ミンチになる系勇者と暴言系神官のふたりぼっち魔王討伐パーティー~調子に乗んなよイケメン、ミンチになっぞ??~
主人公がミンチになりますが生きています。苦手な方はご注意をお願いします。
普通の生活を送っていたのに、ある日突然異世界に召喚されました。
ラノベか??
ステータスに燦然と煌めく称号は『勇者』でした。魔王を倒して世界を救ってほしいそうです。
ラノベだな??
そんな私の勇者としての固有スキルは『ミンチ』でした。
ん??
それは、己がミンチになるという大変禍々しいスキルでした。
「いや、嘘だろ有り得ねぇ」
『嘘じゃねぇよ目ぇ背けんなイケメン』
「ミンチの状態で喋んなクソ勇者」
『うるせぇクソ神官』
そして勇者付きの神官との相性が最悪です。
いや、私にどうしろと??
――――――
私の名前はみち子。
この度魔王に平和を脅かされている異世界に勇者として召喚された哀れな女子高生です。
現在地は王都のすぐ近くにある森。魔物が出るらしくて、戦闘訓練のために連れてこられたんだよね。
剣や魔法の使い方は、召喚陣を通った際に授けられた様々なスキルのお陰で体が勝手に知っている、けれど心は勿論追い付いていない。
ハァ~~~~、人権がねぇ。
そして、剣を握りつつ小鹿の様に膝を震わせる私の隣で「この雑魚がよ」みてぇなクソムカつく顔をしているイケメンはシルヴィオ。
彼は勇者付きの神官だ。金の装飾が上品なふんわりした白装束に白い帽子、藍色の宝玉が付いた白木の長杖を握った「ザ・神官」みたいな格好をしている。
艶やかな銀髪と薄青の瞳をしていて、黙っていれば物凄い、それはもうびっくりするような美形だけど、口を開くとクソなので永遠に黙っていてほしい。いや、黙っていても顔がうざいからもう近くにいないでくれ。
「来たぞ」
「ヴァッ」
シルヴィオが長杖の先で雑に示した方にはでかいゴリラのような魔物がズン……と立っていた。迫力がエグい。
「ゴゴゴ、ゴリラじゃんっ、無理無理、でかすぎる、もっと初心者に優しいやつがいい!!」
「うるせぇ、勇者なんだからこれくらいサクッとやれよ」
「っ、この腐れ神官ッ!!」
本人は腕組みをしてやる気皆無。
そうこうしている間にゴリラがこちらに気づいた。目が赤く光っている。明らかに“ヤバい奴”なのに、この腐れ神官は私をぐいぐい押し出すのであった。クソがッ。
そうしてゴリラの前に進み出た私。
「あばばばばばば」
『ブシュゥゥ……』
「ひっ」
怖すぎ。何その鼻息。それだけで人殺せそうだね??
『グルル……』
「アッ剣にお気づきになった感じ?! 見なかったことにしてくれないかな!! アッアッ無理ですねごめんなさア゛アアーーーッ!!」
『グルルァアアアッ!!』
焦ると口数が多くなるタイプです。
「ひぃん無理ィィィッ!!」
盛大に叫び、それから体が勝手に動くのに任せ、剣を振るう。結構どんくさい私の体とは思えない勢いで動き、ゴリラが振り下ろした腕を避け、斬る、斬る、斬る。
『グルァァッ!!』
「ォア゛ァッ!!」
どっちがゴリラか分からないレベルの声を上げながら振るった最後の一撃はゴリラの首をスパンッと気持ちよい(私自身の気持ちは最悪)勢いで飛ばした。
「は、はぁ、はぁ……むり……つら……」
その実、剣を振るう動きだけじゃ『勇者』になったこの体は息が上がったりしないんだけども、うん、叫びすぎてさ……疲れたよね。
肩で息をしながらシルヴィオを振り返る。流石に私のこの必死さというか、醜態というかを見れば色々と考えることもあったのではないかという期待を込めて「もう帰っていい……?」と問う。
腕組みをして木に寄り掛かっていたシルヴィオは、銀色の長ェまつ毛に縁取られた薄青の目を細めてふわりと笑った。
「いいわけねぇだろ雑魚勇者。もっと静かにやれないのかお前」
