2話 勇者の弟子と上級決勝
剣術大会の上級剣士部門決勝戦に私は立っている。
決勝の相手は前回優勝者『剣豪』ゼト様だ。
『終焉の魔物』出現までに出来る事をやる。
そう決めてまず取り組んだのが剣の鍛錬だ。
ジオ様との訓練を更に高度な内容にしてもらった。
今まで以上に本気で自分を強くしようと鍛え上げた。
その結果、ついにここまで到達したのだ。
「嬢ちゃんとやりあうのはこれで何度目かな?」
「これまで数えきれないくらい鍛えてもらいましたからね」
「『身体強化』無しの勝負じゃもうすっかり嬢ちゃんに勝てなくなっちまったからな。技術的にはとっくに抜かれちまってる」
「自分の持てるもの全てがその人の実力ですから、それで勝敗が決まります」
「そうだな、遠慮なく最初から全力で行かせてもらう!」
「望むところです!」
「始め!」
キィィィィィン!
合図とともに双方同時に突進した。
最初は正面からのぶつかり合い。
当然私は、力と速さ、体重の全てにおいてゼト様に劣っている。
しかし勝敗はそれだけで決まるわけではない。
私はこれまでの戦いの中でそれを学んできた。
正面からぶつかり合った剣は、当然私の方が押し負ける。
私は跳ね返された剣に乗せられたゼト様の剣の威力を殺さずに、体の後ろを回して逆の手に持ち替え、ゼト様の背後から切り付ける。
ゼト様の背中に刃が当たる瞬間、ゼト様は超加速で前方に移動した。
私もそのまま距離を取りつつ振り返って構える。
「あぶねえあぶねえ! 嬢ちゃん相手に一瞬も油断できねえな」
観客から見たら開始の合図と同時に私とゼト様が入れ替わったように見えるだろう。
「次、行きます」
言い終わる前に移動し、ゼト様に切りかかる。
ゼト様は上段で構えたまま動かない。
私の剣筋が見えた時点で上から叩き潰す構えだ。
圧倒的強者の自信が無ければできる事ではない。
剣速はゼト様の方が上で、リーチも長い。
私が間合いに入ったところで剣を振り下ろせばそれで勝負がつく。
一見隙だらけに見えるが単純で確実な戦法だ。
私はゼト様の間合いに入り真横から水平に切りつける。
ゼト様は私が間合いに入った瞬間に真上から剣を振りおろす。
しかし私はゼト様が剣を振り下ろすと同時に自分の剣の軌跡をずらし、ゼト様の剣に自分の剣を斜めにあててた。
私はその反動で自身をゼト様の剣の軌道から反らすとともに、自分の剣に加わったゼト様の剣戟の威力を殺さずに、剣を回してゼト様の胴体に打ち付ける。
つまり、ゼト様の力を利用して私が出せる最大パフォーマンスを超える速度と力を自分の剣戟に乗せたのである。
しかし、これもゼト様の超加速で寸前でかわされた。
「今のも危なかったぜ!」
人間には肉体があり、肉体は物理法則に支配されている。
筋肉もどんなに鍛えたところで生物学的にその出力には限界がある。
私はそのルールの範囲内でしか戦えない。
しかし魔力による『身体強化』はその物理法則の限界を軽々と超えてくる。
普通に考えたら勝てるわけがない。
それがこの世界の常識だ。
だから私は知恵を絞る。
力と速さが劣っていれば絶対に勝てないのか?
現実はそんなに単純ではない。
他にも無数のパラメーターがあって複雑に絡み合っている。
利用できる物は何でも利用する。
相手が強いなら相手の力を利用すればいい。
お父さんの剣の真髄は正にそこにある。
キィィィィィィン!
今度はゼト様の方から仕掛けてきた。
私のカウンター攻撃は、またしてもギリギリでかわされた。
相手からの攻撃を受ける時の方が対応はシンプルに見えるが実は難しい。
相手の攻撃が確定するまでの選択肢の幅が広くなるからだ。
このレベル同士の戦いは、もはや力ではなく頭脳戦だ。
自分から攻撃を仕掛ける時は、自分の手が決まっているので、そこを起点に相手の反応のパターンを考えればいいので選択肢が絞られる。
というか選択肢が少なくなる様にコントロールできる。
相手がどの選択をしても対応できるようにそれぞれの選択ルートでその次も考えておく。
戦いの最中にそれだけの無数のパターンをイメージし、状況が少しでも変わったら瞬時にそれを再構築する。
達人同士の超高速の戦闘の中で、瞬間、瞬間に、その時点での勝ち筋を全ての選択肢で考え直す。
普通に考えたら人間の脳でそんな高速演算ができるわけがない。
私の脳はそれほど高性能にはできていない。
だが、実際には私はそれを無意識にやっているのだ。
戦いの最中に常にその時の勝ち筋のルートが複数見えている。
私の意志で行なっているのはその中で最も無難なルートを選択する事だけだ。
後は体が勝手にその通り動いてくれる。
結局は鍛錬の繰り返しによる経験の蓄積だ。
幼い頃からお父さんと毎日続けてきた鍛錬。
今現在もジオ様と毎日続けている鍛錬。
二人の勇者と戦い続けてきた私は、経験値だけなら誰にも負けるわけがない。
とはいっても、それも含めても倒せない強敵はいる。
実際ゼト様相手だと、その勝ち筋がわずかにしか見えない。
今はかろうじて見えている勝率5割以下の勝ち筋をたどっているに過ぎない。
この勝ち筋が見えなくなった時私は負ける。
ちなみにジオ様が本気を出すと勝ち筋は完全に見えなくなる。
キィン!キィン!キィン!キィン!キィン!キィン!
ゼト様と打ち合いが繰り返される。
やはり現時点ではお互いに決定打が無い。
このまま持久戦になった場合、おそらくゼト様の魔力が尽きて私が勝つ。
でも、それではつまらないし、ゼト様に失礼だ!
次の打ち込みで決める!
「いきます!」
私は全速力でゼト様に接近する。
ゼト様はやはり上段の構え。
私が間合いに入るとゼト様の剣戟が真上から迫る。
私はそれを受け流し利用してゼト様に打ち込む。
ここまではさっきと一緒だ。
しかしゼト様はそれを超加速でかわさずに、自分の剣の軌跡を変えて私の背後から打ち込んできた。
自分の胴を切らせる代わりに同時に私を切る作戦だ。
このままでは相打ちになる。
その場合、防御力に劣る私の負けとなるだろう。
いい作戦だ。
しかし、私はそれを予測していた。
すでに剣筋は変えてあり、私の背後に迫るゼト様の剣に対応していた。
予測はしていたがタイミングを一瞬でも間違えると成立しない。
早すぎると、予測していた事がゼト様が察知して対応されてしまう。
遅すぎると間に合わない。
わずかのずれも無く、ぴったりのタイミングで私の剣とゼト様の剣がぶつかる。
一度目の剣戟の威力を殺さずに二度目の剣戟の威力を加算された私の剣は、これまでよりも更に速い剣速と威力でゼト様に打ち込まれた。
ゼト様の巨体は大きく吹き飛んだ。