6.形勢逆転
「ま、まあ! さすがフィオリーナ様。恥を恥とも思われていないなんて」
「ルチア様のドレスを引き裂かれただけのことはある、厚顔さですわ」
カルロ殿下が並べたてた私の悪行が、確定された現実として広められています。
柔らかに、"モヤさん"が否定しました。
「そのドレスの件。ラグニース店のものですよね? 噂されていますが、私、本当に身に覚えがないのです」
「なんて見え透いたことを……。ルチア様は泣いて訴えてらしたのに」
「フィオリーナ様、その言い様は酷いのではありませんか」
大勢でひとりを取り囲むというのは、酷くないのでしょうか。
もし対象が"私"でなかったとしても見過ごせない、礼に反した行為だと思えるのですが。
ですがこの場は、"モヤさん"に任せるしかありません。
令嬢たちのただならぬ雰囲気に、またも貴族たちが寄ってまいります。
充分に人が集まったタイミングを見計らったかのように、"モヤさん"が言いました。
声を張らずとも良く通る、明確な発声です。
「でも、仕立てていないドレスは、引き裂きようがありませんわ」
「え……?」
「仕立てて、ない?」
「そのようです。私は何もしていませんが、ヴァレンティ公爵家は王国きっての名門。たとえ私にその気がなくても、気を利かせて行動される方たちってほら、いらっしゃいますでしょう?」
暗に、あなた達みたいに。と、示唆し、さらに自分たちがいま貶めようとしている相手は、名うての公爵家だぞと思い出させながら。
"モヤさん"が、しれっと続けます。
「そういった方たちまでは把握出来ませんから、"もしかして"と思って調べさせましたの。私の意に反して勝手に動いた方が、ルチア嬢にご迷惑をおかけしていたら、お詫びしようと思って」
──もし命じられて動いたことだとしても、都合が悪くなれば、そう言って切られる。わかっているだろうな?──
ゾクリ。
(な、なんでしょう? 今何か……)
"モヤさん"から凄味を感じてしまうのは、私の気のせいでしょうか。
"モヤさん"は依然として、たおやかな笑顔と物言いを崩さないままに、会話を続けていますのに。
「──そうしましたら、仕立屋では発注がキャンセルになったので、全額返金したというのです」
「えっ」
「どういうことですか?」
明らかに先ほどまでと違ったトーンで、令嬢が聞き返しました。
そんな彼女たちの問いに、"モヤさん"は少しズラした言葉を返しました。
「支払ったのはカルロ殿下でも、返金先はルチア嬢だったとか」
「!!」
ザワ……。
騒めきが、人の輪を走りました。
"そういえばテスタ男爵家では借金が……"
"殿下が贈った宝石が、質屋にあったらしい……"
囁く声を拾いながら、"モヤさん"が会話をまとめます。
「ですから、私にドレスを破かれたというのは、きっとルチア嬢の勘違いですわ」
「……あ……」
「ええと……」
どう見ても故意と作為で嵌めてきた相手を"勘違い"と表現する度量を見せながら、
「ご本人のいらっしゃらないところで話題に出すなんて失礼ですから、この話はここまでにいたしますわね」
そう言って"モヤさん"は、ドレス事件の話を切り上げました。
(わぁぁぁ……)
ぼかして、封じて、余計気になる終わらせ方を……。
明確ではない事柄は、推測を呼びます。
人は自分で行きついた推測を、真実と勘違いしやすいもの。
そして禁じられれば、話したくなります。
噂を娯楽と好む貴族となればなおさら。彼、彼女らが次にとる行動は予測できます。
新しく、別の噂が広がる。
私が彼女たちの立場なら、ここが引き際だと思ったのですが。
「で、でも、他にも、ルチア様を打ったとか……」
明確な不利がわかっていても、下がれない状況なのでしょうか。
なおも一人が食い下がります。
「それはどなたか目撃した方がいらして?」
「あ、いいえ、ルチア様の……告白で」
語勢弱く口ごもる相手を見遣って、"モヤさん"が瞳の色を深めました。
「────。私がルチア嬢に手を出したことはありません」
身に染み込むような静かな声。
「私は、多くのものを与えられております。それは同時に、多くを求められるということ。自制は特に。一時の感情に任せ、人をなぶる。そんな教えは受けておりませんし、そうならないよう自分を律してきたつもりです。そして私は、そんな自分を誇っております」
毅然とした"モヤさん"には、有無を言わせぬ迫力がありました。
"格"で押し切られ、お相手の令嬢もそれ以上は奮い立てなくなったようです。
声を失った令嬢に代わり、隣の令嬢が引き取りました。
「……っ」
「ご無礼を申し訳ありません、フィオリーナ様」
「良いのですよ。誤解は誰にでもありますもの。でもその誤解も解けたと信じていますわ。ね? アルフレーダ・サンチェス伯爵令嬢?」
ご丁寧に家名までつけて呼ばれ、最後まで残っていたご令嬢はもう、その場から立ち去りたい気持ちでいっぱいになられたようです。
青褪めた顔色は、戦意喪失を表していました。
そんな折です。
「どうした、何かあったのか」
兄がグラスを両手に戻ってまいりました。
《お兄様、遅すぎますわ! 今夜は絡まれるかも知れないとわかっていながら、"モヤさん"をひとり残すなんて! しかも相手方の助け舟になってどうします!!》
結果的には良い頃合いだったのかもしれませんが、私はヒヤヒヤし通しでした。
見えないと承知しつつ、ぷんすこ怒る私の前で、"私"が「いいえ、特には」と兄に応じています。
いつの間にか人の輪も溶け、令嬢方はそそくさと別の場所へ移動を済ませておりました。
あちらこちらで、たった今の出来事が話題に上っているようです。
兄からグラスを受け取った"モヤさん"が、呟きました。
「……焚きつけてやれば良かったかな?」
「何の話だ?」
「いや……、男爵令嬢が見染められるなら、伯爵家ならもっとチャンスがあるぞと……。まあ、さすがに品がないか。公爵令嬢が言うことじゃないな、うん」
「リーナ?」
後半の言葉は、口の中でだけ結ばれたので、兄には聞こえなかったと思います。
この場で青ざめたのは私だけ。
("モヤさん"、まさか……。ルチア嬢に変わって、カルロ殿下の隣を奪えと、令嬢たちをそそのかすつもりだったんじゃ……)
もしも私の姿でなければ、実行していたのでしょうか?
またしても見えない汗が、たらたらと流れる気がします。
そんな私の動揺も知らず、"モヤさん"は。
「お兄様、お料理も摘まみに行きましょう! 私、お腹が空きましたわ」
一転して軽やかな笑みを湛え、兄の手を引いたのでした。
毎話お付き合いくださり有難うございます!
次話はたぶん、大きく本筋に関わらない部分になると思います。(まだ0文字だけど)
早く王城の回まで行きたい(笑)
女の子同士ならそう気も使わないのですが、"モヤさん"なだけに加減が難しかったです。
苛めになってなければいいなぁ~と思いつつ、まずは火の粉を払ってみました。