2話 勇者の弟子と経過報告
『皇帝の股間蹴り大会』の当日を迎えた。
帝国全土に募集をかけたところ、数万人に及ぶ応募が殺到し、収拾がつかないので各国ごとに予選を行い候補者を8名まで絞ってもらったそうだ。
選定方法は基本的にその国ごとに決めてもらったが、大体が剣の腕前と知性、それから容姿によって絞ったみたいだ。
あと、シンからの指示で、身分は問わないという事になっている。
とは言っても、それだけの条件を並べると、やはり貴族が大半を占める事になる。
現在帝国は8つの国で構成されており、シンは64人の女性と対決する事になった。
ちなみに男性部門は同じ日に行う事が困難になったので更に一週間後に開催する事になっている。
そして私はレンとルナからお説教を受けていた。
「まったく、何をやってるんですか?ララは」
ルナはあきれてものが言えないと言いながら私に小言を言っている。
「ははは、ララらしいね。あっという間に帝国の皇帝陛下の妃に納まってるなんて」
レンは相変わらず動じないな。
「笑い事じゃないわよ、国王陛下にどう報告すればいいよの?」
「そうだよね、絶対に再婚はしないと言ってルイ殿下の求婚を断っておきながら、一年も経たずに別の国の妃になってるなんて、一歩間違えば戦争になってるところだよ?」
「その戦争勃発を食い止めるための苦肉の策なんだけど?それにルイ殿下には既に別の王太子妃様がいるじゃない」
「それにしても盗賊との乱闘の中、お忍びで潜入捜査していた皇帝陛下の股間に偶然蹴りを入れてしまうなんて、どんだけ引きが強いんだろうね?ララは」
笑い上戸のレンはさっきから笑いをこらえている・・・というか、こらえきれていない。
「それは自分でもびっくりだよ!どんな確率でこんな事になったんだか?」
「でも解決できそうで良かったじゃない」
「まだ解決できてないよ!皇帝の世継ぎを産まないと釈放されないんだから!」
「まあでも、皇帝陛下はララ好みの超イケメンだったんでしょ?良かったじゃない」
「良くないよ!私は一生ジオ様一筋のつもりだったんだからね!」
ちなみにこの場所は、後宮で私にあてがわれた屋敷に作った隠し地下室だ。
更に下の階には転移魔法陣も設置済みだ。
もちろん、シンやミラには内緒である。
「それで肝心の『静慮の魔女』の方はどうなのよ」
「うん、投獄中に王都のあちこち行って調査しておいたよ。今回、この王都付近に魔物が出現すると仮定して、『静慮の魔女』に都合いいい出現先を探してみたんだけど・・・無いんだよね。この王都の周辺は砂漠しか無くて、人がいるのは王都の城壁の中だけなんだよ。後は砂漠を渡る商人のキャラバンくらいだね」
「ララにとって投獄中って全然意味がないよね・・・でも、そうすると場所を特定して張り込みは難しいかな?」
「旅人を装って門番に伝えるにしても、この砂漠を一人でフラッとやって来て、去って行くって不自然だからね」
「今回は遭遇できる可能性は低いかな」
「でも偶然にも今回の『股間蹴り大会』で帝国中の属国からこの王都に多くに人が集まって来るから、このタイミングに乗じて現れるんじゃないかなって思ってるんだ」
「それこそ、その中から見つけて即座に対応って厳しいかもしれないね」
「まあ、もともと『静慮の魔女』を捕まえること自体が難しいってわかってた事だからね」
「とりあえず、しばらくの間は皇帝の妃を堪能してればいいんじゃないかな。魔物討伐は『中級の魔物』までだったら僕たちで対応可能だけど、『上級の魔物』が出た時はララかジオ様に応援をお願いする事になるからね」
「うん、シンは『勇者』活動には協力してくれるって言ってたし、転移魔法陣も作ったから、緊急対応は問題無いと思うよ」
「本当に理想の旦那様じゃないの皇帝は?そのままずっと妃でいればいいんじゃないの?」
