5話 勇者の弟子と治癒魔法
ミラは女戦士との膝とシンの股間に頭を挟まれて、鼻と耳から血を流していた。
恐らく女戦士に追いついて、身を呈してシンを庇おうとしたのだろう。
見境の無くなった女戦士の強烈な膝蹴りは、普通の人間なら即死させるレベルの強烈な打ち込みだった。
まともに食らえばシンもただではすまなかっただはずだ。
さっきの嫌な音は、おそらくミラの頭蓋骨が砕けた音だ!
・・・つまり、かなり危ない状況だ!
その状況を見た私は、瞬時に主賓席から駆け出していた!
普通に階段を下りていたら間に合わないので、客席の上を飛び越えていった。
今の私の服装は皇帝の婚約者として、豪華なドレスを着せられていた。
ただ、この国のドレスは布地が薄くひらひらなので、おそらく客席からは私の下着が丸見えになってしまうだろうな。
でも、今はそんな事を言っていられない!
一刻を争うのだ!
観客たちはステージ上の惨劇に騒然となっていたが、何人かは頭上を飛び越える私に気が付いて、騒ぎ始めていた。
ううっ!やっぱり見られてるよ!
恥ずかしいけど今は一秒でも早くミラのところへ行かなければならない。
私は競技場の客席を三歩ぐらいの跳躍で飛び越えると、そのまま中央のステージに駆けて行った。
「ミラ!大丈夫!しっかりして!」
声をかけたが反応が無い。
頭にかなりのダメージをくらっている。
「あ、あたしはそんなつもりじゃ・・・この人が勝手に間に入って来て・・・」
女戦士は巨体に似合わず動揺してうろたえていた。
・・・そして・・・巨体に似合わず、鈴が転がる様なかわいらしい声だった。
「いいから、あなたはゆっくりと膝を外して下さい。シンはミラの体を支えて下さい」
「ああ、もう支えている」
シンはミラの脇の下に手を入れて支えていた。
「じゃあ・・・膝を離します」
女戦士はおろおろしながら私に聞いてきた。
「はい、ゆっくりですよ」
女戦士はゆっくりと力を抜いて膝を離していった。
ミラは後頭部が少し陥没して、耳の穴から血を流している。
かなり危険な状況だ。
「シン、そのまま、静かにゆっくりとミラを地面に寝かせてください。ミラに絶対衝撃を与えてはだめですよ!」
「ああ、わかった」
シンは細心の注意を払ってミラを静かに地面に下ろしていった。
「では治療を始めます」
私はミラの頭に手をかざし、治癒魔法を発動した。
頭の損傷は治癒魔法の中でも最も難しい部位だ。
難易度で言えば手足の欠損や内臓の欠損の修復よりも難しい。
つまり、通常の治癒魔法で治す事は極めて困難なのである。
手足などの大きな欠損は普通の魔法士では治す事が出来ない。
各国に数人しかいない、『聖女』や『賢者』、私たちの国なら『魔術師』と呼ばれる、高度な治癒魔法が使える者でないと不可能なのだ。
そんな彼らでも、頭を潰された者を治す事は容易ではないのだ。
なぜなら頭が潰れた時点でほとんどの場合即死しているからだ。
現在、この世界に死者を蘇生する魔法は存在していないのだ。
それに死なないにしても重度の後遺障害が残る可能性がある。
今のミラの状況は頭が潰れかけてはいるが、まだ完全に死んでいるわけでは無い状態だ。
だが、そのままでは数分で死んでしまう。
完全に死んでしまっては私でも生き返らせる事は出来ないのだ。
それに時間が経つほど後遺症のリスクも高くなる。
だから今は出し惜しみは無しだ!
『強欲の魔女』の持てる力の全てを使ってミラを助ける!
そう、私が発動したのは通常の治癒魔法ではない。
『魔女』のみが使える最高レベルの治癒魔法なのだ。
私と、ミラが淡い光に包まれ、それが周りにも広がっていく。
『聖女』が使う高レベルな治癒魔法でも同じ様な広範囲の発光現象が発生する事があるが、今の私とミラはそれよりも大規模で強い光に包まれている。
「シン、さっきは避けられたのに避けなかったですよね?」
「ああ、あの場で俺が避けていたら、ミラは客席まで飛ばされ、観客を巻き添えにして即死していた」
「ありがとうございます。賢明な判断です。おかげでこうしてミラを助ける事が出来ます」
「ミラは助かるのか?」
「はい、シンが衝撃を和らげてくれたのと、早く処置が開始で来たのでおそらく完全に元通りになると思います」
「すごいな君は!この治癒魔法も普通の治癒魔法ではないよな?これほど強い光を放つ治癒魔法は見た事が無い」
「ふふっ、こう見えて『勇者』ですから!」
こういう時『勇者』のふりをしていると都合がいい。
「なるほど。そうだったな」
「ところで・・・シンのそれは大丈夫なのですか?」
私はシンの下半身に目線を移動しながら尋ねた。
「・・・実はさっきから激痛に耐えている・・・もしかしたら、ララと子を作る事は、断念せざるを得ない事になるかもしれん・・・」
「それは大変です!我慢していないで早く言ってください!」
やっぱりそうだったんだ!
変に我慢強いのも困りものだよ。
「すまない、ミラの方が緊急事態だったものでな」
「すぐに治しますから!」
私はミラにかざしている右手はそのままにして、空いている左手をシンの股間にあてた。
・・・かざしたのではなく直接触ったのだ。
「ララ!何を!」
さすがに直接触られてシンも動揺していた。
「目視できれば確実なのですが、この場で・・・出されても困りますので、失礼ですが触診させて頂きます」
服越しだが、直接触って状況が把握できた。
ミラの頭部に加わった強烈な衝撃を吸収したのだ。
結構ひどい状態だった。
相当な激痛だっただろうに・・・よく平然と振舞っていたものだ。
「状況がわかりました。直ぐに治します」
私は左手でも最高位の治癒魔法を発動した。
私たちを包む光がさらに強くなった。
「おお、痛みが引いていく」
私の手の中で、潰れていたシンのあれが次第に元の形に戻っていくのを感じる。
この調子ならミラの頭部の損傷よりも早く治りそうだ。
・・・あれ?これって・・・
私の手の中で元に戻ったシンのあの部分は、何だか妙に大きくないだろうか?
「あの・・・シンって普段から・・・こんなに大きいんですか?」
「いや・・・すまん・・・ララに触られている事を意識してしまって・・・」
・・・治癒と同時に機能の回復まで確認してしまっていたらしい。
とは言ってもまだ完全に治ってはいないので途中で手を離すわけにも行かない。
「あの、少し鎮める訳にはいきませんか?」
治癒を進めるのに比例して大きさも増し続けているのだ。
「すまん、自分の意志ではどうにもならんのだ」
・・・完治する頃には私の手には全然収まらない程の大きさになってしまった!




