12話 勇者の弟子と静慮の魔女
「待って!ネネ!」
私が大声で叫ぶと、街道を歩いていた女性は立ち止まった。
私は速度を落として女性の後ろに立ち止まる。
「あなた、ネネだよね? 私がわかる? 私はララ、『強欲の魔女』だよ!」
女性はゆっくりと振り返った。
20代前半くらいの美しい女性だった。
この美しさなら、一度見たら忘れるはずがない。
顔を鮮明に覚えていなくても『美しい女性』という認識は印象に残るはずだ。
そして何より、闇夜の様な漆黒の美しい髪と瞳の色を見たら、忘れる訳がなかった。
ただ、認識阻害の魔法により、普通の人には黒目黒髪とは認識されていないのだろう。
私は今、彼女の認識阻害魔法をキャンセルしているので、本当の姿が見えているのだ。
私も魔力を開放し、髪と瞳の色を黒に変える。
女性の表情が僅かに動いた。
「お久しぶりです『強欲の魔女』」
彼女は再び無表情に戻っていた。
「ひさしぶりだね『静慮の魔女』」
私は満面の笑みで返事をする。
以前に会ったのは何百年前だったのだろうか?
「今回はずいぶんとかわいらしい姿ですね」
「うん、たまたま、若くして覚醒しちゃった!」
『静慮の魔女』は無表情に私の顔を見て、それから目線をジオ様に落とした。
「あっ!この子はジオ様。わたしの旦那様だよ」
「・・・存じております。『勇者殿』」
「あ、知ってたんだ!そうだよ、体は小さくなったけど『勇者』ジオ様だよ」
『静慮の魔女』は相変わらず表情が変わらない。
「私の事知ってたのなら、挨拶にでも来てくれればよかったのに」
「・・・わたしたち、それほど親しい間がらではありませんでしたよね?」
まあ、確かに、魔女って基本的に自分以外の事には無関心だからね。
「数年前にも会ったよね?」
「はい、あの時はあなたが『強欲の魔女』とは気がつきませんでした」
「まだ覚醒前だったからね!私も認識阻害ではっきりと覚えていなかったし」
さて、挨拶はこのくらいして本題に入らないと!
「まずはお礼を言わせて!いつも魔物の出現を予見して報告してくれてありがとう!ほんとに感謝してるんだよ!」
「・・・・・・」
反応が無かった。
「いくつか聞きたい事があるんだけど・・・いいかな?」
「・・・・・・」
やはり反応が無い。
「ネネはどうして魔物の出現が事前にわかるのかな?それにどうしてそれを人間に教えてくれるの?昔は人間に関心がなかったよね?」
反応が無いけど、とりあえず聞いてみた。
「・・・人間のためではありません・・・」
おっ!答えてくれた。
「どういう事?何のためにやってるの?」
「・・・・・・・・」
また、返事がない。
質問を変えよう。
「『傲慢の魔女』の事は知ってる?彼女はどうして人間を憎んでいるの?」
「・・・・・・・『傲慢の魔女』は・・・・」
『静慮の魔女』はゆっくりと右手を前に上げ、私の後ろを指さした。
「・・・・・町が襲われていますが・・・いいのですか?」
言われて振り返ると、エルのいる町の方から土煙が上がっていた。
大変だ!すぐに応援に行かないと町に被害が出てしまう。
でも、『静慮の魔女』からまだ何も聞き出せていない。
「魔物を倒してくるけど、待っててくれるよね?」
「・・・・・・」
・・・返事がない。
多分ダメだろうな。
「きっと待ててね!必ずだよ!」
「・・・・・・」
町を見捨てる訳にはいかない、今回は諦めよう。
「会えて嬉しかったよ!じゃあね!また後でね!」
一応、ダメもとで、言ってみる。
「・・・・・『情動の魔女』・・・・・」
「えっ?」
「『情動の魔女』を見つけなさい」
「・・・『情動の魔女』って?」
聞いた事無い魔女だ。
(ララ!早く行かないと!)
そうだった!町の人を守らないと!