「人権団体に訴えるぞクソ神官!!」
「訳分からないこと言ってねぇで働け。何のために召喚されたんだお前は」
「勝手に召喚しといてそれ言う?!」
ゴリラの血がするすると流れ落ちてすっかり綺麗になった聖剣を地に突き立てて嘆く。
するとしばしの沈黙。おや、と思って少し顔を上げて上目遣いにシルヴィオを窺うと、彼は苦い顔で少し目をそらしているではないか。
なるほど? 流石に私の言い分も百理あると認めた感じか?? よいぞよいぞ。
「……チッ」
舌打ちした?! OK、よいぞ取り消しね。
「……それに関して言えば、確かにお前はこの世界の都合に巻き込まれただけの被害者だ」
「だよねぇ」
「だが、ここで慣れとかなきゃ苦労すんのはお前だぞ。この程度でヒィヒィ言ってたら、この先もたないだろう」
「…………」
まあ、一理ある。
何でも、この世界の魔物は強い個体になればなるほどヒト型に近づくらしいからね。ある意味では、今のうちに魔物を斬ることに慣れという名目で、麻痺してしまえば楽かもしれない。
一応、こいつも考えてるんだな。
「……分かった、もう少し頑張る」
「よし行くぞ」
「切り替え早くない?!」
その後ら森の中五周して数多の魔物を屠ったよ!! 人権がねぇッ!!
――――――
それから一ヶ月後。早いもので、明日がついに魔物の領土への出立の日だ。
魔物の領土の最奥、なんだっけ、大陸の果てで異界と接している地の境界のあやふやな場所の手前に魔王城があるらしい。
何でまたそんな変なとこに。住み心地最悪じゃん? 最寄駅まで徒歩何分よ??
魔王城の所在はさておき、今夜は勇者の出立を祝うパーティーが王宮で開催される。
「まあ、ミチコ様、お綺麗ですわ」
「えへへ、そうかな、着付けてくれてありがとうございます、皆さん」
「とてもお似合いですわよ」
私は王宮で、与えられた一室の中、侍女さんたちの手によってドレス姿になっていた。
上品で気品があるクリーム色に、控えめな金と水色の装飾がなされたドレス。柔らかく広がるスカートが乙女心をくすぐる。
髪は結い上げられて、ドレスと色を揃えたバラと金の細鎖で飾られた。
金色の地金に鮮やかな空色の宝石が揺れるイヤリングとネックレスも着けて、気分がとてもふわふわする。
侍女さんたちがめっちゃ褒めてくれるからにへにへしちゃうな。嬉しい。
「シルヴィオ様と並ばれたらきっと一枚の絵画のようでしょう!」
ピシッ。
「まあ、想像するだけで胸が高鳴りますわ!」
「きゃあ素敵、早くお迎えにいらっしゃらないかしら?」
んぐぐ。
「あ、あの、シルヴィオが迎えに……?」
「おう、文句あんのか勇者」
「ギッ」
信じられないくらい虫っぽい声出ちゃった。
「あらまあ、シルヴィオ様、ご機嫌よう」
「いかがですか、ミチコ様のお姿。お綺麗でしょう?」
「あんた方の腕の良さがよく分かる出来だ」
この野郎め。
ギリギリギリとシルヴィオを睨み付けていると、奴は唐突にこちらに向かって「ん」と手を差し出してきた。
「威嚇か?」
「馬鹿が。エスコートだよ」
「えすこーと?」
新手の攻撃か?! っていうのは冗談。こいつに助けてもらわないことにはどうにもならないことは分かっているので、大人しくその手に自分の手を重ねる。
「「「行ってらっしゃいませ」」」
侍女さんたちに見送られ、私はドナドナ、パーティー会場へ送り出された。
「おぉぉ……ザ・パーティー……」
「間抜け面すんな」
「失礼な」
パーティー会場に到着。壮麗なシャンデリアがキラキラと目映い輝きを放つ中、それ以上にキラキラした貴族っぽい人々がざわざわと歩き回っている。
「勇者様、ご到着!!」
アナウンスッ!! こらっ、やめてっ、そんなこと叫んだら皆こっち見るでァァァホラァッ一斉に見るじゃんッ!!
