12.今しか出来ないこと
「よく続いているな?」
髪を後ろでひと結びにし、ラウラと護身術の基本動作を繰り返していた"私"を見た兄から、声がかかりました。
「ダイエットを兼ねています」
「そうか。俺はまた殴りたい相手でもいるのかと」
「それもあります」
からかうつもりだった兄に、"モヤさん"がケロリと答えています。
(そ、そうだったのね、"モヤさん")
先日理不尽な光景も見てますし、腹も立ちますわよね。
それにしてもダイエットを兼ねてというあたりが、真面目と言いますか、無駄がないと言いますか。
「お、おいっ。せっかく悪い噂が消えてきたのに、早まった真似はするなよ?」
焦って止めた兄に、"モヤさん"が「冗談です」と応えていますが……、目が本気だったことは、触れないでおきましょう。
兄の言葉通り。
"フィオリーナ・ヴァレンティ"に関する不名誉な噂は、急速に収束し、いまや同情の声のほうが多くなりつつありました。反対に、カルロ殿下のなさりようには、非難もチラホラと上がっております。
これも"モヤさん"の社交力の高さの賜物です。
数々の席で、たまにカルロ殿下と会することもありましたが、あちらから近づいてくることもなく。
ルチア嬢を侍らせているカルロ殿下と離れた場所で過ごせることに、私はホッとしておりました。
意外です。カルロ殿下は他人を馬鹿にすることを楽しむご性格。
もっと絡んで来られるかと思ったのですが、もしかして先日の"モヤさん"に怖じている……?
何にせよ、このまま縁遠く過ごせれば重畳です。
「それにしても、ラウラにこんな特技があったなんてな」
兄が感心したように言いました。
「前の勤め先で、たまに護衛も務めておりましたので」
「紹介状には書かれてなかった気がするが……」
「素人に毛が生えた程度の拙い技ですから。公爵家にお出しする書類に記せるようなことではなかったかと」
「謙遜しているが、なかなか大した身ごなしだと思うぞ」
(ラウラ、すごいわ!!)
兄も貴族家の息子として、幼い頃より一通りの武芸を嗜んでおります。
ラウラは、その兄も頷くほどの技量の持ち主、ということなのでしょう。
ラウラへの視線を遮るように、"モヤさん"が話に入りました。
「それよりお兄様。準備の方は万端ですか?」
「準備? 何の?」
そのまま"モヤさん"は庭のガゼボへと兄を連れ、ラウラに飲み物を頼みました。
ラウラが下がる中、"モヤさん"と兄は、ふたりでベンチに腰かけます。
私もそっとガゼボの屋根下に入ると、子ぎつねちゃんは庭に走り出ました。
風に揺れる草花に突撃して、飛び跳ね始めます。
霊に草は応えません。それでも子ぎつねちゃんは、楽しそうでした。
朝に夕にと一緒にいてくれる子ぎつねちゃんには、癒されっぱなしです。
元気に遊ぶ様子を微笑ましく見ていると、"モヤさん"たちが会話を再開しました。
「準備といえば、ロザンナ嬢をお迎えする準備ですよ。当日の服は決まりましたか?」
「か、彼女はお前に会いに来るんだろう」
ロザンナ嬢の名前が出た途端、うっと狼狽える兄に、"モヤさん"が呆れたように言いました。
「何のために、お兄様のお休みの日に合わせてお誘いしたと思っているのです。お兄様も頃合いを見て合流くださいね? 私は席を外しますから」
「なっ。未婚の男女がふたりきりなど──」
「首尾よく結ばれちゃってください」
「お、お、お、お前は何をはしたないことを!」
「何を想像したんです。告白しろと言っているんです」
モヤさんの、"私"の目が据わりました。
「余計なお世話であることは承知しています。でももう周りにはバレバレなんですから、いい加減行動に移すべきです」
「なにっ? バレバレ?」
「丸わかりですって。会うとそわそわ、目で追って、一挙一投足に反応して。むしろなぜわからないとでも?」
(うう、私、気づきませんでしたわ……)
「大丈夫。私の見込みでは、あちらも憎からず思ってくれています。好意の合図を見逃さないようにしてください。たとえばお兄様の色を纏うとか……」
そこまで言って、"モヤさん"はピタリと止まりました。
「……クローゼットに、濃い青のドレスが多かったのはそういう……」
「どうしたんだ」
「……お兄様のことが言えません。私も鈍い自分を反省してします。でも、会えるだけで幸せだったし、私のためにお洒落してくれるのは嬉しかったけど、でも他のやつらも見るわけで、それは勿体ないというか、独り占めしたかったというか……」
「おい。リーナ? また怪しい独り言になっているぞ。お前こそ、当日のデイドレスは決めているのか」
「私は何を着ても可愛いので、大丈夫です」
(モヤさぁぁぁん──!!)
