10.決意を秘めて
(どういう状況?!)
カルロ殿下と"モヤさん"。一体何があったのでしょうか?
偶然にも会ってしまったというところ?
心なしか、あたりの空気がピンと張り詰めています。
「婚約破棄された身で茶会に出て来るとは、恥知らずなことだ」
「私に非はございませんので」
カルロ殿下が投げかけた言葉を、"モヤさん"は平然と返しました。
表情は扇子で隠れていますが、のぞく瞳はしっかりとカルロ殿下を見据え、揺ぎなく殿下を射抜いています。
「ハン! 生意気なことだ。俺はお前には用はない。俺が探しているのは侍女だ」
「──王子自ら、侍女を? 失礼ながらどういった……」
カルロ殿下の乱暴な物言いを流し、"モヤさん"が冷静に聞き返しています。
まるで"お前の虚勢など関係ない"とでも言うように。
「っつ! 栗色の髪に、緑の目の娘だ。見てないなら、そう言え!!」
"モヤさん"から気圧されそうな迫力を感じたらしい殿下は、早々に話を切り上げることにしたようです。
「お役に立てず残念ですが、私はお探しの侍女を見ておりません」
そんなモヤさんに背を向け、「くそっ、時間を無駄にした」と吐き捨てながら、カルロ殿下は荒々しく立ち去って行かれました。
《なんてあっけなく……》
カルロ殿下は相変わらず尊大でしたが、以前の私はそんな殿下に合わせるために、とても気を回していたように思います。
そして何度も傷つけられてきました。
だけど。
(怯む必要なんかなかったし、下手に出ることなんてなかったのね……。私は私として、胸を張っていたら良かったんだわ)
ダヴィド殿下がいらした頃は、私はカルロ殿下の"義姉"になる立場でしたから、カルロ殿下がそこまで居丈高に接してくることはありませんでした。
けれども状況が突然変わり。
気持ちが追いつけなかった私は、ダヴィド殿下を失った傷心と、王族に対する遠慮から、知らず知らずのうちにカルロ殿下に譲ってしまっていたようです。
私だって、立派な公爵家の一員。
国を支える大貴族の娘として、不当に見下される理由はない。
追い詰められて毒を飲むより、堂々と立ち向かっていれば。
そうすれば今、カルロ殿下が逃げたように、もっと別の未来があったのかも──。
私が見ていることは、まるで知らないままに。
"モヤさん"が後ろの茂みに向かって、声を掛けました。
「もう出てきても平気だと思います」
《!!》
がそごそと枝葉が揺れ、赤く腫れた頬が痛々しい、お仕着せ姿の女性が現れました。
髪と服が乱れ、乱暴されたのだとすぐに判ります。
《もしかして、いまカルロ殿下が探していた侍女!》
栗色の髪に、緑の瞳。条件に一致します。
"モヤさん"が彼女に向けて、柔らかな口調で言いました。
「災難でしたね。公爵家のための休憩室があります。そちらで少し、身なりを整えていかれませ」
「ありがとう、ございます」
泣きそうな声は震えています。
私は気の毒さでいっぱいになりました。
「差し支えなければ、事情をお聞きしても構いませんか? もしカルロ……殿下付きならば、配属換えなどお力になれるかもしれません」
"モヤさん"の言葉に、私も一緒に頷いたのでした。
国境近くに領地を持つ、子爵家の末娘。
ベルタ・エルマンノ子爵令嬢は、隣り合うマカリオ領、領主息子への輿入れが決まり、その婚約期間に行儀見習と花嫁修業を兼ね、王城に侍女として出仕したということでした。
箔をつけるため、一時的に王城に勤める下級貴族や商家の娘は多く、特に貴族家の娘は高級侍女として配属が決まります。
カルロ殿下付きとなったベルタ嬢も、はじめは問題なく過ごしていたのですが、婚約相手であるマカリオ伯子息テーオ・マカリオがカルロ殿下と揉めてから、その風当たりが強くなったらしいのです。
《えっ、でもそれ、ベルタ嬢には関係ないことなのに?》
私はあっけにとられました。
庭でカルロ殿下と遭遇したのが運の尽き。
むしゃくしゃしていたらしいカルロ殿下は、ベルタ嬢にそのはけ口を求めようとしました。テーオ・マカリオへの雑言を吐きながら。
「テーオ様の名誉を汚すため、殿下は無理やりに私を……」
事を未然に防いだベルタ嬢が、必死で抵抗して逃げてきたところ、"モヤさん"が察して匿った。
そんな事態だったようです。
カルロ殿下は、なんて幼稚で卑劣な行いをなさるのでしょう。
"モヤさん"も憤りを隠しきれないようで、ベルタ嬢の今後を相談するため、その足で王妃様に面会を望み、出向きました。
茶会での礼と、急な訪れを詫びながら、端的に、けれど的確にベルタ嬢を守るための助力を王妃様に乞い、保護の約束を取り付けたのです。
王妃様もカルロ殿下の所業に驚かれつつ、ベルタ嬢のことは任せて欲しいと請け負われました。
一連の話が終わった後、ふいに王妃様が呟かれました。
「あなたを見ていると、やはりダヴィドのほうを思い出すわね。あなたたちは婚約期間も長かったから……。あっ」
思わずこぼしてしまったらしい言葉。
次の瞬間、目尻を拭いながら慌てて王妃様が謝罪されました。
「ごめんなさい、妾」
"私"の気持ちを慮ってくださったのでしょう。
失言を悔いる王妃様に、"モヤさん"は困ったような弱い微笑みで応じました。
「いいえ……。ご心痛、お察し申し上げます」
それからの帰路、"モヤさん"は馬車の中で頬杖をついたまま、ずっと窓の外を眺め、何かを真剣に考えているようでした。
私も子ぎつねちゃんも気まずく、なんとなく無言のままタウンハウスに到着したけれど。
馬車を降りた"モヤさん"は、いつも通りの"モヤさん"で。
兄の部屋を訪れ、
「王妃様のお茶会で、ロザンナ嬢を我が家にご招待しました! 今度遊びに来てくれますので」
軽やかに告げて、レナート・ヴァレンティを長椅子からズリ落としたのでした。
短編版のマカリオ伯、名前出ました。
人物増えてますが名前は覚えなくて大丈夫です! 再登場の際は解説入れます(笑)
前回、今回、内容が重うございましたが、次回はお兄ちゃん回です。安定の0文字。まだ影も形もないです(。•̀ᴗ-)✧
でも明るい回にしたいと思います。
あと昨日投稿の9話、改稿しました。
"読みやすさ"5→6、7くらいには改善されてるかと。当社比ですが。
"満足度"は足りないまま……。せめてダヴィドの容姿くらい細かく出れば違ったのに、想像すると強気なフィオリーナしか思い浮かばないという謎。フシギですが仕方ない。
とりあえず書き切ることを目標にしています。よろしくお願いします!!




