7話 勇者の弟子と迷宮の底
第三階層の別荘で休憩した私たちは、更に迷宮の底を目指して降下する事に決めた。
テンちゃんに聞いたところ、竜の飛行方法は、鳥の様に羽に風をはらんで浮き上がる訳でも、魔法で浮遊する訳でもなく、全く別の方法で浮かんでいるみたいなのだ。
羽はあくまでも、風の流れに対して姿勢を整えるために動かしているそうだ。
だからテンちゃんはこの第三階層でも高度に関係なく同じ様に飛行が可能だったのだ。
私たちの様に高度が下がると魔法が弱くなるとか、重力が強くなって浮かび上がる事が出来なくなるとか、そんな変化は何も無いというので、更に下に降りても戻れなくなる事は無いだろうと判断した。
「じゃあ、お願いね、テンちゃん」
「まかせて下さい」
竜の姿に戻ったテンちゃんの頭に私とジオ様が乗ると、テンちゃんは浮遊島から浮かび上がり、島から離れるとゆっくり降下を始めた。
私たちが遭難していた島より下降下していくと、更に下の方にも同じ様にいくつもの浮遊島が存在していた。
高度が下がるにつれて、重力がこれ以上増える事は無かったが、魔法は更に弱くなっていく様だ。
ただ今回は、神様の結界による魔法の制限がかかっていないので、弱くなったと言っても、前回よりはまだ多少の魔法は使えそうだ。
それから私たちはずいぶん下まで高度を下げていった。
それにしても、この第三階層はとんでもない広さだ。
おそらく既にこの浮遊大陸が浮いている高度の何倍もの高さを降下しているはずだ。
それなのにいまだに底が見えないのだ。
その間にもたくさんの浮遊島を通過してきた。
「いい加減、この景色も飽きてきたよね。いつになったら底につくんだろう?」
「あるいは底など無いのかもしれないな」
「ええ、それじゃあいつまで続ければいいの?」
「適当なところで諦めて戻るしかないだろうな」
「ここまで来て諦めるなんてやだよ」
「しかし、いつまでもという訳には・・・いや、終わりがあるのかもしれないぞ」
「どうしました?ジオ様」
「この先、浮遊島が無くなる様だぞ」
ジオ様に言われて下を覗き込むと、確かに、ここより下には浮遊島が見えなくなっていた。
「これって、もうすぐ第三階層の底に到達するのかな?」
「浮遊島が無くなっただけだから何ともわからんが」
「でも、変化があったって事はこの先に何かあるはずだよね?テンちゃん、様子を見ながらこのままゆっくり降下を続けてね。何か変化があったら教えて」
「はい、今のところは大丈夫です」
テンちゃんが更に降下していくと、下には完全に何もなくなってしまった。
真下に空しかなくって果てしなく青空が続いてる光景ってなんだか不思議だよね?
今までは、地表は見えないにしても、浮遊島がいくつもあったから、まだ少し安心感があったけど、真下が完全に何も無い青空ってなんだか不安になるよね?
上下の間隔も良くわからなくなりそうだよ。
テンちゃんはさらに降下していった。
上に見えていた浮遊島たちも、次第に小さくなって、霞んで見えなくなり始めている。
しかし、下方向には相変わらず何も見えないのだ。
・・・このまま降下を続けると、本当に全方位に青空しか見えなくなっちゃう。
「ララ、どうする?このまま進んでも終わりが無いかもしれないぞ?」
「ジオ様の言う通り、確かに、このままどこまでも地面が無い可能性もありますね」
元々私たちが住んでいた世界だって、空の上はどこまでも果てが無く空間が続いてているのだ。
この迷宮は私たちの世界とは異なる空間に存在している。
全方位に果てが無く、中心付近にだけ浮遊島が存在している可能性だってあるのだ。
「仕方ないですね、ここまで来て何の成果も無かったのは残念ですが、そろそろ諦めましょう・・・テンちゃん、もう終わりにして帰りましょう。降下するのはやめて上に戻って」
「わかりました。上昇します」
テンちゃんは頭を持ち上げて、羽を大きく動かした。
ところが降下が止まる様子が無い。
相変わらず下に下がり続けている様だった。
「どうしたの?テンちゃん」
「上昇しようとしているのですが、まだ高度が下がり続けているみたいです」
「ええ?どういう事?」
「つまり上には戻れないという事です」
「ええっ!どうして?」
「わかりません。まわりの空気に対しては上昇しているみたいなのですが、空間自体が降下しているというか、何も目標が無くなってしまって、どちらに移動しているのかも自信がありません。ただ、感覚として降下し続けている気がするのです」
確かにそれは私も感じていた。
下降から上昇に転じる時には体に加重を感じるはずだが、その感覚が無い。
つまり、同じ速度で降下し続けているという事だ。
既に上の方に見えていた浮遊島も完全に見えなくなっていた。
「私も魔法で上昇させてみるよ」
弱体化しているとは言っても、元々の『強欲の魔女』の魔力は強力だ。
現状でもテンちゃんぐらい持ち上げるぐらいの事は問題無く出来るはずだ。
そう思って魔法を使ったのだが、下降は止まらなかった。
そもそも、何に対して私たちを持ち上げるのか指標が無いのだ。
魔法の効果として私たちはテンちゃんごと上に持ち上がっているはずなのだが、感覚として降下しているままの様に感じるのだ。
「これって、ゲートのある浮遊島に帰れないって事?」
私たちは、この、全方位に青空しか見えない空間の中で自分に位置を見失ってしまったのだ。
もしかしたら底が無く、無限に続く空間の中を永遠に落下し続けなければいけなくなってしまったという事だろうか?
これは何とかしなきゃ!




