5.宴の始まり
「今日の宴、カルロ殿下たちにも招待状を出した」
大広間に向いながら、腕を預けた"私"に向かって、兄が話しかけます。
第二王子カルロ殿下。
いまは兄王子に代わって王位継承の第一席にある彼を、公爵家としても無視するわけにはいかず、渋々ながら招待はしたものの。
「さすがに気まずくて来れなかったようだが、代わりに……」
「取り巻きが来ましたか」
「ああ」
険しい顔で、兄が頷きます。
"婚約破棄されたのは、フィオリーナ側に非があったから"。
カルロ殿下とルチア嬢が自分たちを正当化するため、腰ぎんちゃくを使って、私についてあることないこと吹聴して回っていたことくらい、手に取るようにわかります。
今回の彼らの使命は、"フィオリーナ・ヴァレンティ"の社会復帰を阻止し、更なる悪評を助長すること。
つまり場の空気や、客人たちを扇動する役を任されて、宴席に臨んでいる。
(なんて卑劣なの)
込み上げてくる怒りとともに、私には"モヤさん"が案じられました。
霊となって漂う私の代わりに、今夜その矢面に立たされるのは"モヤさん"。
(傷つけられたりしないかしら)
不安に思う私とは対照的に、"モヤさん"が入った"私"は平然と言いました。
「では、今夜はそれを削りましょう。一度では無理ですけど」
「え?」
"モヤさん"の言葉に、兄が聞き返す間もなく、私たち兄妹は大広間へと到着しました。
私の腕から素早く飛び降りた子ぎつねの霊が、回れ右して駆けていきます。
大勢の人間は、苦手なのかもしれません。
宴席にあらわれた私たちに、ざっと視線が集まりました。
同時に、ひそひそと遠巻きな囁きが聞こえます。
(うっ)
耳に届くのは悪意と侮蔑。そして好奇と嘲笑。
好意とは反対の視線にさらされて、私は即座に居た堪れなくなりました。
兄もそんな視線が"私"に突き刺さっていることを感じ取り、力づけるよう、そっと"モヤさん"に耳打ちします。
「大丈夫だ。この中では、お前が一番きれいだ」
途端に。
「ええ、私もそう思います」
大輪の花が、豪奢に咲き誇りました。
輝かしい笑顔。
負の言葉など何も聞こえてないような、本当に見事な、己を誇る満開の笑み。
一身に視線を浴びる中で見せた笑顔は、注目を浴びていた分、多くの人が目にしました。
「…………!」
人々が呑まれた一瞬に。
"モヤさん"は魅力に満ちたカーテシーを披露しました。
細部まで気を配った、それでいて大胆かつ優雅な礼は、ドレスの広がりもあって、いっきに広間の主役といった存在感を見せつけました。
「皆様、今宵は我がヴァレンティ公爵家主催の宴にお越しくださり、ありがとうございます」
《"モヤさん"……! 本番に強いタイプ?!》
私の体幹があっても、なお、苦手としていたカーテシーが完璧です。
思わず私まで見惚れてしまいました。
慌てたように、兄が挨拶を続けます。
ええ、本来、男性から言葉を発するものです。
そこは"モヤさん"仕様として、苦笑するしかありません。
(視線が変わった?)
明らかに、客人たちの空気が揺らぎました。
"私"への目が、"決めつけ"から"見定め"に移行したようです。
もしこの場で萎縮しようものなら、相手を肯定したものとして、悪意は一層蔑みを生んだでしょう。
けれども"モヤさん"は、なんでも跳ね返してしまいそうなほど、自信に溢れた姿勢で立ち、大きな余裕を感じさせます。
(あそこで悔しそうに顔をゆがめた人たちが、カルロ殿下の取り巻きね?)
分が悪くなっても、手ぶらで帰ることは許されない中級貴族たちが、忌々し気にこちらを見ています。
案の定、宴が始まってしばらく経ち。
"私"から兄が離れたのを見計らって、数人がさり気なく"モヤさん"に近づいてまいりました。
今夜は半ば無礼講。公式の晩餐ではないため、下位の者から話しかけることも許されています。
「フィオリーナ様にご挨拶させてくださいませ。社交界でお見掛けするのは、久しぶりですね」
同世代の貴族令嬢が複数人連れ立つ中、代表格らしい令嬢が歩み出ました。
にっこりと微笑みで返し、続く言葉を待つ"モヤさん"に、優位を確信している令嬢が、いやらしく口元を歪めます。
「なんでも、貴族令嬢にあるまじきご体験をなさったとか」
「王城の地下をご見学できるなんて、まさに特別なフィオリーナ様ならではですわね」
クスクスと笑みを含みながら、令嬢たちが"モヤさん"を見ます。
牢に入れられたことを示しているのです。
「ええ。本当に稀有な体験をいたしました」
(モヤさん? そこ、嬉しそうに返すとこではないのでは?!)
たぶん令嬢方には嫌がらせの言葉だったはずですが、"モヤさん"は一切悪びれず、おっとりとした言葉で受け答えました。
「ま、まあ! さすがフィオリーナ様。恥を恥とも思われていないなんて」
「ルチア様のドレスを引き裂かれただけのことはある、厚顔さですわ」
こんなところで続いてしまいました。2000文字くらいだったから……。
今日中に頃合いよく、もう一話投じます! よろしくお願いします(*´▽`*)