4話 勇者様と海辺の思い出
「ジオ様!海が見えますよ!」
草原の中の一本道をひたすら走っていたら地平線の向こうに海が見えてきた。
(そうだな、ようやく海に出たか)
更に魔動馬車を進めていくと、やがて街道は砂浜に出た。
ここからは砂浜沿いに道が続いている。
「わあ!砂浜ですよ!ちょっと砂浜の方へ寄ってもいいですか?」
私は魔動馬車で街道から外れて砂浜へ乗り入れた。
普通の馬車であれば車輪が砂にめり込んで動けなくなるところだが、魔動馬車の車輪は、魔法で地面との摩擦や反力を制御しているので砂にめり込むことは無い。
魔動馬の蹄にも同様の処理をしてあるので、魔動馬も砂浜でしっかりと安定して歩く事が出来る。
波打ち際まで、魔動馬車を寄せて、私は馬車から降りた。
周りに人気が無いのでジオ様も自分で歩いている。
ルルはスリングに入れて胸に抱いている。
最近ルルは起きている時間が長くなってきた。
よほどの事が無いと泣かないので、寝ているのか起きているのか分からない事が多いのだが、今は波の音が珍しいのか、海の方を興味深く見ている。
海は青くてきれいだった。
少し日が傾きかけているが、日没までは、まだ少し時間がある。
(海は久しぶりだな)
ジオ様は懐かしそうな顔をした。
そう言えば・・・『終焉の魔物』との決戦の場所も海辺だったな。
過酷な戦いだったし、ジオ様が死んでしまうと思った時は本当に悲しかった。
でも!悪い思い出だけじゃない!海で結婚式も挙げたし・・・それから・・・・・
(ララ・・・大丈夫か?)
「大丈夫ですよ!海には大変な思い出がありましたが、素敵な思い出もいっぱいありますから!」
どうやら私は、あの時のことを思い出しながら百面相をやっていたらしい。
(・・・結婚式も海辺だったな)
「ジオ様!覚えていたんですね!」
(もちろんだ)
「嬉しいです!」
私はジオ様を抱き上げてルルと一緒にぎゅうっと抱きしめた。
「あれからまだ一年半しかたっていないんですね?色々な事がありすぎてもっと時間が過ぎてしまった様な気がします」
(俺は一年近く眠っていたからな。ついこの間の様な気がする)
「ふふふ、ジオ様は目が覚めたら赤ちゃんですものね」
(ああ、その間はずっと長い夢を見ていた様な感じだった)
「私はその間に、表向きは『勇者』を継承して『勇者』として活動したり、『剣聖』の弟子になったゲンを育てたり、おなかのジオ様の事を考えたり、学院の講師をしたり・・・・・それから、次第に浮かんでくる『魔女の記憶』の事を考えていました」
(・・・ララにだけ大変な思いをさせてしまったな・・・すまなかった)
「いえ!いいんですよ!ジオ様が気になさらなくても! 私はそれなりに充実した楽しい時間を過ごしていましたから!」
そう!ジオ様とはこれから一緒にたくさんの楽しい思い出を作っていけるんだ!
もちろんルルと三人でね!
海を眺めていたら日が暮れてしまったので、この日は魔動馬車で一泊した。
翌日から、海沿いの道を進んでいく事になる。
海沿いには一定距離ごとに村があったが、宿があるほど大きい村は少なく、魔動馬車で野宿しながらの旅となった。
野宿と言っても魔動馬車は安い宿よりよっぽど快適なので、それほどきつい旅ではない。
お風呂も入れるからね!
天候も良く、晴れの日が殆んどだが、時々夕方に、短時間だけ激しい雨が降る事があった。
食事は海の魚を捕ってそれを調理して食べた。
魚の種類が豊富で、見た事もない魚もたくさんいたが、色々な魚で料理に挑戦してみた。
おかげでかなりおいしい魚の見分け方のコツがわかって来た。
そうして十日ほど海に沿って移動した。
そろそろ次の魔物発生予想地域の中に入っている。
「ララ様、今日はあの町で宿泊でしょうか?」
海沿いに街道を進んでいると、かなり大きな町があった。
「そうだね、どんな町か楽しみだな!きっと珍しい魚料理がいっぱいあるよ!」
海沿いの町は、やはり簡素な塀で囲まれていて、魔物の出現率が低いことが分かる。
町の入り口で冒険者証を見せたらあっさり中に入れてもらえた。
一つ目の町もそうだったが、あまり管理が厳しくない国の様だ。
この町は漁港の様で、店の店頭には魚がたくさん並んでいた。
そして、町ゆく人たちは、やはりみんな露出度が高い。
殆ど裸同然じゃないかと思える人も何人か見かけた。
魔動馬車で町の中を進むと、大きめの宿屋を見つけた。
日も沈みかけているので今夜はここに泊まる事にした。
宿屋には馬車の駐車場もあったので魔動馬車を置かせてもらう事が出来た。
夕食は宿屋のレストランで食べた。
少しスパイシーな味付けの魚料理だった。
私たちの国の料理に比べて、刺激の強い香辛料を多数使用しているみたいだ。
刺激は強いけどそれなりにおいしい。
おそらく、気温が高いので、食材が腐らない様に強めの香辛料を使っているのだろう。
軽く見積もっても十種類以上の香辛料を使っていると思う。
明日は市場でこの料理に使われている香辛料を探してみよう。
次の日、私は最初の町と同じ着こなしで町に出た。
町は潮の香りが立ちこめている。
ジオ様とルルは浮遊式ベビーベッドを偽装したベビーカーに入ってもらった。
ベビーベッドが宙に浮いていたらあからさまに目立ってしまうので、ダミーの車輪を付けたのだ。
実際には地面に接していないので乗り心地は普段と一緒だ。
ルルの安眠を妨害する事は無い。
ベビーカー押して、町を歩くとやたらと視線を集めていた。
「なんか妙に注目を集めているけど、私どこか変かな?」
「単にララ様がお美しいからだと思いますが?」
「でも、さすがに見られすぎてる気がするけど・・・」
市場で食材や香辛料を物色しながらお店の人に聞いてみた。
「皆さん、私の事を見てる気がするんですが、何か変ですか?」
「あんたほどのべっぴんさんなら誰でも見ちまうよ!それだけ白い肌も金色の髪もこの辺じゃ珍しいからね」
ああ、なるほど!たしかに、この町の人はみんな日焼けして少し浅黒いし、髪の毛も濃い茶色系が多いかな?ちょうどシィラの髪の色に近い。
見るからに外国人だし、目立って当然だった。
「それにこの辺じゃ、金髪の美女といえば伝説の『人魚』かと思っちまうからな」




