7.兄の片恋
「それで、上手く誘えましたか?」
立食形式で並ぶ、多種多様な料理を選びながら、"モヤ"さんが兄に問いかけました。
「何のことだ」
「ロザンナ嬢の話です」
ブフーッ。
"モヤさん"から出た令嬢の名に、兄はグラスを口から外し、思い切りむせ込んだようです。
「今日の彼女は、萌黄色のドレスが瑞々しいですね」
「おっ、おま、お前っ……」
《なんっ。お兄様サイテー! "モヤさん"を残して、別の女性に声を掛けに行かれてましたの?!》
「次の約束を取り付けたのでしょう? せっかくバルコニーで二人っきりだったのですから」
《まあああ! "モヤさん"が囲まれている時に姿をお見せにならないと思っていたら、そんなことを?!》
サイテー。サイテーです、お兄様!! 大切な"妹"を放置して、なんたること!!
だからこちらの様子に気づかず、駆けつけても来なかったのだわ!!
私、激怒しますわよ!
「えっ、まさか進展なし? 一体何してたんですか!!」
ほら、"モヤさん"も怒っています!
怒って……。
あら? 非難はしてますけど、方向が違いますわね?
「そうは言うがな。男にはそれなりの段取りというものが──」
「ありません。必要なのは勇気だけです」
プイッと"私"が、そっぽを向きます。
「お前のことも気がかりだったんだ。いくら"しばらくひとりに"と言われてもな」
(えっ? お兄様、"モヤさん"に促されて傍を離れましたの?)
そういえば、何かやりとりしていたような。
ああっ。言ってましたわ、確かに。
お兄様を追いやったので、お手洗いかとばかり……。
いろんな意味で、私の頬が染まります。
《ごめんなさい、お兄様。サイテーなんて言ってしまって。──"モヤさん"、もしかしてわざと?》
兄に想い人との逢瀬のチャンスを提供し、自分は自分のペースで令嬢方に応対するため?
少し拗ねたような横顔は、"私"のもので。"モヤさん"の心が読めません。
「案の定、俺のいない間に何かあったようだし」
「案じてくださったことには、ありがとうございます」
"モヤさん"が言いました。
「でも、さっさとくっつけば良いのに。チェーヴァ侯爵家の長女。母君は現王の妹。血筋、身分、人柄揃って、ヴァレンティ次期当主の伴侶として、申し分ない相手のはず。手をこまねいていては、いつ何時、触れたくとも触れられない関係になるかわかりませんよ」
「だが、彼女は潔癖なことで有名なんだ。結婚を申し込んだ相手は、ことごとく玉砕している」
「……どうしてロザンナ嬢が婚約相手の席を空けているか、気づかれてますか?」
「気に入る相手がいないからだろう?」
「ある相手からの言葉を待っている、と私は思っています。きっと相当に焦れながら」
"モヤさん"は、肩を落として溜息をついた後、真摯に兄を見上げました。
「私はお兄様に恩義を感じています。様々な冤罪の裏を調べたい私に、たくさんの軍資金を融通してくださった」
「あれは、お前が巻き上げたんだろう。父上からいただいているお小遣いがあるはずなのに」
「巻き上げたなど、人聞きの悪い。わけあって、そちらは手をつけたくないだけです」
「俺から取るのは良いのか」
「だって、正当なゲームの勝敗結果ですから」
そうなのです。"モヤさん"は、私の資産には手を触れずにいてくれているようでした。
(身体を譲った今、すべて"モヤさん"のものなのに。好きに使ってくれて良いのに)
私にはもう、使う手立てもないのですから。
自由に動かせるお金を要したらしい"モヤさん"は、公爵邸に来て間もない頃、兄にカードゲームを持ちかけました。
はじめは「カードは紳士の遊びだぞ」と難色を示した兄でしたが、家に閉じこもってばかりの"私"の、気分転換になればと思ったようです。
"モヤさん"の誘いに応じて、賭けありのカードが始まりました。
手持ちのない"モヤさん"からの最初の掛け金は、"負ければ兄に、自らお茶を淹れる"というもの。
使用人ではなく、妹からのお茶。
兄は笑いながら応じたのですが──。
(あの時は、"鬼を見た"と思いましたわ……)
ガンガンに毟り取られていく兄。
兄は決して弱い方ではありません。"モヤさん"の連勝ということもなかった。
けれど"モヤさん"は、ここぞという勝負時での賭け方が上手く、初め少額だった金額は、あっという間に膨れ上がって、結果、兄は大敗を喫したのです。
申し訳なさそうに、サービスでお茶を淹れていた"モヤさん"が忘れられません。
そんな"モヤさん"が用意したお茶は。
"──爽やかな口当たりに、上品で甘い香り。旨いな?"
"はい。これはロザンナ・チェーヴァ侯爵令嬢、お気に入りの茶葉ですから"
"ゲホ、ゲホッ。なっ──!!"
あの時初めて、私は兄の"意中の相手"を知ったのでした。
("モヤさん"はお城で霊として過ごしていたから、知っていたのでしょうか)
先の伯爵令嬢のお名前、侯爵令嬢のお名前。
"モヤさん"は各貴族家の系譜にも詳しく、さらに私の知らないことまで把握しているようです。
それが"霊"の情報力なら、私はまだ何も出来ていないということに。
(この体質(?)を生かして、私にも何か出来ることはないかしら)
ぼんやりと考えていると、ふいに"モヤさん"の声の調子が変わりました。
「私は、"お兄様"に幸せになって貰いたいのです」
「リーナ……?」
「"好きな人"と結ばれない辛さは、身に染みていますから」
「……あ……」
切なそうな"私"の表情の中に、兄はダヴィド殿下を思い描いたのでしょう。
かける言葉を失ったかのように、眉尻を下げて"私"を見ました。
私も。去来する想いに、胸が苦しい。
(もちろん私にとっては、ダヴィド殿下。でも"モヤさん"にもそういうお相手がいらしたのね)
それなのに思いを成就させることなく、"霊"になった。
どんなに悔しかったことか。
「というわけで、ご協力します。王妃様から茶会の招待状が届きました。ロザンナ嬢も来るはずなので、お兄様のアピールをしておきましょう」
ぱっと顔をあげた"モヤさん"が宣言しました。
「次の社交は、王城へ行きます」
予告通り、本筋に大きく関係ない回でした。
次回の半分あたりから王城編に突入する予定です。まだ0文字だけど。
やっとカルロも出るし、フィオリーナが彼女ならではの役割を担っていくはず…たぶん次の次くらいで…。ズレ込まなければ、きっと。(今回ズレ込んだ。本当はラウラも出す気だったのに)
前話、読みにくい箇所や足らない箇所あったかと少し手を入れています。
ライブ感覚で投稿してるので、後からの手直しが入っている今作品。
完結してから読むと、きっと投稿直後より読みやすくなっているはず…(笑)。