8話 勇者の弟子と二回戦
売り言葉に買い言葉でロン先輩と賭け試合をする事になってしまった。
でもジオ様を侮辱した先輩を絶対に許すわけにいかない!
「ふっ、さっきの約束、忘れるなよ?」
「先輩こそ、必ず謝罪して頂きます」
「始め!」
審判の掛け声と共に私はロン先輩に向かって駆け出した。
さっきの試合の応用で直線ではなく円弧を描いて接近する。
ロン先輩の直前で右に進路変更し先輩の左側から切りかかる。
キィィィィィン!
ロン先輩はそれに反応して私の剣をはじいた。
私は距離を置いて振り返る。
ロン先輩はロングソード、私は細身のミドルソードを装備している。
「君の技は研究済みだ。さっきの試合の動きも見切っている」
ロン先輩の剣は基本に忠実、だけどかなり高レベルに仕上げてある。
それに加えて『身体強化』の『腕力増強』も『加速』もかなり高いレベルだ。
単純な速度だけなら私より速くなっている。
中級の本戦2回戦まで残っている実力は本物だ。
再度攻撃を仕掛ける。
左から仕掛けると見せかけて途中で右に切り替えて打ち込む。
キィィィィィン!
やはり受けられてしまった。
「その程度のフェイントに僕が引っかかるとでも?」
私は3度目の打ち込みを仕掛ける。
あえてさっきと同じ軌跡で接近する。
同じように左側から打ち込み、右に切り替え、ロン先輩がそれに反応した瞬間に再度左に切り替える。
ロン先輩の剣はすでに右に動き始めている。これは間に合わないはずだ。
私は思いっきり右脇を切りつけた。
はずだったが、そこに先輩はいなかった。
「ふう、今のは危なかったね。咄嗟に『加速』を最高レベルにしなきゃ切られてたよ」
先輩は切られる瞬間に身体強化の『加速』の限界値を高めて超高速で回避したらしい。
魔力による『身体強化』は一般的に精密なコントロールが難しく、発動中は微妙な力加減が出来なかったり、急な方向転換ができないといった欠点がある。
強化の最大値も人によって個人差があるが、強化レベルを上げるほどコントロールが難しくなり、下手をすると自滅する。
(ロン先輩はあのレベルの『加速』を制御できるって事ね)
思ったより手ごわい相手かもしれない。
「ふっ!今度はこちらから行くよ」
ロン先輩が迫ってきた。
私の技を研究してきたと言ってたから、私がカウンタ-攻撃が得意な事は知っているはず。
普通に打ち込んだら反撃が来るのを想定しているという事は、その対策を用意している。
ロン先輩は正面から上段で切り込んできた。私は直前でそれを左に躱し先輩の右脇に剣を叩きこむ。
先輩は超加速でそれを回避し私の後ろに回り込んだ。
(予想通りね)
私はすでに打ち込みをキャンセルして剣を左手に持ち替え、体を左にひねって、超加速で移動した先輩の進路正面から剣を叩きこむ。
キィィィィィィィン!
先輩はかろうじて剣で受け止めたが、不自然な構えで受けたため、手首にダメージを与えたはずだ。
「なんだ!?今のは? 何で僕の『加速』に追いつける?」
「追いついたわけではありません。私の技は研究済みと言いましたよね?それなら私の技を予測して対応するはずですのでさらにそれを予測しました」
「なんなんだ!それは?」
「先輩が私の技を研究し尽くしているというなら、それは私にとって大変有利な条件です」
「そんなあてずっぽうが何度も成功するかぁ!」
ロン先輩からは今までの余裕がなくなり、怒りの形相で迫ってきた。
私は同じようにカウンターを繰り出しそれを回避した先に攻撃を加える。
それが何度か繰り返された。
ロン先輩は毎回ギリギリで受け止めたが、少しずダメージが蓄積しているはずだ。
「調子にのるなぁ!」
ロン先輩はさらにむきになって連続で仕掛けてきたが、私の方もだいぶ対応に慣れてきた。
(これって、お父さんの動きに近づいて来てるかも?)
今、私はロン先輩の猛攻を次第に少ない挙動で対処できるようになってきている。
幼いころから脳裏に焼き付いたお父さんの動きと自分の体の動きが次第に重なっていく感じがした。
繰り返される猛攻でロン先輩はだいぶ息が上がっている。
手首や全身の関節にはダメージが蓄積しているだろう。
高レベルな『身体強化』の連続使用は肉体への負担も大きいし魔力の消費も激しいはずだ。
一方で私は呼吸一つ乱れていないしダメージもない。
当然魔力も消費していない(使ってないからなんだけど)
「そろそろ終わりにしませんか?」
「その上から目線をやめろぉぉぉぉぉぉ!」
ロン先輩の怒りは頂点に達した様で、これまで以上の勢いで迫ってきた。
私はその攻撃を躱して最初のカウンター、
それを回避して回り込んだ先輩に次の打ち込み、
しかし先輩はそこから更に強引な逆方向への超加速をかけて私の背後に回り込んできた。
背後ががら空きの私に思いっきり切りかかる。
「もらったぁぁ!! ごふぅ!!!」
その時すでに私が後ろ向きで振りぬいたミドルソードが先輩の脇腹にめり込んでいた。
「勝負あり! 勝者ララ!」
「「「「「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!!!!!」」」」」
会場中から大歓声が上がった。
「すごい試合だったぞ!これで中級の準準決勝なんて!」
「『剣精様』すでに神レベルだ!」
「こんな美しい試合見た事が無い」
「最後は後ろ向きで倒さなかったか?」
「兄ちゃんの方も大したもんだよ!」
私は魔法で治療を受けているロン先輩の方に歩いて行った。
「なんだ? 無様に敗れた僕を笑いに来たのか?」
「ロン先輩!ありがとうございます!!」
私はロン先輩に思いっきりお辞儀をした。
「なっ!なっ! 何のまねだ?」
「先輩のおかげで、今まで掴めなかった剣の極意が見えたんです!本当にありがとうございました!」
私は満面の笑みで先輩に握手を求めた。
「な、なんの事だかよくわからないが・・・」
ロン先輩はうろたえて真っ赤になりながら恐る恐る握り返してきた。
「私がお礼を言いたいからそれでいいんです!」
私は先輩の手をぶんぶんと振り回した。
「あっ!でも約束は約束なので今後私の前には現れないでくださいね?」
「あ、あぁ、・・・約束だから仕方ない」
「それと、私の大切な人を侮辱した事、ちゃんと謝ってください」
「その前に聞いていいか? 君ほどの人が心に決めた相手っていったい誰なんだ? つり合う男がいるなんて思えない」
「・・・絶対、誰にも言いませんか? 先輩負けたんだからこれも約束できますか?」
「ああ、誓って秘密にする」
私はロン先輩の耳元に近づいてささやいた。
「・・・私の好きな人は・・・『勇者様』です」
「・・・・・えぇ! あの噂は本当だったのか?」
「しー! 静かにして下さい。 ・・・まだ私の片思いですけど・・・」
「・・・いろいろ納得がいった・・・」
ロン先輩は思いっきり土下座した。
「知らなかった事とはいえ、勇者様を侮辱してしまうなんて本当に申し訳ない!」
「君にも大変失礼な事をした。何と言ってお詫びして良いか」
「もういいですよ」
(ロン先輩、思い込みが激しいけどそんなに悪い人じゃなかったみたい)