3話 勇者の弟子と聖女の務め
遂に明日の夜にはシンと結ばれる事が決まった。
この二日間は後宮でただ待っていても気持ちが落ち着かないので気分転換に帝都を出歩く事にした。
ルルを抱いてジオ様と三人で街に出た。
久しぶりの家族水入らずだ。
ルルもだいぶ活発になって来て、そろそろ歩けるようになってもおかしくない時期だ。
髪もだいぶ伸びてきたのだが、きれいな顔立ちのために、会う人毎に女の子と間違われてしまうのだ。
そしてジオ様がルルを抱っこすると、だれが見ても親子にしか見えないくらいよく似ているのだ。
「まあ!かわいい女の子ね!お母様も若くておきれいで、将来が楽しみね。ところでこの親子は大聖女様のお知合いですか?」
・・・声を掛けられる時は大体こんな感じで、私がルルを抱っこしている時でさえ、誰もがルルの母親は私ではなくジオ様だと思って疑わないのだ。
・・・お母さんとしてはちょっと悲しい・・・
ラルだったら絶対私の子供だと思われるのに!
よし!シンの子供はラルそっくりなかわいい子を産むぞ!
密かにそう心に決めたのだった。
そうして町を歩いていると人だかりを見つけた。
「おお!大聖女様!丁度良いところに来てくださいました。事故があって怪我人が大勢いるのです。診てやって下さいませんか」
人だかりの中の一人が私を見つけて話しかけてきた。
「怪我人ですか?それは大変です!すぐに見せてください」
私はジオ様にルルを預けると、人だかりの方に向かった。
「どういう状況ですか?」
「これは大聖女様!実は工事現場の足場が崩れて多くの作業者が大けがをしてしまったのです」
「それは大変です!すぐに治療します。一番症状の重い方はどなたですか?」
「今救出した者の中では、彼らです」
案内された方へ行くと、手足のつぶれた作業員が数名寝かされていた。
その周りにも怪我をした作業員が何人も座っている。
「まず彼らから治療しますね」
私は重症の患者のところに行って治療を始めた。
最初の患者は両足が潰れ、片腕が無くなっていた。
内臓も圧迫されて破裂しているかもしれない。
まずは内臓の治療から始める。
思った通り、かなり危険な状況で、あと少し遅ければ助からなかった。
内臓の修復を終えると次に足の治療、それから欠損した手の修復を行った。
「・・・大聖女様・・・あなたが・・・助けてくれたのですか?・・・」
重症の作業員は意識が戻ったようだ。
「もう大丈夫です。痛みは無いですか?」
「・・・ああ・・・死んだかと思ったんだが・・・だいぶ楽になった」
「それは良かったです。では次の人の治療に移りますので」
私は二人目の治療に入った。
重症の患者は一人一人の治療にそれなりに時間がかかる。
申し訳ないけど軽症の人には少し待っていてもらう事になる。
「大聖女様、向こうに足場の下敷きになった人がまだたくさん残ってるんです。何とか助けてあげる事はできないでしょうか?」
どうしよう?
その人たちを助けに行ってると、目の前の重傷患者達が手遅れになってしまうかもしれない。
「俺が助けに行ってくる。ララは怪我人を頼む」
ジオ様がルルを抱いたまま崩れた足場の方に走って行った。
「ジオ様、気を付けて!」
崩れた足場と瓦礫が折り重なった場所にたどり着いたジオ様は、片腕でルルを抱いたままもう片方の手で足場や瓦礫を掴んで、どかし始めた。
ジオ様なら片手でも瓦礫を軽々と持ち上げられるのだ。
でも、片手にルルを抱いているので効率が悪い。
足場の下から、怪我人が救出され始めたが、このペースだと手遅れになる人が出るかもしれない。
すると、一人の女性がジオ様からルルを受け取っていた。
どうやらジオ様の様子を見かねて、親切な人がルルを預かってくれた様だ。
両手の使える様になったジオ様は、それまでよりも速いペースで瓦礫をどけていった。
ジオ様がどけた瓦礫の下から見つかった怪我人は、町の人たちが私のところまで運んで来てくれた。
新たな重症患者が次々と見つかるので私はその対応に追われて、なかなか軽症者の治療に当たれない。
ジオ様も治療は出来るのだけれど、今は足場と瓦礫をどけて怪我人を救出する方が先決だ。
ジオ様が全ての足場の瓦礫を片付け終わったころ、私の方も最後の重症患者の治療が終わって、軽症の患者の治療に入り始めていた。
ジオ様の方も、怪我人の治療を始めている。
「ジオ様、お疲れさまでした」
「ララも頑張ったな、どうやら死者は一人もいなかったようだ」
「良かったです。生きていれば私が元通りに治療できますから」
強欲の魔女の魔法ならどんな重症者であっても元通りに治療できるのだが、完全に死んでしまった場合だけはどうしようもないのだ。
「ところでジオ様、ルルはどこにいるのですか?」
「ああ、親切そうな女性が、この場が片付くまで預かってくれるの言うのでお願いした。おそらく安全な場所でルルを見ていてくれていると思うのだが?」
でも周りを見回しても、それらしい女性は見当たらない。
全ての怪我人の治療が完了して、近くにいた人達に聞いて回ったのだけど、ルルを連れた女性がどこに行ったのか誰も見ていなかったのだ。
現場の周囲は完全に人の輪で囲まれていたので、女性がこの場から離れるのを誰一人見ていないという事はあり合えない。
しかし、ルルを抱いた女性は煙の様にこの場から消えてしまったのだった。