴染みなんだなぁ、としみじみ思う。
それと同時にズキリと胸が傷み自分も女なのだと実感する。
恋をしていると綺麗になるというが、ヨウスケはマスカラを綺麗にぬれたことや髪型を少し変えたことすら気付いてくれない。
本業はホストのくせに、そんなことにも気付かないのかと悲しくもなる。
私は女として見られてないんだなぁ、とちょっと涙が出そうだ。
俯いたからか、ヨウスケが少し優しげな声音で「どうした」とたずねてきたので疲れただけだからと、言い訳を使う。
優しい、でも思わせ振りな態度は私にとって辛いだけなのに。
幼馴染みだからこそ踏み入れられないこともある。
よく読む恋愛小説のような関係にため息をつきたくなるのは、仕方がない。
恋人でもなく友人でもない曖昧な線引きをいつも感じると特別だけれど、本当の特別にはなれないのだとひしひしと感じる。
ヨウスケが暫く寝ていろと、身体を気遣ってくれたので甘んじて睡眠を取った。
今日の私はなんだかネガティブだな。
なんて落ち込みながら目を閉じると、うとうとと睡魔がちらつく。
ふわりと頬に温かい感触がゆるゆると移動する。
(ヨウスケの、手?夢だから?)
「たく、疲れるまで頑張るんじゃねーよ」
罵倒というより不器用な慰め方にヨウスケらしいな、と口元が無意識に上がる。
ふ、とおでこに生暖かい感触が触れるとさらりと髪を撫でらたような気がした。
これはご褒美の夢なのかと覚めたくない。
***
「ん、よぉす」
「!」
寝ているマイカにこっそりキスをして唇を離すと、寝言なのか狙って言ったのかわからない声でおれの名前を呼び。
さ迷うように、こいつの手が少し疲れた身体とリンクしたようなスーツを掴む。
不意打ちの仕草に心臓が柄にもなく跳ねた。
車が止まっている駐車場でハンドルに頭を乗せて、赤い顔を隠す姿は第三者が見たならばさぞかし格好がつかない男に見えただろう。
ホストのくせになんてざまだろうかと思うが。
「お前を手に入れる為にやってんのに、このバカ女」
むにむにとアホ面で寝ている呑気な女の頬を引っ張るとフギュッと間抜けな声が出て思わず吹いた。
***
起きたら見慣れた自室のベッドにいた。
そして半裸のヨウスケがいて近所迷惑並みに叫ぶと彼が起きてうるせぇ、と一喝されたがそんなことはどうでもいいから説明を。
一応私は服を着ているから間違いは起こしていない、筈だ。
ヨウスケに何も無かったよね、と聞けば。
「あったな」
「え、マジですか」
「嘘に決まってんだろ」
嘘だということに安堵すると、ヨウスケはため息をついて私の頭を手でグワシッ!と掴むとあろうことか握力で握り始め痛い痛いとギブアップの白旗を上げた。
暫くすると手を離してくれたヨウスケを見ると今日は仕事が休みだと言うのでへぇー、と返す。
「おれの貴重な休みを彼氏もいないお前に使ってやるよ」
「う"、人の気にしてることを!」
彼氏がいないのはヨウスケが好きだからだよ、という思いを隠す。
作りたいとも思わなかった、いままでは。
だが、もう潮時かもしれない。
そう思ってしまうほどに脈のなさを何度も痛感してきた。
その日、彼は私をショッピングモールに連れていき好きなものを買ってくれると言って、ぬいぐるみをカゴに入れたので好きなものを覚えていてくれたのだと、嬉しかった。
数日後、先輩にホストクラブに行こうと誘われ断ろうとするも、奢るからと強引に言われ渋々頷く。
夜になると先輩二人と自身はホストクラブに向かう。
ヨウスケとは雰囲気の違う男性達をくらべてしまい、何を考えているのだと恥ずかしくなる。
隣に座るホストの男性は、営業とはいえ話し方が上手かった。
そういえばヨウスケも話を引き出すのが上手かったな。
考えに浸っていると携帯が鳴りヨウスケだったので電話に出た。
「もしも」
『てめぇ、今ホストクラブにいるんだってな?』
「え、うん」
言葉遣いの荒いときは怒っている証拠。
戸惑う私にヨウスケはめちゃくちゃなことを言う。
『なんでおれのとこにこなかった』
「ヨウスケのとこは高級ホストクラブでしょ。私達の給料で行けないよ」
『あ?誰が金取るっつった。おれが変わりに払うに決まってんだろ』
「えええ」
そんなことを言われてもと困る。
だから今すぐ来いと言われ、更に私一人でと難題を押し付けられ冷や汗が出た。
先輩達を残していくのは無理だというと、分かったとヨウスケにしては物分かりの良い返事が返ってくると、ブチリと回線が切れて通話終了の文字が携帯に浮かぶ。
何故か嫌な予感を覚え数分が経つと、店の入り口の方でキャア~!という黄色い声が店内に響いた。
男性店員に困りますと言われながら現れたのは。
「行くぞ、バカ女」
「ええええ、ヨウスケなにしてんの」
「お前が、来れないって言ったから迎えに来ただけだ。別にここを、どうこうしようと思ったわじゃねーよ」
最後の言葉は店員に言い私の手首を掴む。
すると、隣にいたホストの男性が何するんだとあろうことか、おかんむりなヨウスケに反論する。
ヨウスケはギロリと相手を凄み、その威圧感で黙らせた。
恐るべしイケナミ・ヨウスケ。
唖然とする先輩を残し、彼は私を外に連れ出した。
先輩にすみませんと、三回以上叫ぶように言い残す。
久々の外の空気に深呼吸すると、緊張していたのだと今更思う。
そういえば会計をしていないと、慌てる私にヨウスケがさっき払っておいたと澄まし顔で述べたので目が点になる。
そこまでしてくれるのは、何かを企んでるから?とまで疑わしくなるとヨウスケはなんだと、不機嫌そうに問うてきた。
何でもないと言えば車に乗れと言われ仕方がないと諦め乗る。
ヨウスケの働く店に行くのかと思ったが、全く知らない道を通る車。
「どこ行くの?」
「おれの部屋」
「え?またいきなり過ぎない?」
ヨウスケの家に行くことは滅多にない。
理由は知らないが改装工事中らしく、入れてくれなかった。
やがて見知らぬ一軒家が見え、これが新しい家かと見回す。
車から降りるとヨウスケが慣れた手つきで扉を開ける。
私も続いて行くと広い玄関に迎い入れられた。
ヨウスケが待っていたので、追い付くとリビングが見えて凄い凄いと関心する。
「気に入ったか」
「あ、うん」
「なら決定だな」
「へ?何が?」
ヨウスケの真意が分からなくて首を傾げると、一つの鍵を手の平に握らされる。
「今日からおれとお前の家だ」
「な、ええええええ!?」
なんだこの展開はと内心叫べば、ヨウスケは私の部屋の荷物を移動させておいたというので言われた部屋に向かうと、自分の家にあった家具が丸々そのままあったことに固まる。
ああ、もう何がなんだか分からない。
でも嬉しかったりします。
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