11話 勇者様と剣術大会
今日はシンと、挑戦者が戦う剣術大会の開催日だった。
女性限定の股間蹴り大会に対して、男性にも平等な機会を与えようという、シンの提案により開催が決まっていたのだ。
あの後、私はジオ様と共にシンのところに行き、謝罪とお礼を言った。
シンは優しく微笑んで「良かったね」と言ってくれたのだ。
だめだ!ますますシンの事が好きになっちゃうよ!
ジオ様の言っていた策とは、今日の大会にジオ様が出場するという事だった。
この大会でシンに勝った者には、何でも望みをかなえてあげる事になっている。
ジオ様が勝利したら、私の罪を無罪にしてもらう事が出来るのだ。
ジオ様は勇者の力を使えば余裕で圧勝できてしまうのだが、今日は勇者の力を使わずに勝負するそうだ。
あくまでも一人の男性として勝負し、私のために勝利したいという事だった。
シンにその事を話したら、事情は承知の上で手加減は一切しない、全力でジオ様を倒すつもりで相手をすると言っていた。
手加減をして勝ってもジオ様も私も納得しないという事をちゃんと理解してくれているのだ。
もっとも口では、私をまだ縛り付けておきたいからと言ってたけどね。
大会は予選から始まった。
参加は当日飛び入り参加も可能で、まずは百人単位で闘技場のステージに上がり、バトルロイヤル形式で、ステージ上に立っている人数が5人以下になるまで戦う。
参加者は総勢数千人に及び、予選は複数のステージで十数回行われた。
ジオ様は当然勝ち残っている。
勇者の力を使用せず、身体強化も使わずに剣の技のみで勝ち抜いたのだ。
自分で言うのも何だが、『剣聖』ある私と技だけで互角に戦えるのだから当然と言えば当然だ。
ジオ様は技は私の方が上だと言ってくれるけど、私はそうは思っていない。
ジオ様は以前の体で5歳の時に『勇者』を継承しているため、『剣士』の資格を一切持っていない。
試験を受ける前に『勇者』の能力を継承してしまったので、試験を受ける事がなかったのだ。
そもそも『勇者』という世界最強の肩書を手にした時点で、他の資格や肩書を手に入れる意味が無いのだ。
私の場合は、勇者の継承の前に・・・実際にはいまだに継承していないのだが・・・『剣聖』の称号を手に入れたので、『剣聖』と『勇者』の二つの称号を持つ事になったが、先に『勇者』になった場合、後から『剣聖』になる事は出来なかったのだ。
『剣聖』とはあくまでも人間の剣士の最高峰の称号であり、『勇者』はすでに人間を超越してしまっているからだ。
私の弟子のゲンは、『勇者』ではなく『剣聖』の弟子になる事に強いこだわりを持っていた。
与えられた力でなく、自分自身で勝ち取った力に価値を見出しているからだ。
では、ジオ様が、幼くして『勇者』となったからと言って、その後の努力を怠ったかといえば、決してそのような事は無かったのだ。
初めてであった時、私がジオ様に一目ぼれしたのは、その華麗な剣技と身のこなしに見惚れたからだ。
・・・もちろん容姿も好みだったのだが・・・
最初は『勇者』だから、その様な動きが出来るのだと思っていたが、そうではなかった。
『勇者』の能力はその圧倒的な力と反応速度、それに耐久性だ。
技のキレは自分で習得するしかないのだ。
普通は、それだけ圧倒的な力があれば、技を磨く必要なんてなくなる。
しかしジオ様はその後も技の鍛錬を続けていたのだ!
理由の一つは、勇者になったその後に、周りの大人たちから聞かされた、先代勇者・・・つまり私のお父さん・・・の技のすばらしさに感銘を受けたからだそうだ。
お父さんは『勇者』を継承する前に、最も『剣聖』に近い剣士と言われていたらしい。
『勇者』の継承がもう少し遅ければ、『剣聖』の称号を手に入れたいたのではないかと言われていたそうだ。
もう一つの理由は、魔物を倒すだけでなく、人を助ける勇者になるためだ。
強い魔物を倒すだけなら力業で何とでもなるが、人助けをするためには繊細な力のコントロールが必要になる。
実際に、ジオ様に助けてもらった時、ものすごく丁寧に扱われているという実感があったのだ。
それも、ジオ様に恋した理由の一つだった。
ジオ様ほどのイケメンにあんなに大切に扱われたら、女の子だったら誰でも恋に落ちちゃうよね!
