明けの日
月が変わり、その日は天気が良く、梅雨が明けたのかと思われるようでもあった。
その晴れた空を久し振りに見た菊一郎は些か感動し、庭へと走るように出て行った。
暖かい風を感じ、そこから夏の一歩が来たように思えた。
庭から家の中を覗くと、窓越しに愛佳の姿があり、こちらを見ていた。
菊一郎は窓を開け
「おはよう」と言った。
愛佳はこれから家へと戻る為、その準備をしていた。
「おはようございます。叔父様」
「今日は何時くらいにここを出て行く予定なの?」
「お昼前後を考えております」
愛佳は鞄をリビングへと持ってきていたようで、その大きな鞄に衣類などが入っているのだろうと菊一郎は思った。
その時に、暖かい熱風が吹き、二人はその風が吹いた方を向いた。
太陽が先程よりも一層照らし出し、蝉の鳴き声も強くなっていたようだった。
「もう夏になるんですのね」
「そのようだね」
菊一郎は肩を脱ぎ、庭から縁側を使い家へと入った。
リビングは陽が入らないので、縁側でも影が当たり、まだ涼しさを感じることができた。ただこれが午後の方になると陽が当たり、縁側はいられなくなるのである。
愛佳は白のワンピースを着ており、それが菊一郎に取って夏を最も感じさせるものであった。
裸足でいるので、足音がよく聞こえ、その生々しい音に菊一郎は愛佳の存在感を思うことができた。
時折、歩きながらそのワンピースの裾を翻し、窓の反射でそれを見て笑っていた。
菊一郎はそんな愛佳が目に入ってはいたが、気づかないふりをしていた。愛佳がそわそわしている姿に家に帰れるのを楽しみにしているのか、まだこの家にいたくて、緊張をしているのか、菊一郎にはわからなかったが、どちらでも菊一郎には嬉しいようでもあり、悲しくも寂しいようであった。
「愛佳ちゃん」
菊一郎の言葉に愛佳は振り向き
「なんですか」
「少しこっちへ」と菊一郎は手招きをした。
愛佳が菊一郎のそばへ来ると愛佳の全身を目に焼き付けた。
大人に近づいている匂いがしたような気がした。女の子特有の大人ぶった匂いとでも言おうか、これが大人になると、溜息がつくようなものになるのに、どうして十代はこうも魅力的になるのだろうと菊一郎は思った。
「家へ帰って、まず、お父さんとお母さんに謝りなさい。でも、そこでしっかりと二人に感謝もするんだ。君を大事に育ててくれたのだから」
「はい....」
愛佳は真面目に聞いてる様子で菊一郎は安心した。
「君はもう大人になってもおかしくない年頃だ。だから二人は君に本当の事実を打ち明けた。それは愛佳ちゃんに傷を合わせたことは事実であるけれど、その傷は愛佳ちゃんの人生の転機でもあるんだな。悲しいこともあるが、いずれはそれに慣れるようになり、強くなるんだよ。愛佳は強く美しく生きてほしいと二人は思っているはずだ。今のままどうか大人になってほしいな」
菊一郎はその後、愛佳にサイダーを渡した。そして自分もサイダーを飲むと、縁側で胡座をかいた。
陽は強くなるが、菊一郎はまだ我慢はできた。
愛佳は庭に立ち、そのまま何をするでもなく、家と菊一郎を見続けた。
「どうしたの?」
「もうこんな事はしないだろうから、目に焼き付けとくんです。先程、叔父様がしていたように」
菊一郎は愛佳をとてもいじらしく思い、そんな女の子が愛おしかった。無邪気に日の下に立つ彼女は菊一郎がしばらく目にしたことのない姿であった。
なんのしがらみも愛佳には持たせてはいけず、彼女はそのまま純粋に生きてほしいと菊一郎は愛佳を眺めた。
白いワンピースが地面に当たりそうになり、空になったサイダーを左手に持ち、汗をかきながら、地面から大空へ上を見上げる愛佳は清くそのままに輝かしかった。