10話 勇者様と赤ちゃんの剣
ルナが、指さした方角を見ると、森の向こうに土煙が上がっていた。
村長さんを誤魔化すために適当な事を言ったのだが、本当に魔物を見つけてしまった。
(よし、急ぐぞ)
ジオ様が私のスリングから出て地面に飛び降り、土煙の方角に一気に加速した。
私もそれに続く。
ジオ様は、石つぶてが超高速で森の木々の間を跳ね回っているかの様な状態だ。
私も同じ軌道でそれについて行く。
レンとルナはさすがについて来れなくなっていた。
やがて森が開けた場所が見えてきた。
そこには『棘狼』の姿があった。
『棘狼』はジオ様を認識した様だ。
そして、ジオ様に向かって『突進』をかけようと、行動を起こした!
・・・しかし、『棘狼』は移動を開始する前に、真っ二つに切り裂かれていた。
ジオ様が、『棘狼』を上回る速度で接近し、『光の剣』で切り裂いたのだ。
ジオ様は、まだ体が小さいので、愛用のロングソードを携帯するには無理がある。
そこでお父さんの形見の『光の剣』を持たせてあったのだ。
『光の剣』は通常は短剣サイズだから、赤ちゃんの体のジオ様が背負っていても引きずる事は無い。
まあ、それでもジオ様の身長と同じくらいの長さがあるので、まるでロングソードを背負っているかの様な、いで立ちになってしまうのだが。
ジオ様は、『棘狼』がジオ様を認識した時には、既に『棘狼』に向かって加速し、『光の剣』を抜いて、光の刃を発現し、『棘狼』が移動を開始する前に、延長した刃を一閃させていたのだった。
「お見事です!ジオ様」
(うむ、だいぶ感覚が戻ってきているな)
それにしても、新生児のちっちゃな足で、あの脚力で跳躍し、もみじの様な手で剣を握っって『中級の魔物』を一刀両断って、勇者の力って年齢に関係なく使えるんだ!
『終焉の魔物』に遭遇しないで老人になるまで生きていられたら、老人でも同じように強いのかな?
そんなん事を考えていたら、レン達がやっと追いついてきた。
「ジオ様、もう万全ですね」
「あはは、ジオ様の本気はまだまだこんなもんじゃないよ!」
すると今度はジオ様の背後から『山羊頭』が現れた。
ジオ様が手をかざすと、無数の『ウィンドスラッシュ』が発生し、次々と『山羊頭』を削って行った。
ジオ様はルナの様に『ウィンドスラッシュ』を縦横無尽に自在に操る事は出来ないが、無手順で次々に発生させる事は出来る。
連続で襲い掛かる無数の風の刃で、『山羊頭』の体は再生する暇もなく削り取られて行き、魔結晶だけを残して跡形もなく消滅してしまった。
「すごい!膨大な魔力量を持つ勇者ならではの戦法ですね」
ルナの言う通り、魔力の使い方としてはあまり効率の良い戦い方ではない。
(魔力量の確認をしたかったのだが、この程度では全く問題がないな)
ジオ様は、あえて魔力を大量に使ってみた様だ。
『中級魔法』の『ウィンドスラッシュ』を数百発も使用したのだ、『中級魔法士』なら、とっくに魔力が枯渇している。
「『上級魔法』はむやみに使う訳にはいきませんからね」
ルナの言う通り、腕試しで使うには『上級魔法』は環境に与える被害が大きすぎる。
そして今度は『鱗猿』が現れた。
ジオ様は剣を抜かずに、鱗猿の腹部に向かって跳躍し、腹を拳で殴りつけた。
鱗猿は体をくの字に曲げて、後方に大きく吹っ飛んでいった。
傍から見ていると、もう、状況がおかしい。
豆粒が飛んできて腹にあたったら巨大な魔物が飛ばされて行った様にしか見えないのだ。
