第五話 七人ミサキ
昔々。
高知県をはじめとする四国地方や中国地方に“七人ミサキ”と呼ばれる死霊の集団が現れた。
その名の通り常に7人組で現れ、出会った人間は高熱に見舞われ、死んでしまうとされた。
また、1人を取り殺すと“七人ミサキ”の内の霊の1人が成仏し、替わって取り殺された者が“七人ミサキ”の内の1人となるという。
そのために“七人ミサキ”の人数は常に7人組で、増減することはないといわれていた。
そんな恐怖の集団に運悪く出会ってしまった男がいた。
名前は十乃 巡。
善良な旅の若者である。
そんな彼は目下、絶体絶命のピンチに立っていた。
「「「「「「あーいこでしょ!!!!」」」」」」
バッと繰り出された六人の手は、いずれもグー。
これで339回目のあいこである。
「Was zur Hölle!またしても決着がつかないなんて…!」
銀髪ツーサイドのツンデレ少女…カサンドラが頭を抱える。
「ここまで心が一つとは…いや、これも司令官のシステム『Sieben geists』が成せる業なのか…」
短髪眼鏡のクールビューティ…アルベルタが顎に手を当てる。
「ハッハー!あたし達のチームワークもまだまだ捨てたもんじゃないねぇ!」
豪快に笑う赤髪のワイルド美女…バルバラ。
それに、困り顔で口を挟んだのは、ほんわか系美少女…フリーデリーケだ。
「笑いごとじゃないですよ、バルバラさん。このままじゃ永遠にじゃんけんする羽目に…そうしたら、十乃さんがおじいちゃんになっちゃいますよ?最悪、そのまま成仏しちゃうかも…」
「『天国の扉』…それはかの『永劫の彷徨人』が焦がれた安息の地…彼と違って楽になれるとは、幸運の女神に愛されしゆえか」
厨二病発言に酔う青髪の眼帯娘…ディートリント。
その横では、延々と続くじゃんけんに飽きたのかゴスロリ風軍服の幼女…ゲルトラウデがしゃがみこんで、地面のアリジゴクの巣を小枝でツンツンしている。
「じゃあ、どうするのよ?何か別の勝負方法で決着をつけるワケ?」
腕を組むカサンドラの言葉に、全員が黙り込む。
それを立ち尽くしたまま見守っていた巡が、おずおずと切り出す。
「あのぅ…こうなったらひとつ、ここは全て無かったことには…」
「却下だ」
その腕にすがりつき、まるで恋人のように寄り添っていた金髪美人の女性将校…エルフリーデがすかさず断じた。
「お前とこうして出会ったのは、もはや運命の決定事項。それを無かったことになどできん」
「いや、運命じゃなくて偶然ですよね!?」
「偶然を必然に変える精神と気迫は、我々ドイツ軍人に備わっているのだ。そうして戦局を覆すのも軍人に必要な素養である」
滅茶苦茶な理論を真顔で展開するエルフリーデ。
「とにかく、こうして出会い、私はお前のことが気に入った。是非とも我が隊に入隊させる」
ダメだ、通じない。
思わず天を煽ぐ巡。
実は全てはコレが原因だった。
山道で偶然“七人ミサキ”に遭遇してしまった巡は、その首領であるエルフリーデに見初められてしまったのだ。
加えて“七人ミサキ”の伝承にあるように、取り憑かれた彼は“七人ミサキ”に加わることになった。
それは同時に、彼女たちの誰か一人が成仏することを意味する。
しかし、ここで問題が発生した。
呪法“七人ミサキ”の基軸となるエルフリーデは別格として、他の六人のうち、誰が成仏するかで意見が割れたのだ。
「副官である私が、司令官を残して除隊するなど有り得ない」とアルベルタ。
「まだまだ現世で戦争し足りない」とバルバラ。
「お姉さまに十乃を接近させるなんてもってのか!あと、十乃ムカつく!」とカサンドラ
「我は冥界の魔王の血を引き、呪われた運命に囚われた暗黒の魔法戦士(意味不明)」とディートリント。
「天国に行ってはみたいけど、晩ご飯の準備がまだだし、洗濯物も片付けなきゃ。あと、ちょっと十乃さんが気になるかも♡」とフリーデリーケ。
「やだ」とゲルトラウデ。
六人それぞれが成仏を拒否したが“七人ミサキ”としての呪法とエルフリーデが下した指令には逆らえない。
そこで「平和的で」「簡易であり」「公平性のある」じゃんけんでの人選が始まった。
が、ここに大きな落とし穴があった。
生前から抜群のチームワークを誇り、死後も長く行動を共にしていた彼女たちのじゃんけんは、逆にそれが仇となり、一切決着がつかなかったのである。
「やっぱ、ここは手っ取り早く実力勝負で…」
「それだと私は絶対に不利ですよう!」
バルバラの提案に、隊の衛生兵であるフリーデリーケが異論を述べる。
「では、くじ引きはどうだ?これなら個々の戦闘能力は関係がないし、公平だろう?」
「パス!悪いけどあたし、簡単に運を天に委ねるのは趣味じゃないのよ」
アルベルタにそう言ったのはカサンドラだ。
わいわいと騒ぐ六人を、遠巻きに見守っていた巡とエルフリーデが溜息を吐く。
「行き詰ったか」
「行き詰りましたね」
「ふむ…部下達の個々の希望は尊重したいが、お前は手放せん…どうしたものか」
「でも、こうなったら僕のことは…」
「Abgelehnt くどいぞ」
絶望的な表情になる巡。
その時だった。
騒いでいた六人が、不意に静かになる。
そうして頷きあうと、二人の前にやって来て整列した。
「司令官、我々6名から意見を具申したいのですがよろしいでしょうか?」
「よかろう。許可する」
「ありがとうございます」
ビシッと敬礼するアルベルタ。
「度重なる協議の結果、我々6名の意見の統一は図れませんでした。故に誰が除隊になるかを決定する方法もまとまりませんでした」
「…そうか。残念だ」
「はい。我々の未熟で、司令官の指令を果たすことが出来なかったことは大変申し訳なく思っております」
それをエルフリーデが手で制した。
「いや、いい。お前達に無茶を課したのはこの私自身だ。皆、済まなかったな」
「いいえ。その代わりにこうして代案をまとめて参りました…ゲル、発案者のお前から報告せよ」
アルベルタに促されると、ゲルトラウデはコクンと頷き、トコトコと前に出た。
「司令官」
「うむ、何だ?」
「みんなで一緒に逝こ?」
…
……
………
しばしの沈黙の後。
エルフリーデは、むんず、と巡の腕を掴んだ。
「…え」
「十乃よ」
エルフリーデは女神のごとき「いい笑顔」を浮かべた。
「新婚旅行は天国に決定だな♡」
「どえええええええええっ!?」
その後。
恐怖の死霊集団“七人ミサキ”は姿を消した。
人々は安全な外出が出来るようになり、ホッとしたという。
…が、その結末の影に1つの尊い犠牲があったことは、誰も知らない。
あなおそろしきことなり。
あーめん。