「ほう、あれが」
「普通の少女ではないか」
「本当に勇者なのか……?」
メッッッチャ疑うじゃん。
一番疑いてぇのは私だよ。こちとら固有スキル『ミンチ』やぞ?? 本当に勇者なのか、はこっちの台詞だわ。
「勇者と言えど、シルヴィオ様のエスコートを受けるなんて」
「全く不釣り合いですわ」
「クスクス」
コラァそこォ。バッチリ聞こえてんぞ。
不釣り合いなんて自覚してる上にエスコートされたくてされてんじゃねぇのよ。しかもこいつ良いのはツラだけだぞ知ってるか??
「はぁ……」
「もう疲れたのか? 流石雑魚だな」
「オ゛ォン? ちげぇますけどぉ?」
「そうだな、チンピラの間違いだった」
「チンピラはてめぇでしょうが」
「目が悪いみたいだな、お前。可哀想に」
「おめぇは耳が遠いんだな」
小声で「クソ神官~」と囁いたら脇腹を小突かれた。ぐえ。
直後、ぐっと腕を引かれて耳に唇を寄せられる。噛み千切られる?! と焦った私にシルヴィオは低い声で告げた。
「こっからは無駄話すんなよ。お前は適当に笑って頷いてりゃいい。会話は全部俺に任せろ」
「は……?」
「神殿の足引っ張りてぇ奴がわんさかいんだよ察しろアホ」
「……なるほど」
神妙に頷いておく。
勇者、つまり私を召喚したのは国教である創星教の偉い人たちだ。そんな人たちとその部下で構成されている神殿の神官団は政治上も結構な一大勢力なんだよね。
つまり世界を救う勇者ですら、この場では政治のやり取りに組み込まれるってわけだ。
それで、私のあら探しをして「神殿は途方もねぇアホを召喚しやがったぞ」とか言って神殿の権力を削ぎたい奴がいるってことね。
一応国も私の後ろ楯ではあるけど、神殿の方がでけぇ後ろ楯だもんな。失うとまずい。
なのでちゃんとシルヴィオの言うことを聞くことにした。
「カシオペイア神官、ご機嫌いかがかな」
「お陰様で、ポムグラニット侯爵」
おぉぉぉ……シルヴィオの胡散臭ェ笑顔!!
現れたおっさんは「ザ・悪徳貴族ゥ!」みたいな見た目の髭のおっさんで、内心の読めない笑みを浮かべて近づいてきた。
おっさんの目が私に向く。シルヴィオが私の腕を引き寄せる力が強まった。
「初めまして、勇者殿」
「初めまして」
薄い笑みを浮かべて取り敢えず挨拶だけは返す。ちょこっと膝を折ってそれっぽく礼もしてみる。
「勇者殿、必ずや魔王を討ち、世界に平和を。平穏な世界からやってこられた貴方には荷が重いかもしれませぬが……」
「ご心配はいりませんよ、侯爵。彼女は非常に強く、そして勇敢です」
「ほう、それはそれは。ですが不安になることもあるのでは? 何かあればどうぞご相談を。私には丁度、貴方と同じくらいの娘がおりますのでね」
「お気遣い、ありがたく思います」
おおお、おっさんは私に話しかけているというのに全てシルヴィオが返答している。すげぇや。私は頷くだけ。便利。
「カシオペイア神官、貴方のように信心深く、高潔な男のそばにばかりいると、やはり年頃の乙女は気疲れするものですよ」
ええぇ~……乙女心を語り出したぞこのおっさん。
「そういうものでしょうか?」
シルヴィオがうっすらと目を細める。薄青の瞳が剣呑な光を宿すのを、長い銀のまつ毛が誤魔化していた。
ロングまつ毛すげぇ。
そうとも、とドヤ顔で答えるおっさんに、私は「何もそうともじゃねぇ」と言いたいのを堪えて薄く微笑む。
直後、シルヴィオが私の腰に腕を回し、体勢を向き合うような形に変えると、物凄い至近距離から「ミチコ」と囁きかけてきた。周りで女の子たちの悲鳴があがる。
――でも私はそれどころじゃなかった。
近い近い近い近いッ!!!!
