2話 勇者の弟子と古い友人
「ニニもここでは魔法が使えないんだよね?」
私は歩きながらニニに尋ねた。
レダは少し離れたところで狼頭の獣人の尻尾をもふもふしながら歩いているので、私たちの会話は聞こえないだろう。
「はい、この島にいる限り魔法は使えません」
「どうしてニニが長なの?」
「わたしは、この一族の長の娘として生まれました。当然、生まれた時は自分が魔女だとは知りませんし、魔法も使えないのでそれが当たり前として育ちました」
「魔女は覚醒するまで自分が魔女だとは気が付かないし、魔法も使えないからね」
「この一族は女性が長になる決まりなのですが、わたしの母である先代の長が亡くなって、わたしが長を継ぐ事になったのです。そしてその継承の儀が一月前に行われました」
「そうなんだ、まだ長になったばかりなんだね」
「はい、その継承の義で一族のみんなが、わたしへの敬愛を誓い、わたしも一族みんなへの慈愛を約束したのです」
「あっ!そうか!それで・・・」
「はい、その時に私は『獣の魔女』として覚醒したのです」
『獣の魔女』であるニニは、数多の動物との間に親愛を結ぶ事により魔女として覚醒するのだ。
ふつうの人間が、そんなにたくさんの動物と信頼関係を築くのは至難の業だ。
過去の『獣の魔女』は、大体がそれなりの高齢で、私と同じ老婆の事も多かった。
それで何となく気があって、会って話をする機会も多かったのだ。
しかし、今回は獣人の長であったので、あっさりと達成できてしまったという事だ。
「あれ?でもそうすると、ニニは覚醒してもまだ一度も魔法を使った事が無いって事だよね?」
「そうです。この島から出た事はありませんので、まだ一度も魔法を使っていません」
魔法を使えない魔女って、魔女の意味があるのだろうか?
まあ、私も今は同じ状況なんだけど・・・
「そういうララも、今回はずいぶん若くてかわいらしい姿ですね?こんなに若い姿の『強欲の魔女』を見るのは、初めてではないでしょうか?」
「うん、そうだね。こんなに若い時に覚醒したのはこれが初めてだよ。っていうか、今までは死ぬ直前にしか覚醒していなかったからね」
「どうやって、これほど若くして『強欲の魔女』が覚醒したのですか?」
「それはね!この子のおかげだよ!」
私はスリングに入れていたルルを抱き上げて見せた。
「かわいらしい赤ちゃんですね。ララの子供ですか?」
「そうだよ、そしてこっちが私の旦那さま!」
今度は私の足元をてくてく歩いているジオ様を紹介した。
ジオ様は右手をかざして挨拶をした。
「ええと・・・こちらはお子さんでは無いのですか?」
「旦那様です!」
ニニは状況がわからず混乱している様だった。
後で落ち着いて説明してあげよう。
「・・・何やら複雑な事情がありそうですね」
「ふふふっ、この素敵な旦那様と可愛い赤ちゃんが手に入ったから、私の強欲が達成しちゃったんだよ!」
「・・・・・まあ、人の欲望は人それぞれですからね」
「私にとっては、これってかなりの強欲だからね!」
私はルルをぎゅうっと抱きしめた。
「ふふっ、幸せそうで何よりです」
「そういえば、ニニはどうして私が来るってわかったの?」
魔法は使えないって言ってたし、何かそれを知る方法があるんだろうか?
「それなんですが・・・一月前、わたしが覚醒した直後に、『静慮の魔女』が現れたのです」
「『静慮の魔女』が!ここに来たの?」
「はい、どうやって来たのかはわかりませんが、突然私の前に姿を現われたのです」
「えっ!『静慮の魔女』は魔法を使ったの?」
「魔法なのかどうなのかはわかりませんでした。ですが、覚醒直後で、まだ過去の記憶があいまいだったわたしに、一月後に『強欲の魔女』がこの島に来ると言い残して姿を消したのです」
彼女はどうやってこの島に来たんだろう?
彼女だけ魔法を使える方法が何かあるのだろうか?
それか魔法以外の何か別の方法か?
「魔法が使えなかったのだとしたら、『静慮の魔女』の顔や姿は認識できたのかな?」
「彼女は最初から顔を隠していましたので、顔はわかりませんでした」
・・・うーん、相変わらず用意周到だな・・・
この島の事も前から知ってたって事だよね?
「それから彼女はこうも言ってました。強欲の魔女がこの島に来たその後に、魔物の大量発生が起こると」
「やっぱり!ここで魔物の大量発生が起こるんだ!」
静慮の魔女とはすれ違いだったけど、この島にたどり着いて正解だったよ!
でも静慮の魔女は私が来るって事もわかってたって事だよね?
「魔物の対応は任せて!そっちは専門だから!」
「でも、魔法が使えないのにどうやって倒すのですか?わたしたちの一族の屈強な戦士でも、数人がかりで中級の魔物を倒すのがやっとなのに」
「私は魔法を使わなくても魔物が倒せるから大丈夫!それにジオ様がいるからね!」
「この赤ちゃん・・・いえ、ララの旦那様がですか?」
ジオ様は自分を見下ろしているニニを見上げ、目が合うと無言でうなずいた。
「うん、まあ、安心して見ててよ!」
私は不安げな表情のニニに、自信満々で言い放ったのだった。