「そうはいかないよ!この件が解決したら、必ず帰るからね!」
「じゃ、僕たちはこれで戻るよ」
「またね!ララ」
レンとルナは転移魔法陣で王国に帰っていった。
私は隠し部屋から地上の後宮へ戻った。
隠し部屋の入り口は『結界』と『認識阻害』を常時かけてあるので、まず見つかる事は無い。
地上に戻るとシィラが待っていた。
「ララ様、先ほどからミラ様がお待ちです」
「あっ、ミラが来てたんだ!すぐ行くよ」
「ララ様、間もなく大会が開始されます。ご出席の準備をお願います」
「うん、わかったよ。ミラも出場するんでしょ?準備はいいの?」
「わたくしは出場者ですので、この格好で問題ありません。ですがララ様は皇帝の婚約者という立場いなりますのでそれなりの服装をお召しになって頂きます」
そうなのだ。
この帝国での私の立場は皇帝の婚約者という事になってしまったので、扱いは一変してしまった。
皇帝に危害を加えたという罪状は帳消しにはできなかったのだが、極めて軽微な罪となった。
ただ、それも皇帝と婚姻を結ぶという前提における判決なので、皇帝と結婚しなかった場合は、元の死罪となってしまうのだ。
整理すると・・・
皇帝と結婚しなかった場合・・・私と親族全員が死罪になり、私の所属する王国に賠償金の請求。
皇帝と結婚した場合・・・私は軽微な不敬罪、親族や王国には関与しない、ただし、離婚した時点で私は死罪。
皇帝と結婚して世継ぎを産んだ場合・・・恩赦により全ての罪が無罪、その後離婚しても構わない。
・・・つまり、一度でも結婚すれば、家族と王国は無罪となり、シンの子供を産めば全てが解決する事になる。
あとは、私とジオ様の気持ちの問題だけだったんだけど・・・
ジオ様の本音は聞かせてもらった。
自分がいなくなった後に、私が孤独にならないように、ジオ様だけに執着しすぎないで欲しいという事だった。
確かに、自分のジオ様への執着は異常だったと思う。
このままエスカレートしたら、いずれジオ様が死んだときに後追いでもしかねないだろう。
というか、前回も後追いしようかと本気で考えていた時期もあったのだ。
後追いしなかったとしても、ずっとジオ様の思い出だけを抱えて、無限とも思える時間を一人で孤独に生きていったかもしれない。
そう考えるとジオ様には結構な心配をかけていたんだろうな?
まあ、勇者だからそれすらも拂拭できるんだろうけど・・・
ジオ様は私の幸せを何よりも優先してくれるし、それがジオ様の本心からの願いだっていうのも理解できた。
そして、私の本音なんだけど・・・
ジオ様が一番というのは揺るがない自信がある!
・・・でも・・・シンにも魅力を感じているのも事実なのだ。
ジオ様と出会っていなかったら、私はこの結婚は迷わず受け入れていた気がする。
顔は、ジオ様に匹敵するくらい私の好みだし、性格も社交的で、気遣いも出来る。
皇帝という立場上、厳しい顔を見せる事も多いけど、実際にはとても優しい人なのだ。
この人と結婚したら幸せな人生を送れるというのが容易に想像できる。
この帝国では、女性も複数の相手と結婚する事が認められている。
誰もがそうしているわけでは無いけど、実際に複数の男性と結婚している女性には何人か出会った。
その事に特に背徳感を感じているわけでもなく、本人も周りも当たり前の事の様に受け入れているのだ。
私もこの帝国で生まれ育っていたら、何の抵抗も無く二人と同時に結婚していたのだろうか?
シンの子供を産む事は仕方のない事だと覚悟は決めたつもりだ。
それに・・・ほんの少しだけ、シンに抱かれたいとか、子供を産んでみたいという欲求が無いわけでもないのだ。
でも・・・やっぱりジオ様に対する後ろめたさは、無くなる事はないんだろうな。