4話 勇者様と思い出の場所
喫茶店で休憩した後、私とジオ様は町の中をのんびり散歩を楽しみながら、目的の場所を目指した。
目的地についた頃にはだいぶ日が傾いていた。
「ここだ」
そこはいつもお屋敷の私の部屋の窓から見ていた時計塔のある寺院だった。
「ここですか?」
「ああ、中に入るぞ」
ジオ様は寺院の中の螺旋階段を上っていく、私はその後についていった。
階段を登り切った場所は寺院の屋上で時計塔の付け根の部分の展望台になっている場所だった。
(ここって、王都の定番デートコースの終点で、夕暮れ時に恋人たちが愛を語り合うので有名な場所じゃない!)
今まさに夕暮れ時で、他にも何組かのカップルが愛を語り合っていた。
中には人目をはばからず抱き合ってくちづけをかわしているカップルもいる。
(ジオ様!これっていったいどうゆう事ですか?)
「人目が多いな、あっちへ行こう」
ジオ様は私の手を掴んで時計塔の裏側の方へ歩き始めた。
(えっ!えっ!えっ! 人目のない所にいってどうするんですか!?)
私はいろいろな妄想で頭の中が茹で上がってパニックになっていた。
「ここならいいだろう」
ジオ様は時計塔の裏側のあまり人が来ない場所に私を連れてきた。
「ララ」
ジオ様が私を見つめている。
「・・・はい」
「いいか?」
ジオ様が私の肩に手をまわして自分の方へ引き寄せた。
(えっ? 何なに何なに何なに! これって完全にきっ!キスだよね!)
「は、はい」
(うわー!ここまでのご褒美は予想してなかった!)
私は目を閉じてジオ様の唇が触れるのを待った。
・・・そして、体がふわっと持ち上がった。
「ついたぞ」
「あれっ?」
目を開けると、ジオ様に抱きかかえられて時計塔のてっぺんにいた。
(ああ、そうですよね、こうゆう展開ですよね、ええ、わかってましたとも)
ジオ様はゆっくりと私をおろした。
「見ろ」
「わぁ!」
そこには沈みゆく夕日とそれに照らされた王都の街並みがあった。
夕日に照らされた街並みは神秘的で、また灯り始めた松明や魔法の明かりが満点の星空のようにきらめき始めていた。
時計塔が定番のデートスポットになっているのはまさにこの夕暮れの風景あってこそなのだが、これは更にその特等席だ。
(ジオ様が私だけを特別な場所に連れてきてくれた!)
一瞬冷めた私の感情はまたすぐに舞い上がった!
ジオ様は私の両肩に後ろから手をかけて話し始めた。
「何の感情も持たず魔物討伐に明け暮れていた俺は、たまたまこの場所に降り立った。その時も丁度これくらいの時刻だった。この風景を見た俺はあの明かりの一つ一つに人の暮らしがあって、これだけ多くの人々が生活してる事を初めて実感した」
「それまで自分が戦う事に何も疑問を持たず、大人から言われるままに魔物を倒していた俺は、自分が戦う事には意味があると気がついた」
「それからは時々ここに来て、ここから見える人たちの幸せを守るために自分が戦っているんだという事を再確認している」
「ララを初めて見た時、俺がここで感じた事をお前はすでにわかっているのだなと感じた」
私は肩に置かれたジオ様の手を取って自分のおなかの上に重ね、ジオ様によりかかった。
「ジオ様、それは買いかぶりすぎです。私はあの時、自分の知ってるわずかな人たちを助ける事しか考えていませんでした。ジオ様のように全ての人を救おうなんて大それた理由ではありません」
ジオ様は私をキュッと抱きしめた。
「ララ、それは同じ事だ。目の前の人を救うのも、全ての人を救うのも」
「ララとの出会いは俺にとってこの場所を見つけた時と同じ、いや、それ以上の衝撃だった。俺と心を共有できるのはお前しかいないと思った。自分の元へ連れ帰りたくて、強引にお前を弟子にした」
(ジオ様! それってほとんど一目ぼれじゃないですか??)
ジオ様と接触している部分が熱くなるのを感じた。
「その後も、ララは何度となく俺が間違っていないという事を示してくれた」
「ララのおかげで『勇者』という魔物を倒すだけの道具だった俺は『人間』になる事が出来たんだ」
「・・・ジオ様・・・」
私は自分を抱きしめるジオ様の手を更に抱きしめた。
「このまましばらくこうしていてもいいですか?」
今の私たちに言葉はいらないと思った。
「ああ、俺もそうしていたい」
二人であたりが暗くなるまで沈む夕日を眺めていた。