1話 勇者の弟子と終焉の予兆
ジオ様と出会ってからもうすぐ3年になる。
全ての講座で卒業認定を取得した私は今年で学院を卒業する。
魔法士講座も本来は魔法が使えないと魔法士になれないので卒業資格が得られないのだが、魔法陣の技術と知識が評価され、特別に『魔法陣術士』という資格が与えられ講座をクリアした。
これがあれば魔法庁に就職もできるそうだ。
(どう考えてもセナ様とミト様のさしがねだよね?)
私も世間では結婚して子供を産んでもおかしくない年齢になる。
でもジオ様との関係はあれから進展していない。
もちろん私の事は恋人として優しくあつかってくれる。
だけどジオ様はおそらく意図的に私との関係をこれ以上進展させないようにしている。
魔王の話が本当ならもうすぐ『終焉の魔物』が出現してしまう。
歴代の勇者は『終焉の魔物』の討伐で必ず命を落としている。
ジオ様は詳しく話してくれないが、おそらくそうなってしまう理由があるのだろう。
お母さんはお父さんを生き返らせたというが、結局一緒に暮らす事は出来なかった。
そもそも私にはやり方がわからないし、魔王は禁忌だと言っていた。
ジオ様は私に別の幸せを掴んで欲しいと思っているのだろう。
ルイ殿下との婚約はいまだに保留のままだ。
あれから殿下とは何度も会っている。
殿下は本当にいい人で、女の子が求める理想の結婚相手だ。
王妃様やアン殿下の話を聞いても、王室の暮らしは思ったほど窮屈ではなく楽しめそうだった。
ジオ様より先にルイ殿下に出会っていたら私はこの結婚を受け入れていたかもしれない。
でも私が愛しているのはジオ様ただ一人だ。
そしてこの想いは日に日に強くなっていく一方だ。
死にゆく運命だからあきらめるなんて、そんなのおかしい。
『魔王』が言ったように二人で逃げ続けて生き延びるという選択肢もある。
まさに悪魔の囁きだ。
だけど、私もジオ様もみんなを犠牲にして自分たちだけ幸せになるなんて選択ができるわけがない。
世界とジオ様の両方を救う方法を見つけると言ってはみたものの、具体的な方法の目途がたたないままだった。
どうすればいいのか結論が出ないまま、時間だけが無くなっていった。
「また悩んでますね、お姉さま」
魔法士講座の準備室で悩んでいたら、アン殿下がやってきた。
この準備室は本来ミトさんの準備室なのだがミトさんは不在の事が多いので、私はもっぱら一人で考え事をしたいときはここに来るようになっていた。
するとだいたいアン殿下かルナたちが来て相談に乗ってもらうという流れがすっかり定着してしまった。
「ジオ様と『世界』を救う方法ですか? お姉さま一人で背負うにはあまりにも重すぎる問題ですよね」
「でもね、ジオ様自身もみんなもとっくに納得して受け入れていた事なんだよね。今までずっとそうしてきたんだし。別の選択肢を求めているのは『魔王』と私だけなんだと思う」
「お姉さまにとって一番大事な物を選べばいいと思いますよ。他の人の事まで考えるから決められないんです」
「一番はジオ様って決まってるんだけどね。それなら『魔王』いう通りにすればいい。でも私って一番以外も全部手に入れたくなっちゃうんだよ、欲張りだから」
「・・・ほんとは教えたらいけないのかもしれないですけど、わたくしから一つだけ希望的な事をお伝え出来ます」
アン殿下が真顔で話し始めた。
「お姉さまの今後の運命の話です」
「それって今まで聞いても教えてくれなかったよね?」
「はい、人の未来に干渉するのは良くないと思って、出来るだけその人の未来を教えない様にしています。でもヒントだけならいいのかなって思いました」
「私の未来って・・・どうなってるの?」
「お姉さまの未来は『終焉の魔物』が現れた後も続いています。しかも『終焉の魔物』の出現以降、更に大きく展開しているのです」
「それって、どういう事になるのかな?」
「それはわたくしにもわかりません。わたくしに見えているのは抽象的な模様だけです。ここからはわたくしの想像ですが、仮に『終焉の魔物』との戦いでジオ様が命を落とし、お姉さまが残された場合、お姉さまの運命はその時点で一旦減衰すると思うのです」
(たしかに、そうなったら私はしばらく立ち直れないと思う)
「ですがお姉さまの運命に減衰する部分は無いんです。むしろそこから拡大が始まっているくらいです」
「それって!全てうまく行くって事かな?」
「そこまで楽観視できるかどうかわかりませんが、とりあえずお姉さまにとって最悪の事態ではないとは思います」
少なくとも、ジオ様が死んで私が悲しみに暮れる事は無いって事だ。
泣いてる暇が無いくらいもっと大変な事になっている可能性も否定できないが。
「ありがとう!アン! なんか元気が出たよ! 私は私にできる事を最大限にやる! やっぱりそれしかないんだと思う」
「それでこそわたくしのお姉さまです!」
「ありがとう!アン!」
私は嬉しさのあまり殿下に抱きついていた。
(悩んでる時間がもったいない。とにかく今できる事をやるんだ)