ジオ様はそこから加速し、飛んでいった鱗猿を追い越して、今度は反対側から蹴り飛ばした。
この時点で鱗猿の背骨はおかしな方向に折れ曲がっていた。
更にジオ様はそこから切り返して、鱗猿の後頭部に回り込み、頭を後ろから蹴り飛ばす。
鱗猿の頭は胴体からちぎれて飛んでいった。
ジオ様は跳んでいった頭を追いかけて行って追い越し、それを鱗猿の胴体めがけて蹴り返した。
鱗猿の頭は自分の右胸を貫通し、魔結晶ごとはるか遠くまで飛んでいった。
・・・鱗猿は無残な姿で沈黙した。
「ジオ様・・・さすがに倒し方がえげつないです」
(魔法も武器を使わずに倒そうとしたんだが、さすがに体格差がありすぎてとどめがさせない。そこで相手の体の一部を利用させてもらった)
相手の体の一部って・・・頭なんだけど・・・
確かに、胴体を貫通できる塊って、頭骸骨が丁度いいかもしれないんだけど・・・かなりグロい状況になっていた。
そして、今度は魔力阻害の気配を感じ始めた。
『鬼』が近づいてきている。
ジオ様は、『鬼』の気配がする方に一気に加速した。
私もそれを追いかける。
やがて前方に『鬼』の姿を発見した。
ジオ様はさらに加速し、『鬼』に向かって接近する。
そして、そのまま『鬼』の胴体に向かって最大速度で跳躍し・・・
自ら体当たりして『鬼』の鳩尾を貫通してしまった!
『鬼』の胴体を貫通したジオ様は、両手で魔結晶を抱えていた。
鳩尾を貫通した時にもぎ取っていたのだ。
中級の魔物の魔結晶は大人の握りこぶしぐらいのサイズだが、ジオ様の手だと両手で持たないと掴めない。
魔結晶をもぎ取られた『鬼』はそのままゆっくりと倒れていった。
(やはりこの方法が一番効率化がいいか)
「ジオ様!戦い方が滅茶苦茶です!」
赤ちゃんが単身で、巨大な魔物に突っ込んで行って、そのまま体当たりして胴体を貫通って、見てる方からすると心臓バクバクものだ。
ようやくジオ様に追いついた私は、両手でジオ様を抱きしめた。
「ジオ様、赤ちゃんの姿であまり無茶な戦い方をされると、さすがに心臓に悪いです!」
(すまない、俺は全然平気だが、心配させたか?)
「はい、すごく心配しました!」
私はジオ様の頬に自分の頬を押し付けてぎゅぅっと抱きしめた。
(おい、ララ、俺はルルじゃないぞ!)
「わかってます。ぎゅぅってしたい気分なんです」
するとそこに、ようやくレンとルナが追いついてきた。
「あいかわらず君たちは戦場でもいちゃいちゃだね」
「いちゃいちゃっていうか、普通に母と子に見えますけどね」
「あはは、捕まえとかないと、ジオ様一人で行ってしまうので」
すると、ジオ様が急にうとうとし始めた。
「ジオ様?どうしました?」
(すまない、急に眠気が襲ってきた)
「大丈夫ですか?」
(どうやらこの体はまだ、力を使い過ぎると睡眠が必要になる様だ。少し眠っていいか?)
「もちろんです!後はわたし達に任せてゆっくり休んでください」
私はジオ様をスリングに包み込んだ。
(では、少し眠る)
「おやすみなさい、ジオ様」
「・・・ジオ様、寝ちゃいました?」
ルナがジオ様を覗き込んだ。
「うん、力を使い過ぎると急に眠くなるみたい」
「ふふっ、こうしてると普通のかわいい赤ちゃんですよね」
ジオ様は赤ちゃんらしいあどけない顔で眠っていた。
「ジオ様の活動限界もわかった事だし、残りも魔物は僕達で片付けよう」
私たちはその後、魔物の残党を討伐して王都に帰った。
ジオ様はそれから丸一日眠り続けた。




