4.淑女の特訓?
まったくラウラは、よく出来た侍女でした。
("私"の奇行に動じないとか、大物ね)
"モヤさん"は……、目隠ししてお風呂に入るような人物(?)でした。
侍女がつくので大きな不自由はありませんが、お風呂で目に布を巻くのはどうかと思います。
視界を閉ざした状態で身体を洗われるのは余計に敏感になるらしく、時折、変な反応をしています。
(た、大切に扱ってくれるのはわかるけど、逆に恥ずかしいです、"モヤさん"……)
毎回のお風呂時間。
そんな"モヤさん"に負けず劣らず真っ赤になっているであろう私も、たぶん他の霊から見たら相当に変……。
そう! 霊が! いたのです!!
生身の自分から、どのくらいなら離れられるのか。
調べるために寝ついた"モヤさん"から離れ、屋敷内を歩いていた時に遭遇したのです。
公爵邸は建て替えもあり、そう古くない建物です。
にもかかわらず、ふよふよと漂うそれらに、私はとても驚きました。
庭師の霊、厨房の霊。
彼らは一様に、公爵家の娘である私に敬意を示してくれました。
恨みを買っていないご先祖様に感謝したくらい。
ご先祖様といえば、おひとり。未練を残した方と遭いました。
数代前のその方は、"隠したまま伝えられていない"と、古井戸に沈めた財宝を教えてくれましたが……。
同じく霊である私には、なす術がありません。いつか誰かに伝える手段があればよいのにと思います。
公爵家の隅にある古井戸までは行けましたが、敷地から出ることはかないませんでした。
私の行動範囲は建物と、その敷地内ということになります。
霊である私は、眠りを必要としません。
寂しく長い夜を過ごしていると、月明かりの下、庭に躍り出る子ぎつねの霊があまりに可愛くて。
慰められるままに構うと、懐かれてしまいました。
いまも私の腕の中で寛いでいる子ぎつねの様子には、癒されます。
野生のキツネは感染症を持ち、触れることが許されていませんでしたから、こうして愛でることが出来るのは望外の喜びでした。
("モヤさん"もきっと、孤独な夜を重ねたのね……)
"霊"の時間がこんなにも長く感じるなんて。
伝えることも伝えられず、些細なことさえこの世には干渉出来ない。
"淑女の特訓"に励んでいるモヤさんに、言葉をかけることさえも──。
私はもう、確信していました。
モヤさんは生前、男の方だった。しかも高い身分の。
言葉や行動が、それを示しています。
(そんな人が女性の振舞いを真似るなど、耐えがたい羞恥。私のために気をつけてくれているなんて、申し訳ない限りだわ……)
モヤさんはなぜか、"フィオリーナ・ヴァレンティ"に恥をかかせまいと、賢明な努力を重ねてくれていました。
律儀なご性分で、好感を覚えます。
(屋敷に籠っている分には、誰に咎められることもないのに……)
カルロ殿下からの一方的な婚約破棄。
これに対し、我がヴァレンティ公爵家は王家に抗議をいたしました。
けれども国王陛下は、わずかばかりの利権と引き換えに、カルロ殿下の行為を見逃すようにとおっしゃいました。
頼みとしていたダヴィド殿下が倒れられて以来、陛下はすっかりお心弱くなられ、たったひとり残った王子殿下にしたい放題をさせているのです。
今回もカルロ殿下を庇った陛下は、ことを有耶無耶にされてしまいました。
父には、王家に対する不信感が残ったようです。
そして私に残ったのは、婚約破棄された事実と有罪で牢に入れられたという、不名誉な経験と噂。
(それが冤罪だったとしても、真相が正しく伝わることは難しい)
様々な憶測が話に尾ヒレをつけて独り歩きしている今、まともな縁談はもう望めない。
最も、私はすでに肉体を譲っていますし、他の誰に嫁ぐ気もありません。
ただ、私の身体を使っているモヤさんに、貴族家の娘の義務として嫁ぎ先が用意される可能性はありました。
けれども我が父は、私が思う以上に、私の心情を慮ってくれました。
今回のことで心に傷を負ったろう"私"に対し、"無理強いはしない"と言ってくれたのです。
もともと、ダヴィド殿下の代わりに、カルロ殿下と婚約し直したのも、私に次の恋を見つけて欲しかったが故。しかし深く悔いる結果となったと、謝ってくれました。
"モヤさん"は貴族として日常的なことはソツなくこなせていますし、知識も十分です。
使用人の扱いにも慣れており、彼らに侮られることもありません。
つまり、政略結婚を免除された今、生前の挙措のまま実家で振舞うことも可能なのですが。
「よくお似合いです、お嬢様」
「そうだろう? 私もフィオリーナには濃い青よりも、淡い水色のほうが似合うと思っていたんだ」
(…………)
「お嬢様、ご自分のことを名前で呼ばれるのは、幼子のすることです。あと、お嬢様は何でもお似合いです。濃い青の装いも、とても美しゅうございました」
「はっ! 確かに。きめ細やかな白い肌だから、どの色も映えるのは間違いない」
(このふたりは……何を言っているのでしょう……)
私は、鏡の前で盛り上がる"モヤさん"とラウラを見ます。
「では髪飾りはこちらを合わせられますか?」
「うん。でも真珠も良いな。艶やかなシャンパンゴールドの髪に、上品な海の白というのは、実に美味しそうだと思うが」
「美味しさを競ってどうされます。殿方に味見されてしまいますよ、フィオリーナ様。それでなくとも最近のお嬢様は、迂闊なのですから」
「迂闊、ということはないだろう」
「いいえ。殿方に対して、距離の取り方に隙があります。同性ではないのですから、あちらは期待されます」
「却下だ。この身体をそんな目で見ることは許さない」
「ではお気をつけくださいまし。あとお言葉がまた……」
「あ! 良く言ってくれました、ラウラ。今日は本番ですものね」
「ばっちりです、お嬢様。それでこそ優雅な公爵令嬢です」
(………………)
手の中の子ぎつねが、うかがうように私を見上げました。
今日、この公爵邸で、我が家主催の宴が開かれます。
"モヤさん"はそれに出席すべく、いま身支度をしているのです。
婚約を破棄されてから初の社交界。
招待客からいろんな目で見られることはわかっています。
兄は"私"を気遣って「出なくてもいい」と言ってくれましたが、自宅で開かれる宴だからこそ絶好の機と、"モヤさん"は"訓練"の成果を試すことにしたようです。
失墜した"フィオリーナ・ヴァレンティ"の名誉を回復させるため。
兄やラウラにそう話し、彼らの協力を得て、"モヤさん"は宴に挑むらしいのですが。
「リーナ、準備は出来たかい?」
扉がノックされ、エスコート役の兄がやってまいりました。
「では、行って来る──行って来ますわね、ほほほ」
「はい! ご武運を、お嬢様!!」
(何か! 違う!!)
武運を祈る宴席とは一体?
不安いっぱいの私の前で、公爵家の宴が始まろうとしていました。
続きは0文字です!(笑) 時間の隙を見つけて頑張ります。
見直しが不十分なので、読みにくかったらごめんなさい。これもまた貴重な経験。
練習兼おまけ連載なので、優しく見守ってやってくださいね♪(๑¯ω¯๑)