13.泥色と鉛色《ロザンナ視点》
※今回と次回、番外編扱いで視点が変わっています。
フィオリーナ視点との区別のため、ロザンナ視点は常体でお届けします。
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「ロザンナ嬢のドレスを脱がせろ! 急げ!!」
薄れいく意識の中で、想い人の必死な叫びを耳にしながら、私の記憶は過去を遡る。
◇
昏い泥色の髪、青みがかった鉛色の瞳。何一つ見栄えない男爵家の娘。
それが私、ロザンナ・チェーヴァの最初の姿だ。
父は名門チェーヴァ侯爵家の次男。
母は王家出身の姫。
現国王の実妹にあたる母は、隣国から来ていた縁談を蹴り、周囲の反対を押し切って恋しい相手と結ばれた。
けれどもその相手……、父は次男だった。
侯爵家の爵位は、長男が継ぐ。
祖父のチェーヴァ侯爵は複数の爵位を持っていたため、かろうじて父に男爵位は与えたものの。王家に対して面目が立たず、かつ、王家でも隣国に対して申し訳が立たないという理由で、父の爵位はそこまでとされた。
到底、元王族の姫に見合う暮らしではなかったが、父も母も諍うことなく慎ましやかに日々を重ね、そんな二人のもとに生まれた私は当然、下位貴族の娘として育った。
ある日、王宮の宴に招かれる機会があった。
上位貴族だけの豪華なガーデンパーティー。
国王陛下の即位十周年を祝うめでたい席で、おそらく母の縁から来た招待だったのだと思う。
当時七歳の私は、"話に聞く豪華な王宮に行ける"と心躍らせ、夜も眠れない程ワクワクと、指折り数えて当日を待った。
そして初めて訪れた王宮は……。
建物こそ立派だが、私の期待を見事に壊す、とても冷たい場所だった。
「なぜこの席に男爵家風情が」から始まって、身元がわかるやいなや、両親の影口、悪口。
同年代の子どもたちは、そんな大人の空気を読んだ。的確に。
本格的な宴席がスタートし、子どもたちだけ移された会場で、私は上位貴族の子どもたちから散々にからかわれた。泥みたいな髪の色に、霧の沼みたいな目の色。着ている服も粗末で、場違いだと。
酷い嫌がらせから逃げようと庭園の生垣を越え、雑木林へと足を踏み入れ、そして。
迷った。
(あの方に初めて会ったのは、その時──)
戻る道がわからず、あてもなく歩いていると、ガサゴソと茂みが揺れる。
ビクリと身を縮めた私の前にあらわれたのは、少し年上の男の子だった。
立派な身なり、幼くも気品溢れる造形。
シャンパンゴールドの淡い金髪に、新緑よりも輝く緑の瞳。
どう見ても高貴な身分である少年は、私を見ると、とても意外そうな声を出して目を丸くした。
「あれ? リーナじゃないね?」
「???」
「ええっと、ごめんね。五歳の女の子を探してるんだけど、見なかった? 妹なんだけど、いなくなって……」
(女の子? その子も迷子?)
不安が胸に広がった。五歳なら私より二つも小さい。心細くて泣いてるかもしれない。私もいま、泣きそうだったもの。
「あの、探すの手伝います」
咄嗟に出てしまった自分の言葉に、即座に後悔した。
さっきまで、毛虫でも見るような目で見られていたのだ。
この少年もきっと、私の申し出なんか嫌がる──。
「ほんと? すごく助かるよ!!」
「!?」
めちゃくちゃ、喜ばれた。純粋な笑顔でお礼を言われ、妹さんの特徴を教えてもらった。
妹さんの名前は、フィオリーナ・ヴァレンティ。髪と瞳は、兄である彼と同じ色。
彼自身は、レナート・ヴァレンティと名乗った。
なんと、高名なヴァレンティ公爵家の子どもたちだ。
本来この男の子は、男爵家の私からは口も聞けないような雲の上の人。
私と同じく親について宴に来たものの、目を離した隙に妹がいなくなってしまい、騒ぎになる前に心当たりを探しているのだそう。
あらかた見て回り、残っているのはこの雑木林で、歩くドレスに「見つけた」と思ったら、私だったらしい。
「リーナぁぁ──」
「フィオリーナ様ぁぁ」
ふたりで歩きながら呼ばわって、しばらく。
ぴょこっと木の影から出てきたのは、髪に葉っぱを絡ませた、女の子だった。
「……!」
「リーナ! お前、探したぞ! 何してたんだ」
「お兄さまっ。見て見て、大収穫!!」
そういって可愛い女の子が見せてくれたのは……、たくさんの木の実。
(えっ?)
