2話 勇者様と航海
「じゃあ航海に出発するよ!」
私達は魔動馬車で海へ繰り出した!
大海を渡る馬車の旅というちょっとシュールな状況だが・・・
砂浜から海上へ進んでも乗り心地には何の変化もない。
相変わらず、かっぽかっぽと乾いた蹄の音を立てて魔動馬は海の上を歩いていく。
・・・これ、水上では効果音を変えた方がいいかな?
今度検討してみよう。
やはりパシャパシャだろうか?
まあ、水上を馬車が走っている時点で不自然なんだからどっちでもいいか?
魔動馬車はテオの島や、人魚の集落のあるサンゴ礁を通り過ぎて沖合へと出ていく。
ここから数日間は海しかないはずだ。
せっかく障害物が無くなったので速度を上げてみる。
通常の馬車の速度の五倍くらいにしてみた。
魔動馬も全力疾走状態で、ハイペースな蹄の音が静かな海に響き渡る。
魔動馬車は滑る様に海の上を進んで行く。
景色は全方位見渡す限り海ばかりとなった。
天気も快晴で雲一つない。
つまり景色が全く変化しないのだ。
何の変化もなく一日が過ぎた。
水平線に沈む夕日だけは感動するくらいきれいだったな。
翌日も同様に全く景色が変わらずに一日終わった。
・・・そして三日目を迎える。
「うーん、退屈だなぁ」
「ララ様、もう飽きたんですか?」
シィラが呆れ顔で答えた。
「だって、ここまで何も起きないとは思わなかったんだよ。大海原の冒険だよ?海賊や幽霊船、海の巨大生物との対決とか普通だったらいろいろ起きるでしょ?」
「海の巨大生物とはこの前戦ったじゃないですか?」
「そういう日常的な戦いを求めてるんじゃないんだよ!もっと海のロマンにあふれる出来事に巡り合いたいんだって!」
「『上級の魔物』との戦いを日常だと言ってしまうと、あとは『終焉の魔物』ぐらいしか残ってませんよ」
「あはは!それは準備ができるまでもうちょっと待って欲しいけどね!」
「後は嵐に遭遇して船が沈んで遭難して無人島に流れ着くとかですかね?」
「そうそう!そういう冒険に憧れてるんだよ!」
「ララ様だったらどんな状況でも簡単に解決できてしまうじゃないですか?」
・・・まあ、どこからでも転移魔法陣作って簡単に家に帰れるんだけど・・・
「そこはあえての縛りプレイだよ!」
「遭難ごっこですか?どこまで行っても遊ぶ事しか考えていませんね?」
「だって、退屈なんだもん!」
(そんな退屈なララに朗報だ。ルルが寝返りをうったぞ)
「えっ!ほんと!」
私は急いで御者台から降りてベビーベッドのところに来た。
「ジオ様!ルルは?」
ベビーベッドを除くと、ルルがうつぶせで枕に顔をうずめてもぞもぞしていた。
そして顔を上げて、ぷはっとした。
「かわいい!!!」
私はルルの頭をやさしくなでた。
ルルは嬉しそうに笑った。
「もうすぐはいはいとか始めるかな?」
「そうですね、動き回れるようになると目が離せなくなってきます」
ゼトさんとレィアさんとこのレィナちゃんはルルと同じ頃に生まれたけど、とにかく活発で、よく泣くし、よく笑うし、じっとしてないし、寝返りもはいはいも早くて、もう歩き始めるんじゃないかって勢いだ。
一方でルルは、全然泣かないし、ほとんど寝てるし、とにかく静かな赤ちゃんだった。
そんなルルもようやく本気になったかな?
同じ体格のジオ様は、もう普通に二本の足で立って歩いて生活しているので、たまにルルがまだ歩けないのが不思議な気分になるが、ジオ様の方が特殊なのだ。
私はルルを抱き上げておっぱいを飲ませた。
生まれた頃に比べるとだいぶ重たくなってきたな。
我が子の成長が実感できて嬉しい重さだ。
いつまでも今の可愛さのままでいて欲しい気もするし、早く成長が見たい気もするし・・・究極のジレンマだよ!
「ふふふ、ルルはどんな子に成長するのかな?」
その時、シィラが御者台から叫んだ。
「ララ様!大変です!『上級の魔物』です!」
えっ!この前倒したばかりなのに!こんなところで?
私はルルにおっぱいを飲ませたままの体勢で、急いで御者台に登った。
「魔物はどこ!」
「あそこです!ララ様」
シィラが指さした方を見ると、大きな島の様に見える生き物が、魔動馬車と並んで移動していた。
確かに大きさからすると『上級の魔物』くらいの大きさだ。
どうする?先に攻撃を仕掛けた方がいいのかな?
見ていると、生き物は水面から少し沈んだり浮かび上がったりしながら移動している。
そしてなんと!一体だけではなく二体目も現れたのだ?
上級の魔物が同時に二体なんて、『終焉の魔物』との対決の時か、『傲慢の魔女』との対決の時くらいだ。
いったい今度は何が起きたんだろう?
二体の巨大生物は、交互に浮かんだり沈んだりしながら並んで移動している。
今のところこちらに攻撃を仕掛ける様子はない。
「あれは、本当に『上級の魔物』でしょうか?」
「私も今、それを考えていたんだけど・・・」
見たところ攻撃の意志はなさそうだ。
魔物なら近くに人間がいたら、確実に攻撃してくるはずなのだが。
むしろ二体の生物は仲良くじゃれ合っているようにも見える。
その時、生物の背中から勢いよく海水が噴きあがった!
・・・まるで噴水の様に。
そしてもう一体も同じ様に海水を噴き上げた!
「・・・わかったよシィラ。あれは『くじら』だよ」
「『くじら』・・・ですか?」
「うん、魔物じゃなくて無害な海の生物だよ」
「魔物でなくてあんな大きな生き物がいるんですね?」
「海にはいろんな生き物がいるんだよ」
(むやみに攻撃しなくて良かったな)
「はい、ジオ様、きっとあの二体は夫婦か恋人同士ですよ!」
(そうだな、こうしてみると仲良さそうに泳いでいるように見えるな)
私たちはしばらく『くじら』と並走して『くじら』の恋人たちのデートを眺めていた。
「ララ様!陸が見えてきましたよ!」
シィラに言われた方を見ると、水平線の彼方に陸地が見えてきた。
「本当だ!ジオ様!陸地です!」
(ああ、ついに海を渡り切ったな)
『くじら』たちは陸地に近づくと進路を変えて離れていった。
「じゃあね!くじらさん!」
私たちは離れていく『くじら』を見送った。
ルルも不思議そうな顔をしてくじらを眺めていた。
やがて、目の前に砂浜が迫って来た。今度は左右にどこまで続いているか分からないくらい、見渡す限りの砂浜だ。
そして魔動馬車は新大陸の砂浜に上陸したのだった。




