1.地下牢での出会い
それは、王城での宴の最中でのことでした。
「フィオリーナ・ヴァレンティ公爵令嬢! 俺とお前との婚約は破棄だ! 王子の婚約者という立場をカサに、好き放題をしていたようだがそれも今日限り。己が犯した罪の報いを受けるがいい!!」
第二王子カルロ殿下は突然こう言って、私を城の地下牢へと放り込みました。
殿下が並べた私の"罪"とやらは、はっきり言って、まるで身に覚えのないことばかり。
殿下の寵愛するルチア・テスタ男爵令嬢に数々の嫌がらせを繰り返し、果ては殺害未遂まで犯したというのです。
そもそも私という婚約相手がいるにも関わらず、他の女性と親しく過ごしているというのはどういうことなのでしょう。
結婚前から堂々と浮気をするカルロ殿下は、非を問われないというのでしょうか。
(あの方でしたら、決してこんな仕打ちはなさらなかったでしょうに……)
「ふぅ……」
悲しみの溜息が、口からこぼれます。
私の気力も、同時に抜けていくよう……。
(カルロ殿下に寄り添おうと努力してみたけれど、無駄だったようですわね)
元々、私の婚約相手は、第一王子ダヴィド殿下でした。
けれども不慮の事故以来、ダヴィド殿下は意識不明となられました。
お身体が回復しても、お目覚めにならないまま一年が過ぎ、いまも魔術師たちの延命術でお命だけが繋がれている状態。
王家の希望で、私の婚約相手は第二王子カルロ殿下へと切り替えられました。
私の意志などお構いなしに。
それから半年。
カルロ殿下と私の距離は、少しも縮まることなく、むしろ互いに遠のくばかり。
そして今日はとうとう、婚約破棄を叩きつけられました。
(……もう嫌ですわ)
私はドレスの隠しポケットから、そっと小瓶を取り出します。
何かあった時、自決するためのお薬。
いろいろなことが重なって、持ち歩くようになっていたそれを、静かに口に含みました。
「ダヴィド殿下、あなた様のいる場所に。殿下のお隣に、私も置いてくださいませ」
トサリ。
力なく、身体が地に倒れます。
こうして私は18年の人生を閉じ……。
…………。
あれ?
ええと。
どうして意識がありますの?
(死ぬって、こんな感じなのかしら)
キョトキョトと辺りを見回してみますと、地下牢の床に倒れ伏した私がおります。
(でも私はここに……。!! 手が透けて、石の床が見えてる?)
そっともうひとりの私に近づいて覗き込むと、蒼白な顔は確かに私で、少しの動きもありません。
(やっぱり死ねてます、の……?)
ではここにいる私は、霊魂──。
《死んでは駄目だ》
「ヒッ!?」
聞こえた声に慌てて振り返ると、そこに。
影のような人型が、立っていました。
モヤのように揺蕩い、目鼻だちがぼやけていてわかりません。
顔らしい位置を見上げましたが、消えそうな足元が揺らめいているので、背丈としては疑問が残ります。
声は直接私の中に響いてくるので、男性なのか女性なのか、その判別もつきません。
よくわからないモヤに、話しかけられてしまいました。
「あ、あなたは何ですの?」
私の問いに、モヤが答えます。
《……私はこの城から離れられない魂、かな》
話に聞く"地縛霊"というものでしょうか。
もしかしたら地下牢で、命を落とした哀れな魂……。
そう思うと我が身と重なり、胸が締め付けられそうになりました。
《それより早く身体に戻ったほうがいい》
モヤの言葉に、私は力なく微笑みます。
「私、毒を飲みましたの。戻ろうにも、もう身体は息をしていませんわ」
《毒?》
「ええ」
《それなら解毒されている。あのピアスで》
「え?」
モヤが倒れている私を指し示します。
驚いてもう一度確かめると、確かに私の身体は軽く上下し、頬もほんのりと赤みが戻っております。
ピアス……。
(ああ……!!)
それは目立たぬようにそっと隠しつけていた、小さなピアス。
どうしても外したくなくて、髪で耳を隠してまでつけ続けていた、ダヴィド殿下からの護り石。
解毒効果を持っていたなんて。
(いまも尚、護ってくださっていた……)
私は自分の気持ちを、再確認してしまいました。
(金輪際、自分に嘘をつきたくない。生き返って、誰か他の人に嫁ぐ未来なんて選びたくない)
そんな私の横で、モヤが焦ったように言いました。
《身体はきっと問題ないはず。さあ、早く。魔除けを施してない肉体は、悪霊に狙われてしまう。この城は、器を求めて彷徨う霊が多いから》
そこまで言って、モヤはつけ加えました。
《もっとも、本人の許可がないと、身体に入ることは不可能だけど》
「許可があれば入れますの?」
《まあ……たぶん……?》
私は少し考えました。
私がいま話してるモヤも実体なき魂。もしかして生への渇望がある……?
そして私はもう、戻りたくない。
「あなたも、私の身体が欲しいのですか?」
《えっ? き、きみが欲しいかだって》
モヤは思いのほか動揺した様子で、身体を反らしました。図星だったのでしょうか。それなら。
「あなたに、私の身体を差し上げますわ」
《!!》
私の言葉に、モヤが硬直したように見えました。
善良なモヤらしい。"モヤさん"とお呼びしようかしら。
《そういう意味か……。──待つんだ。私は見ていたけれど、あなたは冤罪だ。すぐに助けが来るから──》
「良いのです。私は婚約を破棄されました。こんな傷物の女など、誰が娶ってくれましょう。それに、本当に好きな方はずっと目覚めない。結ばれることが出来ないのです。幸せも望めないのに、生きていても仕方ない……」
俯く私から、涙のようにホロホロと、透明なカケラが剥がれ落ちていきます。
これは魂のカケラなのでしょうか。
恋しい方を失って欠けた私も、こうやって儚く消えていくといい……。
"モヤさん"はそんな私をしばらく見つめていましたが、やがてそっと言いました。
《……本当に、良いのか? 後悔はしない?》
確認するように、"モヤさん"が揺らめきます。
「ええ。私の身体をどうぞ使って」
こうして私は、初対面のモヤ相手に身体を譲り渡したのでした。
お読みいただき有難うございました。
ここまでは短編版と全く同じで、ここから先、少しずつ肉付けしていきます。
時間の自由がきかないため、ゆるゆるな更新となりますが、楽しんで書くつもりです。
お付き合い下さると嬉しい!!(^v^*)
計画なしで始めるけど、なんとかなると思う!! ←
いざとなれば…短編につなげれば完結はするので!
あたたかく見守ってやってください。よろしくお願いしますm(__)m