9話 勇者の弟子と漁師の青年
「こっちに人魚が来なかったですか?」
漁師の青年は私に向かってそう訊ねた。
わあ!やっぱり、しっかり見られてるよ!
「ええと・・・? 人魚ですか?・・・見ませんでしたけど?」
「おかしいな?こちらの方に泳いできたと思ったんですが・・・」
しかも、人魚を捕まえようとしてるのかもしれない。
「あの?人魚なんて本当にいるんですか?」
とりあえず、すっとぼけてみる事にしよう。
「さっき、沖で漁をしていたら、人魚が水面から跳ね上がるのを見たんです。広場にある人魚の像とそっくりな金髪の人魚でした」
「まあ!そうなんですか?それなら私も見たかったです」
「ただ、胸は人魚の像より小さかったです。まだ子供の人魚かもしれません」
私、一応大人の女性なんですけど!
・・・危うく声に出して叫びそうになった。
「そういえば、あなたも金髪ですね?この辺の方では無いですね?」
「はい、旅の途中でこの町に立ち寄った者です」
「そうなんですね?この町にはしばらく滞在されるのですか?」
「一ケ月ぐらいは滞在するつもりです。海を満喫しようと思いまして」
「そうですか、それならもし、人魚を見かけたら教えてもらえませんか?おれは向こうの島に住んでる漁師で、テオといいます」
テオと名のった漁師の青年は右手を差し出した。
「私はララです。宜しくお願いします」
私も右手を差し出して握手をしようとした。
・・・ その時、海から突風が吹いて来て、私の服が風でまくれ上がった。
・・・ん!・・・それって、だめじゃない!
下着を着けていなかったのだ!
今、服がまくれ上がったら全部この人に見えてしまう!
私はまくれあがり始めた服をおさえようと思ったが、もう間に合わない!
私は神速で、胸と太腿の間を直接手で隠したのだ。
・・・今のタイミングなら、ぎりぎりで大事なところは見えなかったはず!
・・・大事なところは見えていないはずなのだが・・・
・・・胸と腰の布地か完全にめくれ上がって、ほぼ全裸に近い状態で、胸と股間だけを手で隠しているという、かなり恥ずかしい状態になってしまった。
青年を見たら、真っ赤になって硬直していた。
・・・肝心なところは見えていないはず・・・だけど相当エロい姿を見せてしまった。
しばらくの沈黙の後、突風が収まって、布地が私の手の上にふわっと被さった。
「・・・あの・・・申し訳ありません・・・お見苦しい所をお見せしてしまいまして・・・」
「いえ、とんでもない!大変すばらしいものを・・・いえっ!なにも!なにも見ていません!・・・大丈夫です!」
「・・・はあ、恐れ入ります」
私も、青年も動揺して、会話がおかしな事になっている。
「・・・あっ!そうだ!・・・これ、あなたのですよね?」
青年はズボンのポケットから小さく丸めた布地を取り出した。
手のひらで広がったそれは、海に流された私の水着だった!
「あっ!そうです!私のです!さっき泳いでいたら流されてしまって・・・」
「海に浮いていたので拾いました」
「ありがとうございます!」
水着を受け取ろうとしたが、私の手は布地の下で直接胸と股間をおさえたままだった。
・・・これはこれで、かなり恥ずかしい状態だった。
私は、布地がめくれない様に、そおっと手を引き抜いて、青年から水着を受け取った。
その時に触れた青年の手も、受け取った水着もちょっと温かくなっていた。
少し気持ち悪いが、身に着けない訳にはいかない。
「あの、申し訳ないのですが少しの間、後ろを向いていただけないでしょうか?」
「あっ、これは失礼」
青年は少し離れて後ろを向いた。
私はその間に、急いで水着を身に付けた。
「もう大丈夫ですよ」
振り向いた青年は、真っ赤になって、ちらっ、ちらっと私と自分の手を見比べていた。
・・・ああっ!私ってば、さっき胸と下半身を直接おさえていた手を洗わずに、この人に触れたのでは!?
「わああああ!ごめんなさい!今、洗います!」
私は思わず魔法で手から水を出して自分の手を洗い、それから青年の手を取って水で丁寧に洗い流した。
胸や下半身を触った手で、他人に触れるなんて絶対だめだった!
「えっ?それって、魔法ですか?」
私の手からは、まだじょろじょろと水が流れ落ちていた。
「あっ!これは!」
私は慌てて、手から出ている水を止める。
「魔法陣も詠唱も無しで・・・どうやって?」
うっかり普通に魔法を使っちゃった!
「これは・・・・・手品!・・・そう!手品です!ほら!こんな風に!」
私は右手の人差し指を上に向けて、指先からぴゅーっと水を飛ばした。
「宴会のかくし芸で良くやるんです、得意なんですよ!」
今度は左手の人差し指からもぴゅーっと水を飛ばす。
「ふふっ、面白い人ですね」
青年は笑い出した。
何とか誤魔化せたかな?
「では、そろそろ仕事に戻ります。人魚の情報があったら待ってます」
「今度、水着のお礼をさせてください」
「いえ、お気遣いなく。それでは。そちらのマダムも、失礼します」
青年は、そう言ってシィラの方に会釈すると、船の方に去って行った。
どうやら、ジオ様とルルはシィラの子供だと思ったのかもしれない。
それにしても、人魚の事を妙に気にしていた様だけど、何かあるのかな?