「リーナあぁぁぁ」
女の子は、フィオリーナ様はまったく泣いてなどいなかった。
満面の笑みで得意げに示すドングリの山に、私はドッと安心し、吹きこぼれるように笑ってしまった。
「──だぁれ?」
「あ、これは、失礼を」
「っ、お前を探すのを手伝ってくれたんだぞ! お礼を言え、お礼を!」
そう言ってレナート様は、改めて私にお礼を言ってくださり、フィオリーナ様の凱旋話を聞きながら、私たちはレナート様の先導で林を抜けた。
「まったく、そのドングリ、どうするつもりなんだ。公爵家の裏庭にもドングリ林はあるだろう」
「ありますけど! あの林はキツネが巣を作っているのです。荒らすわけにはいきませんわ。それに子ギツネにお土産のドングリをあげたら、きっと喜んでくれるはずです。なんといっても王宮のドングリですもの」
王宮のドングリの特別感とは?
鼻高々に胸を張るフィオリーナ様に、レナート様からの指摘が入る。
「キツネはドングリを食べないよ。タヌキじゃないんだぞ」
「──え……?」
「鶏肉とかやるほうが喜ぶ。だが野生のキツネに近づくのは無しだ。あと、子ギツネはもう巣立ちしてる」
フィオリーナ様の顔が目に見えて曇った。
一生懸命集めたドングリが、急に価値のないものになってしまったかのように。
ガッカリした少女に、胸が痛む。
「フィオリーナ様。ドングリを植えて、新しい森を広げてやってはいかがですか? フィオリーナ様が育てたら、フィオリーナ様のことを慕うドングリの精霊たちが生まれますよ、きっと」
精霊や妖精は御伽話の世界だけど、慰めたくてそう言うと。
「ロザンナ様、素敵!! そしたら私、ドングリの精霊とお友達になるわ」
少女は目を輝かせて夢ある未来を語り始め、私はあたたかな気持ちを貰った。
あっという間にフィオリーナ様の中では広大な森が育ち、精霊たちとのお茶会が計画されていく。
なんて可愛いんだろう。それに、話を聞いてあげている彼女の兄は、なんて優しいんだろう。茶化しながらも丁寧に、妹の髪についた葉や草を除いてあげている。
その後、子ども会場に戻ったけれど、公爵家の兄妹と一緒にいる私に絡んでくる子はもうおらず、どうにかこうにか王宮での一日を終えたのだった。
私の中でレナート様との出会いは、冷たい王宮での唯一楽しかった思い出として残り。けれど、それから長く兄妹と会うことはなかった。
公爵家の子女と、男爵家の私の日常が交わることはない。
交流の場があっても下位貴族の集まり。
そして冴えない色を持つ私は、両親に噂もあって、常に除け者だった。
転機が訪れたのは、私が十四になった時。
チェーヴァ侯爵家の跡を継いでいた伯父が、妻を亡くした悲しみから、突然僧籍に入ったのだ。
伯父に跡継ぎはなく、以前より養子がどうのという話は出ていたものの、まさかまさかな急展開で、私の父が侯爵家当主となった。
母との騒ぎもほとぼりが冷め、血筋を守るために順当と見なされた結果だ。
私の身分は男爵令嬢から、いっきに侯爵令嬢に。
父や母の教育のおかげで、所作やマナーには困らなかったけれど、環境の差にはついていき兼ねた。
周りの態度が激変したからだ。
さらに同じ頃、私の髪色は、土のような色から朝陽のような金髪へと変わっていた。
灰色の瞳は霧が晴れるかのように澄んだ蒼をのぞかせ、子どもの頃の容姿とはまるで変った私を、誰もが昔、蔑んだ相手だとは気づかない。
十六のデビュタントでは、"どこの令嬢だ"と騒ぎになり、嘘のように名家からの縁談が殺到した。
私は「まだその気になれない」と届く縁談を跳ねのけ、恋愛結婚を貫いた両親は、そんな私の意志を尊重してくれた。
貴族としては失格かも知れないけれど、ずっと冷たかった人たちが急に手のひらを返して「美しい」と褒めてきても、素直に喜べなかった。