シルヴィオがこの至近距離で見つめてくるので、身の内側で固有スキル発動の気配がごにょごにょ蠢き始めたのである。
つまり、危険を察知からのミンチコースの危機だ。
流石に『勇者を敵地へ送る会』の最中に勇者がミンチになって弾け飛ぶのはまずい。周囲の人々に私のミンチを浴びせてしまう。
必死にミンチの衝動を抑え、少しでも危険察知力を下げようとギュッと目をつぶった。
やべぇ、力入れすぎて頭に血が上る。ほっぺが真っ赤になるやつだこれ。
ふるふる震えちゃうし、事情を知らない人が見たらこれ、めっちゃ恥ずかしがってる姿では????
「っ……!」
――っぶねぇ、自分で自分の解釈違い起こして弾けかけた。
固く握り込んだ指先がもにょもにょ動き始めている。そろそろ退出しないと本当に爆ぜる。
ガッツリ目をつぶったまま、極力全身の力が抜けないように、声を絞り出す。
「……っ、シル、ヴィオ」
「分かってる」
ほんとか?! この私の危機的状況を本当に分かっているのか?!
そんな私をガン無視して、シルヴィオはおっさんにフッと笑いかけた。この女、明らかに俺に惚れてるぜ? とでも言いたげな(意図してのものだろうけど)顔である。おっさんは顔を顰めた。
「会場の気に当てられてしまったようです。それでは失礼いたします、侯爵」
「そ、そうかね……では、また」
シルヴィオに支えられたまま、おっさんに背を向ける。
「――行くぞ、歩けるか?」
「な゛、なんとかな……」
そうして私はパーティーらしいことを何も楽しまずに会場をあとにした。
「あ゛、もう無理ィィッ!!」
パァァァンッ!!
「いきなり爆ぜるんじゃねぇッ!!」
――――――
旅に出て半月、ようやく魔物の領土に到着である。
ちなみにパーティーメンバーは。
前衛後衛、何でもござれの私、ミチコ!!
衛生兵と時々魔法使い、クソ神官シルヴィオ!!
以上!!!!
そんなことある????
『あるんだなこれが……』
「ミンチの状態で喋んな」
『溜め息くらいつかせろ』
「どっから息吐くんだよ……」
先程、魔物との戦闘で爆ぜちゃったから、今の私はミンチの姿。呼吸苦はない。
『まさか私がミンチなばっかりにメンバーが逃げるとは……」
「喋りながら人に戻るんじゃねぇ……」
「戻ろうと思って戻ってるわけじゃないんだよね。危機が去ると戻るっぽい」
うぞうぞ寄り集まったミンチが私の形になって、瞬きの間に完全な人間に戻る。シルヴィオは溜め息をついた。
そうなのだ。
王国出発時には、王国の精鋭たち――例えば剣聖と呼ばれるおっさんソードマスターとか、弓神の称号を持つイケメンアーチャーとか、ゆるふわおっぱい魔女っ子とか、生ける要塞おばあちゃんタンクとか、結構な人数がいたのよ。
王国が誇る一騎当千の精鋭なのに、皆、最初の戦闘で私が弾け飛んだら逃げたのよ。
軟弱ッ!!!!
