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3.もしかして、生前は

《モヤさん??》


 慌てて側にいた兄が、"私の身体"を支えてくれました。


「大丈夫か、リーナ?」


「だ、大丈夫。ドレスを踏んでしまった……」


 呆然と、"モヤさん"が口にします。

 お兄様も目を丸くしました。


 それもそのはず、足を上げる時ドレスが絡まないよう(さば)くのは、貴族女性が身につけている自然の所作だからです。

 けれども"モヤさん"はそのまま馬車に乗ろうとして裾を踏みつけ、思い切り前につんのめったようでした。


《…………!!》


 公爵家の娘としてあるまじき失態に、私は恥ずかしさで顔を覆いたくなります。


「疲れているんだろう。いろいろなことが重なったからな」


 驚いたであろう兄は、そう言って頷きました。


《ほっ……》


 突然の婚約破棄からの断罪。そして入牢。

 非日常の連続が、"私"のおかしな行動を誤魔化してくれました。


("モヤさん"はドレスを着ない、庶民の出だったのかしら)


 けれどそう解釈するには()ぎるほど、振舞(ふるま)いに品があります。


 貴族家で育った"私"の身体を使っているからにしても、落ち着いた物腰や雰囲気はモヤさんのもの。

 それに平民でも、女性はスカートが常……。


(まさか……)


 流れないはずの汗を、たらりと背中に感じました。


("モヤさん"が、男性だったらどうしよう……?) 


 "モヤさん"の生前が、もし男の方だったなら。


 私は嫁入り前にも関わらず、殿方に身体を許した破廉恥な娘ということに。


(こ、これだけで結論付けるのは早計ですわ)


 "モヤさん"には、きっと久しぶりの身体です。

 生身の感覚に慣れず、忘れていただけなのかも。


 ええ、そう。

 きっと、そう。


 今更ながら私は、本当に何も聞かなかったのだと実感します。


 そんな私もしっかり乗せて、馬車は滑らかに街を走り、あっという間に家に着きました。


 王都内にあるヴァレンティ家のタウンハウスは、その広大な敷地も含め、家格に釣り合う豪華さと、洗練された瀟洒さを備えています。

 

(まさか"霊"になって戻ってくるなんて)


 宴席に出席した時には、想像もしていませんでした。


 停車した馬車の扉が開き、兄が先に降り立ちます。


《"モヤさん"、ドレスを踏まないよう気をつけて》


 私の声援は聞こえてないはずですが、今度は"私の身体(モヤさん)"もきちんとドレスの端を摘まんで──。


「「…………」」 


 沈黙が、場を支配しました。


 兄からの視線に、馬車を一人で降りてしまった"モヤさん"が首を傾げました。

 そして、宙に留まったままの兄の手を見て「あっ」と声を上げました。


 そう、エスコートしようと差し出した兄の手を、"モヤさん"は無視したのです。

 貴族社会でこれは、紳士の面目を潰してしまったことになります。


《モヤさぁぁぁん》


 私の泣き声の横で、"モヤさん"が気まずい空気を取り繕ろうと謝りました。


「す、すまない、レナート殿。少し考え事をしていて」

「レナート殿……?」


 一度聞いただけの兄の名を覚えているモヤさんはさすがなのですが、私の兄を呼ぶには他人過ぎたようです。兄が怪訝そうに眉を(ひそ)めました。


「ゴホッ。ゴホン。あっ……義兄(あに)上?」

「兄上?」


 なぜか真っ赤になりながら言い直した"モヤさん"でしたが、それも普段の呼び方からは遠く。


「っ……。ええと。お、お兄様?」


 ようやく行き当たった正答の前に、兄は憐憫の眼差しをみせました。


「本当に疲労困憊のようだな。ゆっくり休むと良い。ラウラ!」


「はい」


 出迎えに出ていた使用人たちの中から、"(フィオリーナ)"の専属侍女が進み出ます。


「リーナの世話を頼んだぞ」


「承知いたしました。さ、お嬢様」



 ラウラが"モヤさん"を自室まで連れ帰ってくれるでしょう。


 年の近いラウラは、誠実な()

 私は安心して任せ、自分の身体(モヤさん)について行きました。


 と、いうよりも霊である私は、"私の身体"に吸い寄せられているようです。

 無意識でいると、自然と身体の行き先に引っ張られています。


(どのくらいの距離と時間なら離れて行動できるのか、後で試してみましょう)


 部屋に戻ると、ラウラが言いました。


「お湯とお着替えのご用意が出来ております」


(これでやっと休めるわ。"モヤさん"にもお疲れ様)


 にっこりと笑顔を向けたつもりの私は、けれど"モヤさん"の表情を見て、その認識が違っていたと感じました。


《"モヤさん"、どうしたの?》


 "モヤさん"は、なぜかピシリと固まっています。


湯浴(ゆあ)み? 着替え?」


 オウム返しのように繰り返した言葉を、ラウラが拾います。


「はい。お疲れでご入浴がご負担でしたら、お身体をお拭きするだけにしておきますか?」


 ポトリ。


 "モヤさん"が手から、扇子(センス)を取り落としました。


「お嬢様?」

《モヤさん?》


「~~~~!!」


 目を見開いたまま真っ赤になった"私"こと"モヤさん"を見て、私は。

 

("モヤさん"……、男の方だったかも知れない……)


 その可能性を、強めたのでした。



書いたまま、ぽんと投稿していくのは、ほぼ初めてなのでドキドキです。

なんという緊張感でしょう!

今回はほぼ進んでいませんが2,000文字なので切りました。今日、10時過ぎにもう一話出します。

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『冤罪で投獄ですって?! 地下牢の地縛霊に身体を譲って、逆転を狙った公爵令嬢のお話。』
― 新着の感想 ―
[良い点] >私は嫁入り前にも関わらず、殿方に身体を許した破廉恥な娘ということに。 は? いやいや、そういう言い方したら更に語弊あるでしょ。 でも、まあ、そうね。 トイレとかお風呂とか、ちょっとマ…
[一言] 「兄上(あにうえ)」じゃなくて「義兄上(あにうえ)」 ここ、テストに出ま~す(笑)。
[良い点] >嫁入り前にも関わらず、殿方に身体を許した破廉恥な娘ということに ここで思わず噴き出してしまいました(笑) リーナさん、ある意味では間違ってないですが間違ってるような……ちょっぴりパニッ…
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