そして、ジオ様は、赤ん坊の体になった今でも、技の鍛錬を続けているのだ。
これだけの努力を重ねれば『勇者』の力がなくても強くなって当然だった。
予選を勝ち抜いた猛者たちで、決勝トーナメント戦が行われた。
トーナメントの上位3名が、シンと直接対決する権利を得るのだ。
ジオ様は圧倒的な強さで、決勝トーナメント一位優勝を果たした。
この時点で、会場の女性たちの大半がジオ様に恋に落ちたと思われる。
いや、予選の段階で、女性たちがざわめき始めていたのだ。
まあ、シンに匹敵するほどのイケメンなんて、この国にはいないみたいだったから当然と言えば当然だった。
「いよいよ俺の出番だな」
皇帝の特別席から私と一緒に試合を観戦していたシンが立ち上がった。
「お手柔らかに頼みますね」
「バカを言うな。どう見ても向こうの方が格上だろう?」
「そんな事は無いと思いますよ」
「だが、手加減はしない。全力で行かせてもらう。万が一俺が勝っても恨むなよ」
「はい、恨みはしません、その時は私はシンの妻のままというだけですから」
「ははは、俺としてはその方が好都合だがな」
シンは笑いながら、競技場へ降りて行った。
決勝第三位、第二位と順にシンと対決したが、全くと言っていいほど勝負にならなかった。
それほどまでに圧倒的にシンが強かったのだ。
一代でこの強大な帝国を築き上げた実力は伊達ではない。
そして、いよいよジオ様とシンの対決が始まった。
究極のイケメン二人が私を賭けて戦うという、女冥利に尽きる一戦だ。
・・・いや、別に私を賭けてるわけじゃないんだけど・・・
試合開始と同時に二人の姿が消えた。
もちろん、私には見えてるんだけどね!
会場の人たちは姿が消えたと思ってざわめいている。
そして激しい剣戟が連続して会場に響き渡る。
観客たちは音だけで戦いの激しさを感じ取る事になる。
・・・実際には、二人とも、基本に忠実な剣の技を繰り出しているに過ぎない。
ただ、二人の身体能力が異常に高すぎるだけなのだ。
ジオ様が勇者の力を封印し、身体強化も使っていないので、シンの方も身体強化を使っていない。
純粋に肉体の能力と剣の技のせめぎ合いになっている。
体格がほとんど同じで、筋肉の付き方など、体の鍛え具合も全く同じ二人は、身体的な能力もやはりほぼ互角だった。
見えていれば理想的な剣術のお手本となるであろう、完璧な打ち合いを二人は続けていた。
このままではどうやって勝敗が付くのか予測が出来ない。
観客席では、状況がわからず困惑している人々の中に、わずかだが、真剣に試合を見ている者がいる。
彼らは二人の動きを目で追う事が出来ているのであろう。
ミラとレダも真剣なまなざしで試合の行く末を見守っていた。
このまま、勝敗が付かないかに見えた試合に動きがあった。
基本に忠実な剣術を繰り出していたジオ様が変則的な動きを始めたのだ。
当然シンもそれに合わせて対応してくる。
しかし、ジオ様は、更に変則的な返しを繰り出し、それに対応するシンを次々と翻弄してカウンター攻撃を繰り出していく。
シンも見事にそれに対応していくが、ジオ様の反撃は更にその斜め上を行く意外性のある返し技の連続だ。
それまで規則的だった剣戟が、不規則になり、次第に緊迫感が高まって来たたため、会場内のざわめきも激しくなった。
・・・そしてついにジオ様が、会心の一撃をシンに放った!
シンの剣は宙を舞い、深々と地面に突き刺さったのだ。




