11.予定に備える
ロザンナ嬢が訪れる日に備え、"モヤさん"が花や茶器、使う部屋、すべての手配を済ませつつも、積極的に茶会や夜会に出席していた日々。
公爵邸では変化がありました。
私、フィオリーナに宛てて、つまりは"モヤさん"に宛てて、たくさんの手紙が届くようになったのです。
ラウラが部屋に運んだそれらに目を通し、"モヤさん"がしきりと首をひねっています。
「これは、本当に"フィオリーナ"宛てに届いたのか」
「そうですが……、いかがされました?」
一通り読み終えた"モヤさん"が、控えるラウラに疑問を呈します。
「内容が……、まるで恋文なんだが」
「まあ! 大人気ではありませんか。さすがお嬢様です!!」
「いやっ、でも、差出人は全員、ご令嬢の名前になってて……」
困惑するように言う"モヤさん"に、ラウラが真剣な表情で返します。
「お嬢様が、誰彼構わず誑し込まれるからでしょう」
「!? まさか、今の私はじょ……! とにかく、そんなことはしていない」
「同性がゆえに警戒なく、ハードルが下がったと考えられますが」
「えぇぇ……」
そんなことがあるのか、と"モヤさん"が呟いています。
そうなのです。
私も積まれた手紙を見ましたが、いろんな席でお会いしたご令嬢たちから、様々な香りを添えて、綺麗な封筒が送られて来るのです。
中には、アルフレーダ・サンチェス伯爵令嬢の名までありました。
公爵邸の夜会で、"私"に最後まで絡んだ、度胸のあるご令嬢です。何やら心境の変化があったようです。
「お返事はどうされますか?」
便箋や筆記用具を用意する必要があるため、ラウラが尋ねます。
「どうって……。"お姉様になってください"の返事なんてどうすれば……。うーん、フィオリーナの味方が増えるのは良い事、なの、か?」
"モヤさん"が迷っている姿はあまり見ないのですが、決めあぐねるように悩んでいます。
た、確かに私も、もし「お姉様になってください」と申し出られても、即答は出来ない気がします。
「よし!」
"モヤさん"が顔を上げました。
「後にしよう」
「よろしいのですか?」
「身体を動かしてたら、名案が浮かぶかもしれない。ラウラ、用意を」
「……そういうところだと思います。ご令嬢方からのお手紙は」
そう。"モヤさん"は最近、護身術を身につけるため、ほぼ毎日、鍛錬の時間を割いているのです。
王城でベルタ嬢のことがあってから、発心したようです。
不埒な輩を迎撃出来る範囲で、"私"の身体に護身術を覚え込ませるのが目的らしく、訓練の相手役にはラウラが当たっています。
驚きです、ラウラが体術に長けていたなんて。
"モヤさん"にはどうして見抜けたのでしょう?
生前、武芸に秀でていた方だったからでしょうか。そういう方たちは、互いにわかると言いますし……。
モヤさんがかつて武芸に長けていたと感じたのは、初めての訓練の日、一連の手順には迷いがなかったからです。
"私の身体"がぎこちなくて難儀していたようでしたが、滑らかに動くよう念入りにほぐし、真剣に何度も型を繰り返す姿には、敬意を覚えました。
そんなモヤさんを、ラウラが的確にサポートします。
ラウラは、私の専属侍女退職の際、後任探しを相談したダヴィド殿下から紹介されて、公爵邸に来た女の子でした。
"高位貴族に仕えていた経験があり、よく気が回るから"というお墨付き通り、本当に鋭敏な子で、何でも察し、先回りして動いてくれるので、私も心強く頼りにしていました。
ただ……。私に対していた時と、"モヤさん"が入った"私"に対する現在とでは接し方が違う気がするのですが……。
それは"モヤさん"が無茶振りするからかも知れません。
夜食を食べながらドレスがきつくなってきたと発言した時は、ラウラが激怒したものです。
"胃が小さいんだ、一度に食べれないから仕方ないんだ"と、泣いていた"モヤさん"も憐れでしたが。
ドレスがきついという言葉にショックを受けつつも、なんとなく、"モヤさん"が可哀そうになって心の中で謝ってしまったものです。私は少食が常だったので。
そして今回の鍛錬。
万一に備えて鍛えると"モヤさん"が言い出した時の、ラウラの眼光。
怖かったです……。
子ぎつねちゃんもパタリと耳を伏せたくらいでした。
ラウラはまず、追及しました。
まるで"モヤさん"が何か企んでいるかのように。
「お嬢様?? もしや危険に曝されるご予定がおありですか?」
「危険に曝される予定? 予定ってなんだ?」
「いえ……、何より大切にされているお身体ですので、そういった可能性は極力避けられるものとばかり……」
「勿論。そうならないよう立ち回るつもりではある……。でも、状況次第ではわからないじゃないか。もしもの時に、今のままではあまりに攻撃力が無さすぎる」
「攻撃? 防御ではなく、攻撃? フィオリーナ様の白い手が潰れてしまいます」
「しないっ! それはしない! さすがに固い指輪を嵌めておこうかなんて考えてない」
「検討されたのですね? そうですね? 受け流して逃げる範囲にとどめてくださいませ! トドメは私が刺しますから」
「物騒なことを言うな! 殺してしまったら、聞くことも聞けないだろう?!」
「はっ! お嬢様、フィオリーナ様の品格が!」
「はっ!! コホン。とにかくこういうのは反復だから、咄嗟に体が動くようにしておかないと。──あなたがいないことも多いでしょう? ラウラ」
急にすまし顔を作った"モヤさん"に、ラウラの切り替えが追いつけなかったようです。
返す言葉がつかえます。
「そ、そうですね。私では入れていただけないお席もありますので」
「単身で動く時もありますからね。ええ。──と、いうわけで」
うんうんと頷いた"モヤさん"が、にっこりと微笑みました。
「初心者ですから、優しくね」
──ラウラは、押し切られたのです。
9、10話と11話では急にトーンが違うのですがっ。
うん、全話書き切ってから見直す(笑) そうする。
ちなみにラウラについては感想欄でほぼ見抜かれていましたが、いずれ詳しく触れられたらなと思います。でもたぶん後半パート。
前半パートは桃の回まで。
ふわっとした予定では、次話で兄とモヤさん再び、次の次でロザンナ嬢、そんなイメージでいます。
あとどこかで短編投稿執筆のため、こちらを3日くらいお休みしようかなと思っていますので、更新してない日は短編やってると思っててやってくださいませ~。
お付き合い、いつもありがとうございます(*´▽`*)/