「今頃、勇者は偽物で、ミンチになる魔物で、魔王と協力して世界の人々をミンチにすべく魔王軍に参加して、シルヴィオもミンチになったと思われてるんだろうな……」
「ぶつぶつ言ってねぇで行くぞ」
そんなわけで、寂しく相性最悪の二人組による魔物領攻略がスタートってわけ。
「そっち行ったぞ!」
「分かってるっ!!」
剣を振る。清らかな銀刃が魔物の首に吸い込まれるようにして一閃。狼のものに似た大きな首が飛んで、赤黒い血を撒き散らす。
次、背後に回り込んでいた巨体のオークが振り下ろした棍棒を避け、振り返る勢いで剣を下から振り上げた。
向こうではシルヴィオがいくつもの魔法を同時に放って魔物たちを消滅させている。だんだん連携もとれてきて、相性最悪でもそれなりに勇者パーティーらしくやれていると思う。
「っ、は!」
コウモリみたいな魔物の群を魔法を纏った剣の一撃で吹き飛ばす。追撃の禍々しい木の枝を払うと、その向こうから魔法を操るヒト型の魔物が襲い掛かってきた。
剣を振り抜いた直後だったので蹴り飛ばして距離をとる。直後に星の魔法の光線を放って倒した。
ふと振り返るとシルヴィオの姿がかなり遠くなっていた。
「無事?!」
「人の心配してる場合か?!」
「っ、このっ!!」
ちょっと強そうな黒い粘液状の魔物が突撃してくる。危な、と数歩後ずさった。
その直後、シルヴィオの呻き声が聞こえた。
「シルヴィオ?!」
「ぐっ、来んな……お前は、自分の、っ、ことに集中、し、ろ……」
「んなことできるかっ!」
間に立ちふさがる魔物を蹴散らしてシルヴィオのもとへ走る。何匹も切り捨てて、ようやくシルヴィオの姿が見えてきた――――
「え……」
「来んなっつったろアホ勇者……」
「貴様が勇者か」
長身の男が……頭に角が生えているから魔物だろうそいつが、シルヴィオの首を掴んで軽々と持ち上げていた。
シルヴィオは苦しそうに顔を顰め、私の方を見ている。彼の白木の杖は真っ二つに折られ、地面に落ちていた。
魔物が、金色の目をにやりと細める。
「これを返してほしくば我が主の城まで来るが良い。道は開けてやる。貴様は飛び込むだけでいい」
魔物の背後にぐわり、と禍々しい紫色の時空の穴が開く。
「来なければこれは殺す」
そう言って魔物は身を翻した。シルヴィオを掴み上げたまま、時空の穴へ歩き去る。
取り残された私は、襲い掛かってきた魔物を一太刀で切り捨てた。
「ふざけんな」
迷いなく、時空の穴へ飛び込む。
罠だろうけど、構わなかった。
――――――
ころり、と穴から転がり出る。
すぐに警戒体勢。握ったままの聖剣を構えて周囲に視線を投げる。
ザ・城の中って感じの場所だ。
そして――
「あんたが魔王?」
赤く、長い絨毯の敷かれた上段中央に玉座があって、そこに、黒い鎧姿のおっさんが座っていた。
真っ白な髪に黒い王冠をのせて、ルビーみたいな紅い目で私を見下ろしている。王冠の横からは目と同じ、深紅の角が生えていた。
魔王は地鳴りみたいな低い声で笑い、鷹揚に頷いて見せた。
「此度の勇者は頼りないことこの上ないな」
「そりゃそうだ、こちとら女子高生やぞ」
「貴様はこれを返してほしいのだろう?」
そう言った魔王がこの広間の隅を指差す。見れば、さっきの魔物と、ぐったり床に倒れ伏したシルヴィオがいた。
「……殺したの」
「まだ死んではいない」
灰色の床に広がる血の赤。
なるほど、私が早く勝たないとシルヴィオは死ぬと言うことだ。
ぐっ、と聖剣を握る。
「分かった」
全身に魔力を巡らせる。
両目が熱くなり、魔力で金に輝いた。
聖剣が魔力を受けて、瞳と同じく金色に煌めき始めた。髪がばさばさとはためく。
深呼吸を一つ。
愉しそうにこちらを見る魔王を睨む。
「それが貴様の固有スキルか、勇者。良いぞ、見せてみよ!!」
「食らえっ!!」
続けて、頭の中で叫ぶ。
調子に乗んなよ魔王、ミンチになっぞ??
私はそこで初めて、自分の意志でミンチになった。
「なっ……自爆したのか……?」
「……よく見よ、まだ生きておる」
「へ、陛下、ではまさかこれが……」
「ふ、ふははははは!! このような固有スキルを持つ勇者は初めてだ!!」
私のミンチを見たシルヴィオ誘拐犯――多分魔王の側近であろう魔物の戸惑いの声に、魔王が愉しそうに笑う。
『ゴラァァァッ!! 覚悟しろよ!!』
「そ、その状態で喋るのか貴様ッ!」
「ふはははははっ!! 愉快、愉快!!」
うぞうぞ動きまくり、私は魔王と側近の方へ進む。
「久々に楽しませてもらった! 燃えよ、そして死ね勇者!!」
火球が飛んでくる。
『残念だったなァッ!!』
ミンチ状態の私は無敵! なにせミンチだからな!! どんな魔法も効かない、物理攻撃も効かないんだからな!! チートミンチじゃ恐れおののけ!!
