6話 勇者の弟子と天空の竜
上空に浮かぶ巨大な影は、伝承に出て来る竜の姿をしていた。
確か前に弟子のゲン達が行った氷雪の国の地下迷宮の第八階層にも竜がいたって話だけど・・・地下迷宮に竜はつきものなのかな?
それにしても優雅で美しい姿をしている。
基本的なフォルムは蜥蜴に近いが、全体的にきれいな曲線を描いており、全身は透き通る様にきれいな青い鱗に覆われている。
頭には複数の大きな角があり、頭の後ろにはふさふさのきれいなたてがみがある。
前足と後足には大きな爪が付いている。
背中には三対の翼があり、それぞれ形と大きさは異なる。
各翼の全体の形は蝙蝠の羽の様な形をしているが羽毛が生えているようにも見える。
尻尾は先端に行くほど細くなり、先端付近には大きなひれが付いているが、これも羽毛が生えているのかな?
色々な動物の要素が集まった様にも見えるが、全体のバランスが絶妙に整っていて、まるでそれは一つの芸術作品の様に美しくまとまっているのだった。
そして動きも優雅で、気品さえ感じるほどだ。
「わあ!きれいだね!」
レダは口をぽかんと開けて上空の竜を見上げている。
「本当に、美しい生き物ですね」
ミラもうっとりした顔で竜を見ている。
「そうだね、あの見た目なら、さしずめ『天空竜』ってとこかな?」
「ララ、あれが今回の討伐対象って事でいいんだな?」
ジオ様が私に尋ねた。
「多分そうだと思うんだけど・・・いきなり奇襲を仕掛けてた方が良いのかな?」
「あれほどの巨体だ。相手の攻撃方法がわからないと危険かもしれないな。まず俺が様子を見ようか?」
「そうですね・・・でも、しばらく距離を取って様子を観察してみましょう」
私たちはいきなり攻撃を仕掛けずに、『天空竜』の動向を観察する事にした。
第三階層にはこれまでの階層と同様に飛行タイプの魔物が数多く飛んでいる。
天空竜はその中をゆったりと飛んでいるのだが、天空竜が近づくと他の魔物は一定の距離を置いて自ら道を空ける傾向があるみたいだった。
天空竜は何をするわけでもなく、ゆったりと第三階層の空を周回していた。
やがて、第三階層の空をほぼ一周して元の場所に戻ってきてしまった。
その後も、天空竜が何をするのか見ていたのだが、特に何をするわけでもなく、ゆったりと空を飛んで階層内を周回しているだけだった。
「きれいな竜さん、何もしないね?」
「このまま何もしないでただ回っているだけなのでしょうか?」
確かに、このまま様子を見ていても仕方なさそうだね。
「もう少し接近してみようか」
今までは、天空竜に気が付かれない様に少し離れた距離から追跡していたのだ。
何しろ相手が巨大だから、かなり遠方からでも見失う事が無い。
観察するだけならそれで充分だった。
だが今度はあえて竜に感知されるのを承知の上で接近してみる事にしたのだ。
近づくにつれて、思った以上にその巨大さに圧倒される。
これほどの大きさの生き物は見た事が無い。
以前海で見たくじらよりも大きいのではないだろうか?
胴体だけでもくじらより大きく、羽を広げた長さで言えば、更にけた違いの大きさとなる。
巨大な魔物と言えば『終焉の魔物』だが、あれは生物というよりは浮島みたいなものだった。
明らかな躍動感のあるこの大きなの生物に、畏怖の様な物を感じる。
私たちは斜め後ろから天空竜に近づいていったのだが、天空竜は私たちの事になど気が付いていないのか、全く気にしないで飛び続けている。
一瞬だけ目玉がこちらを見た気がしたが、視界にすら入らなかったのか、相手する価値も無いと思ったのか、全くこちらに対して行動を起こさなかったのだ。
こうなったら、天空竜がこちらを意識するまで距離をつめてみるしかない。
「わたしとジオ様はもう少し竜に近づいてみるけど、ミラとレダは少し離れて待っていて」
「えー!あたしも近づきたい!」
レダが不満そうだ。
「何が起こるかわからないから、ちょっとだけ待っててね。安全そうだったら合図するからそうしたら近づいていいよ」
「うん、わかった!」
「お二人ともお気をつけて」
「じゃあ行ってくるね!ミラ、レダ」
私とジオ様はさらに天空竜との距離を近づけていった。
そして天空竜の羽の下まで接近した。
広げた羽の広さは、小さい村がすっぽり収まってしまいそうだった。
ゆったり動いている様に見えていた羽はそのスケール感のせいで勘違いしていたが、実は結構速く動いていたのだ。
巨大な羽はたくさんの空気を捕えて、強烈な風を下方に送り出していたのだ。
そのため羽の下側は風圧により大きく気流が乱れていた。
「これでは気流が乱れて上手く飛べない。ジオ様、羽の上側に出ますよ」
私とジオ様は天空竜の羽の上側に移動した。
羽の上側は、下側ほどの乱気流は発生していない。
それでも天空竜が羽を振り下ろす瞬間は、一瞬気圧が下がって吸い込まれそうになってしまうのだ!
それにしても・・・これだけ近づいても反応が無いなんて、もしかして背中に降りても大丈夫だったりするのかな?
天空竜の背中は真ん中に二列の背びれが並び、その間に平坦な部分がある。
「ジオ様、背中に降りてみましょう」
「大丈夫なのか?」
「なにかあっても、逆に背中なら攻撃できないですよ」
私は天空竜の背中に接近して、そおっと着地した。
ジオ様もそれに続く。
さすがに背中に人が下りたって気が付かない訳は無いはずだが、それでも竜は私たちを無視している。
人間など、蚊ほどの影響力も無いと思っているのだろうか?
「背中に降りても大丈夫でしたね。それにしてもこれほど無害ならなぜ神様は私たちに討伐を依頼したんでしょう?」
「さあな、しかしこれは普通に剣で倒す事は無理だな。上級魔法を駆使してやっと倒せるかどうかではないのか?」
ジオ様の言う通り、私達が降り立った竜の背中は硬い鱗に覆われており、その鱗も一枚一枚が私より大きいのだ。
しかもかなりの強度と、どうやら強力な魔法耐性も持っているみたいだ。
これは附加装備の剣でも、一撃で鱗一枚を壊せるかどうか・・・といったところだった。
天空竜を完全に倒すまでに何枚の鱗を壊せばいいのか考えると、気が遠くなりそうだった。
「はい、私もそう思います。現在私は上級魔法が使えないので、ジオ様にお願いするしかないですね」
ジオ様は普段上級魔法は全く使わない。
通常は使用が禁止されているのもあるが、地上では周囲への被害が大きすぎて使えないのだ。
だが、この地下迷宮内の、しかも空中であれば、周囲への被害を考慮しなくて良いので使えない事も無い。
「それにしてもこれだけ大人しいのなら、討伐しなくてもいいのではないかと思います」
「確かにそうだな・・・まだ何かあるのかもしれないが」
私とジオ様がこれからの対応を考えていると、突然天空竜が大きく首を後ろに向けた!
何があったのかと天空竜の向いた方を見ると・・・
天空竜の後方で、レダとミラが中級の魔物と戦っていたのだった。