私が気になる方は、ただひとり。
幼い頃に焦がれた、レナート・ヴァレンティ様。
けれどレナート様には、噂があった。
誰かはわからないけれど、初恋のお相手をずっと想っているらしい。
公爵家の跡継ぎという立場にも関わらず、まだ婚約者を定めてないのは、その想いを断ち切れてないから。
私からは聞けない。彼の思い出に踏み込んでしまう。
私からは告白できない。迷惑になってしまう。
それとなく、ヴァレンティ家に親しい従兄弟に相談してみたものの、その従兄弟は……突然の事故以降、昏睡状態のままだ。
妹君であるフィオリーナ様は先ごろ、もう一人の従兄弟、カルロ第二王子に婚約を破棄されたばかり。
心ないカルロ殿下によって、投獄経験まで負ったという。
ダヴィド第一王子から続く悲しみに、フィオリーナ様もさぞかし気落ちされていることだろう。
フィオリーナ様は、次の王妃様のお茶会に参席されると聞く。
何が出来るかわからないけれど、私で良ければ出来るだけ寄り添って差し上げよう。
そう決意して、久々に再会したフィオリーナ様は。
なんというか、"薄幸の令嬢"というイメージとは、かけ離れていた。
力強い輝きに満ち、キラキラした瞳で語るのは、前向きな意志。
さすがドングリの姫君だ。並ではない。
驚きつつも懐かしくなって、つい聞いてしまった。
「フィオリーナ様が育てられたドングリ。大きな木になりましたか?」
「ドングリ?」
キョトンとした表情で、フィオリーナ様が首を傾げる。
(幼かったから忘れられた? それとも私があの時の迷子だとお気づきでない?)
見た目も身分も、ずいぶん変わってしまったから。
「そうですよね、もうお忘れですわよね。ドングリの精霊を育むのだと張り切ってらっしゃった話など……」
「あっ。ああ、ああ! ドングリの精霊! 覚えています。確か育てて、軍隊にするという計画で」
「えっ……? お友達にして、お茶会を開かれる予定だったのでは」
「っ!! そ、そうです。お友達でお茶会でした。聞いた話だったので、うっかり自分好みに記憶がすり替わっていたようです」
「聞いた話?」
それに、自分好みとは? お茶会より軍隊がお好みだったということ?
「ではなく! 古い思い出話なので!」
不思議に思っていると、フィオリーナ様がなぜか必死に言い訳されます。
「ドングリなら発芽後、数年を待って植え替えました。その時は私も一緒にいて……、コホン。ええと、良き場所に……。そうだ、今度ぜひヴァレンティ家に遊びに来てください、ロザンナ嬢」
「え?」
「ドングリたちは、公爵邸の裏庭で元気です。見に来てくださると嬉しいです。兄に案内させますから」
「!!」
それは、レナート様にお会いできるということ?
フィオリーナ様の微笑む眼差しに釣られるように、気がつくと私は、了承の返事をしていた。
一か月ぶりの更新、自分で驚きました。お待たせしました。
誰の視点で行くか悩んでいたのですが、もう心のままに進めます……。書きやすさ大事(笑)。
今話と次話、2話分ほど挟みまして、いつもの本編に戻す予定です。ドレスで何が起こったかは(たぶん)次話に。引っ張っててすみません(^▽^;)ゞ そして次話は「レナート視点」でお送りします(予定)。
明日は獣人企画の締切りで0文字なので、そっちやるかなぁ~と…。
注)
王妃様のお茶会時、フィオリーナ(魂)は別行動なので、モヤさんとロザンナの会話は聞いていません。
上位貴族、下位貴族は国や時代によって違うようで、一代限りや准男爵以下を下位と見なしたり、伯爵より下を下位と見なしたりするようです。
このあたりを詳しく決めるとややこしいことになるので、ふわっと感覚で読んでください。
Don't think! Feel.でよろしくです♪