モヤさんは、時々、いえ、結構な頻度で"フィオリーナ"のことを褒めまくるのですが!
いまは自分ですからね? 自分で自分を褒める、変な人になってますからね??
「お前、変わったな」
兄の言葉にドキッとします。
中身が別人だと、バレることはないと思うのですが……。
「元々こうでしたよ?」
ヒヤリとした私とは対照的に、しれっと"モヤさん"が言いました。
まったく"モヤさん"の度胸には恐れ入ります。
そんな"私"に、意外にも兄は懐かしそうに頷きました。
「ああ、スカートで木に登るほどのお転婆だったものなぁ」
うっ。そうでした。
まだ十に満たぬ頃の私はとても活発で、何でも兄の真似をして、庭の木さえも制覇していたのです。
(あああ、でもお兄様。その話は"モヤさん"にしないでぇぇぇ)
ある日"王城からの客人"という言葉に驚いて、急いで降りてて足を滑らし、よりにもよって! ダヴィド殿下の上に落ちたことがあるのです。
まだ少年だった殿下は、私を受け止めようとして下敷きになってしまいました。
(あれがまさかの初対面で……! しかもそのまま婚約が成立したなんて……! もう誰の記憶からも消え去ったことだとばかり思っていたのに!!)
思いがけず、兄に黒歴史を掘り起こされてしまいました。
("モヤさん"はこんな私の過去にきっと呆れてるわ)
盗み見ると案の定、"モヤさん"まで顔中、真っ赤になっています。
「わ、私は何も見ませんでした。ええ、見ていません!」
("モヤさん"? ど、どうしたの?)
「急に何を言い出した?」
私と兄はともに首を傾げましたが、"モヤさん"は咳払いひとつで、即座に話を戻したようです。
「私のことよりお兄様です。当たって砕けても良いではないですか。ヴァレンティ公爵家の跡取りとして、いずれ誰かとは結ばれなくてはならない身。後悔のないよう、今出来ることをしておくべきです」
「そういうお前はどうなんだ」
「私ですか? してますとも。今しか出来ないことを」
「たとえば?」
「たとえば、身を守る術を、身体に覚え込ませておくとか……」
言って、"モヤさん"が少し照れたように目を逸らしました。
「こうやって、お兄様に甘えるとか……?」
「甘え? てるのか、これ。それに別に今しか出来ないってこともないだろう? いつだって甘えていいんだぞ?」
「~~!!」
"モヤさん"の甘えとは……、近くに座って他愛のないきょうだいの会話をすること、なのでしょうか?
「まあ、よくわからないが……」
兄は穏やかな声で、"私"に向けて言いました。
「ずっと家にいても大丈夫だ。お前ひとりくらい、十分養ってやれるからな」
そういえば。
"モヤさん"は"私の身体"で、どんな未来を描いているのでしょう。
もし元が男性なら、貴族家の長女として嫁ぐことなど嫌なはず。
お城の霊として様々な会話を聞いていたにせよ、"モヤさん"の知識は現在に近いものです。
発言の端々に出て来る、"モヤさんの想い人"は、女性だろうし……。
でもそんな"モヤさん"も今は女性なわけで……。
(お相手はご存命なのかしら。どこで何をしていらっしゃる、どんな方なのかしら)
青く晴れた空は高く、私の疑問を飲み込み──。
ロザンナ嬢が訪れる日がやって来ました。
それがまさかあんな騒ぎになるなんて。
この時の私には、想像すらつかなかったのです。
「ロザンナ嬢のドレスを脱がせろ! 急げ!!」
その日。切迫した兄の声が、公爵邸に響きました。
あ゛ーっ、しまったぁぁ!! うっかり予約投稿が出てしまいました!!
…………。ま、いいか。(←消し方がわからない)
いつもお読みいただき有難うございます。
おかしなところで続いていますが、R指定なし、安全ハッピーがうちのモットーです。
暴力的展開やエロ展開にはならないので、安心してください。
なのですが、続き0文字にして、ただいま『獣人春の恋企画』(※猫じゃらし様の個人企画)用のお話を書いておりました。そちらが仕上がるまで数日、更新お休みということですみません~。
こんなことろで…。こんなところで更新休みだなんて…(滝汗)。
そんなわけで近々短編投稿します。よろしくお願いします♪