「ありがとう!ネネ!」
残念だけど、『静慮の魔女』を残して町へ向かった。
(魔物は俺だけで対処できるぞ)
「ジオ様一人で、人前で戦う訳にはいかないですよね?」
(確かにそうだな)
「『静慮の魔女』にはまた会えます。次に期待しましょう」
(そうだな、人々を助ける方が優先だ)
「はい!急ぎますよ!」
私とジオ様は町へと急いだ。
町の城壁には数十体の『中級の魔物』が取りついていた。
この町の城壁は頑丈で、『中級の魔物』の攻撃で簡単に壊れる事はないが、この数となると、どこまで耐えられるか分からない。
常駐の騎士団が対応しているが、城壁の上からの遠隔攻撃では、有効なダメージを与えられない様だ。
城壁に近づくと、大半の魔物は城壁に張り付いているが、数体の『中級の魔物』が城壁から離れたところをうろうろしていた。
「どうしたんでしょう?」
(ララ!、逃げ遅れた人が城壁の外にいるぞ)
ほんとだ!城壁の外を逃げている人を魔物が追いかけていた。
「私は先にあの人たちを助けます!ジオ様は城壁の魔物をお願いします!」
(承知した)
ジオ様は『光の剣』を抜いて城壁の魔物に向かって一気に加速した。
『光の剣』の明るさが強烈過ぎて、剣だけが跳んで行ってる様に見えるな。
私は方向を変えて、逃げている人の方へ向かう。
『山羊頭』と『三頭熊』、それに『鬼』がのっそりと人を追いかけていた。
いずれも移動の遅い魔物で良かった。
かろうじてまだ追いつかれていない。
逃げているのは母親と男の子の二人連れの様だ。
私は手前にいた『山羊頭』の片足を後ろからレイピアで切り飛ばし、転倒させる。
前のめりに倒れ込んだ『山羊頭』の背中を駆け上がり、うなじを切り裂いて魔結晶を切り離した。
轟音と共に倒れ込んだ『山羊頭』乗り越えて、親子のところに行く。
「もう大丈夫です!そのまま真っ直ぐ走ってください!」
「え!先生?」
逃げていたのは村で剣術を教えていた男の子だった。
「あれっ、君だったの?もう大丈夫だからね!すぐに片づけるからまってて!」
私は追ってきている残りの『三頭熊』の方に向かい、頭に向かって跳躍する。
『三頭熊』は爪で私を切り裂こうと、右手を振ってきたが、その腕を切り落としつつ、それを足場に頭へ跳躍し、三つの首を一気に切り落とした。
そして、首の無くなった『三頭熊』の肩を蹴って、『鬼』に向かって跳躍し、『鬼』の顔面を蹴り飛ばしながら、頭の二本の角を切り落とし、のけぞった『鬼』の胸を駆け下りつつ、鳩尾を縦横無尽に切り刻んで、魔結晶を切り離した。
『鬼』はそのまま仰向けに倒れて動かなくなり、蒸気を放って消滅し始めた。
「すげえや!先生!こんなに強かったんだ!まるで『剣聖』みたいじゃねえか!」
「あはは!ありがとう!でもきっと『剣聖』はもっと強いよ!」
「ありがとうございました。あの・・・もしかしてあなた様は『勇者様』では?」
「この事はないしょでお願いします!私は残りの魔物を倒してきますのでもう少し離れて待っていて下さい。すぐ終わりますから」
そう言って、ジオ様の方へ加勢に行った。
城壁の魔物たちは、ジオ様が既に半分以上倒していた。
さすが!ジオ様だ!
城壁の上の騎士たちは、持ち手のいない『光の剣』が単独で魔物を倒す光景に唖然としていた。
・・・後でどうやって言い訳しようかな?
「皆さん!お待たせしました!残りの魔物は一気に片付けます!」
騎士団の人たちに声をかけた。
多分何人かは会った事がある人たちなので、正体を隠しても仕方がない。
「おお!勇者様だ!勇者様が来て下さった!」
「では、あの剣は勇者様が遠くから操っていらっしゃったんですね!」
「さすが勇者様!そんな事も出来るなんて!」
「これで町は救われたぞ!」
・・・なんか、いい感じに勘違いしてくれたのでそういう事にしておこう。
私はジオ様の反対側から魔物を殲滅していった。
殲滅の速度が二倍になったので、残りの魔物は瞬く間に片付いていった。
ジオ様と合流したところで、騎士たちから見えない様にジオ様を確保し、スリングの中に押し込んだ。
「さすが勇者様だ!あれだけの数の『中級の魔物』があっという間に全滅したぞ!」
「勇者様の活躍をこんな間近で見られるなんて、感動しました!」
「っていうか、勇者様?赤ちゃんを抱いたまま戦っていらっしゃったんですか?」
なんか、いろいろ不自然だけど、とりあえず誤魔化せたかな?
魔物が片付いたので私は急いで『静慮の魔女』と別れた場所に戻った。
・・・当然だが、既に彼女の姿はなかった。
「ジオ様、とりあえず村に戻りましょう」
(今回会えたんだ、また会えるだろう)
「そうですよね、ジオ様」
村の別荘に戻ると、村長さんと隣村の村長さんが待っていた。
「ありがとうございます!魔物から我々を守ってくださったそうですね」
「まさかあんたが『勇者様』だったなんてね!本当にありがとうよ!」
村長たちには、ばれてしまったらしい。
「この事は秘密にお願いします」
「わかってるよ。安心しな!」
「それから、先ほどの女性が再び現れましてな、伝言を承っております」
え!彼女が?
「何と言ってましたか?」
「「もう一度会う事が出来たら全てをお話しします」と、おっしゃってました」
(ララ、やったな)
「はい!ジオ様!」
次に彼女を見つけられたら、何か分るかもしれない。
それに、彼女が言ってた『情動の魔女』も探さないといけないし!
まだまだ、旅は続くけど、希望が見えてきた!
第二部 第二章 完結です。
二人の子供の話 【勇者の息子は魔女になりたい!】も、まもなく第1章のクライマックスとなります。