ジューシー焼き挽き肉になると思ったか?? ふははははは馬鹿め!!!!
縦横無尽に這い回るミンチ。その肉片一つ一つの前に小型の魔法陣が展開。星の魔法の光線を放つ、放つ、放つ。
ふははははは!! この姿でも魔法が使えるようになったんだよすげぇだろ!!!!
『オラァッ吹き飛べ!!』
舞い上がる埃に埋め尽くされる視界。ぼろぼろになった広間に私の哄笑が響き渡る。
『そしてっ、これがミンチの奥義!!』
視界の悪い中をスピーディーに進み、ミンチは魔王と側近の体に這い上る。
『窒息しやがれ魔王ッ!!』
これは初めてミンチになったとき、シルヴィオが「これでどうやって敵を倒すんだ」と呻いたときにテキトーに言った「鼻と口を塞いで窒息させる」の実践である。
魔王は私のミンチを飲み込もうとしたり、掻き出そうとしたり、魔力の波動で吹き飛ばそうとしたりと、頑張っているが無駄無駄ァッ!!
「んぐっ、ぐぐ……!!」
『オラァッ◯ねぇ!!』
魔王がガクッと膝をつく。よし、もうすぐ私の勝ちだぞ!! 勇者とは思えない勝ち方だけどな!!
「んぐぐ、ぬぅぅっ……!!」
『むっ! まだやるか!!』
呻いた魔王が魔力を集めて、バキボキ音を立てながら変身し始めた。
角が伸びて、体が一回りほど大きくなる。全身を覆う鎧は肌にくっついてまとめて変身するようだ、ドラゴンの擬人化みたい。
とても硬そうだ。
ミンチを強風を纏う爪でかじって剥がし始めたので、私は更なる必殺技を繰り出すことに決めた。
『外がいくら頑丈でも、生物である以上内側は柔らかいもんだよなァッ!!』
鼻や口を通って、魔王の喉奥へ。暴れるのを無視して食道を滑り降りていく。ミンチが心臓の鼓動を一番大きく感じたところで動きを止めたら――――
『ミンチ・エクスプロージョンッ!!!!』
内側から爆ぜる魔王と側近。
こうして魔王は討伐されたのだ!!!!
――――――
ぶっ倒れて死にかけているシルヴィオに、こいつから習った治癒の魔法をかけていく。
「シルヴィオ、シルヴィオ、蘇れシルヴィオ」
でも、かけるだけだと心もとない気持ちになるから適当に名前を呼んで「蘇れ~」と繰り返してみた。
長いまつ毛が震えて、目蓋が持ち上がる。薄い青色の目がさ迷って、すぐに私を見つけた。
「っ、うる、せぇクソ勇者……!」
「おっ、起きた。元気そうだねクソ神官」
死にかけから回復して最初のやり取りがコレは、もうパーティー解散決定でしょ。
「魔王、倒したよ」
「一人で、か……?」
「当たり前でしょ。ふたりぼっちの勇者パーティーだぞ」
「……まさか、追いかけてくるとは思わなかった」
え、と口を噤むと、シルヴィオは気まずそうに目をそらす。
「確実に罠だった。実際お前は単身、魔王と戦うことになったわけだし……それに、お前、俺のこと嫌いだろう」
「うん」
「……即答するんじゃねぇ」
「だから見殺しにすると思った?」
そう言うと、シルヴィオは更に気まずそうな顔になって小さく頷いた。
「あのね、現代日本人の倫理観舐めるなよ」
「……まともな倫理観があるやつは、魔王を内側から爆殺したりしない」
「…………そ、そうかな」
「ミンチになって高笑いしたりもしない」
もしかして、瀕死でも私の戦い、聞いてた?
「………………なんか、ごめん」
ま、こうしてミンチになる系勇者の私の尽力によって世界は救われたってわけ。
「魔王討伐しても帰れねぇのかよぉぉぉ!!」
「帰還陣はねぇって最初に言っただろ」
「混乱してるときに結ばされた契約はクーリングオフできるでしょうがぁぁぁ!!」
「訳分からないこと言ってねぇで働け」
「人権がねぇァァァ来ないでぇぇぇっ!!」
そして私は相も変わらず今日もミンチになるわけだ。
最後まで読んでくださってありがとうございました!!
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