第二話 牛鬼
昔々。
西日本を中心に“牛鬼”と呼ばれる妖怪が悪さを働き、人々に害を成していた。
“牛鬼”は大層凶暴で、毒の息を吐いたり、人を食い殺すことを好んだという。
そんな人々の力になるため、凶獣をなんとかしてやろうと立ち上がった男がいた。
名は十乃 巡。
何の力も持たない純朴な人間だったが、妖怪に詳しく、多少は機転も働いた。
巡は船に乗ると“牛鬼”が現れるという海辺にやって来た。
「ここに“牛鬼”が出るのか…」
そこは波の荒い荒磯だった。
ゴツゴツとした岩場が広がり、波しぶきが吹き荒れる。
人っ子ひとりいないその荒磯では“牛鬼”が現れるため、地元の人間も寄り付かないという。
「さて…勇んでやって来たはいいけど、どうしたものかなぁ」
またしても行き当たりばったりな巡だった。
「おい」
そうこうしていると、不意に女の声がした。
(“牛鬼”か!?)
振り向く巡の目に、一人の女の姿が映る。
そこに居たのは、褐色の肌に黄金の髪をした娘だった。
野性的な美しさを持ち、勝気そうな瞳で巡を見下ろしている。
というのも、娘の身長は巡より頭一つ分は大きく、体つきも女性にしてはガッシリとしていた。
そして、何よりも体の「ある部分」がひたすら大きかった。
「おい?おい!?」
瞬時に鼻血を吹き出し、卒倒しかける巡に、娘が慌てて声を掛ける。
かろうじて持ちこたえた巡は、鼻元を押さえながら尋ねた。
「か、篝…その恰好は何!?」
篝と呼ばれた娘が、自分の格好を見下ろす。
「え?何か変か?」
「いやあの…変というか、その、だ、大胆過ぎない…!?」
篝は、牛柄のビキニ姿だった。
それもボリュームのある体形が際立つ、かなりエグイやつである。
特に豊満なその胸部は「牛」というキーワードをこれでもかと連想させるぐらいにダイナミックだった。
巡の指摘に、やや不満気に篝は腕を組んだ。
「でもよ、これの格好って、アンタの仲間にアドバイスを受けたんだけど…?」
「僕の…仲間?」
巡がピクリと反応する。
頷いてから、篝が口に指を当てて言った。
「ああ。あ…」
「いや、みなまで言わなくても分かったよ」
篝の言葉を手で制止しながら、懐からスマホを取り出し、どこかに電話し始める巡。
「…あ、余さんですか?『何でござるか?』じゃないですよ、もう!貴方でしょ、篝に変なことを吹き込んだのは!」
篝に聞こえないように、小声で電話口に噛みつく巡。
「まったく、何て格好を勧めるんですか!?え?『普段の格好だと“牛鬼”として牛成分が足りない』?なに訳の分かんないことをいってるんですか!篝は純真なんだから、妙なことは吹き込まないでくださいよ!いいですね!?次に同じことをしたら、黒塚主任に言いつけますからね!?」
そこまで叩きつけると、巡はスマホを切った。
ぜーはーと荒い息を吐きながら、巡は篝に向き直った。
…と、真っ赤になって顔を背けた。
「か、篝?とにかくその恰好は色々と問題があるから、着替えた方がいいと思うな」
「何でだよ?それに問題って何だ?」
キョトンとする篝。
巡は真っ赤になりながら、言いにくそうに、
「その、何だ…そういう衣装は、教育上良くないというか、君自身のためにも止した方がいいと思うんだな!」
「キョーイクジョー?それにあたいのためにならないってのはどういうことだよ?」
ハッキリとしない巡の物言いに業を煮やしたのか、篝はズカズカと巡に近付いた。
「それに何であたいの方を見て話さないんだよ?さっきから感じ悪いよ、あんた!」
(向きたくても向けないんだよ!)
胸中でそう叫びつつ、巡は後退った。
「ストップ!篝、少し落ち着こう!?僕は別に悪気があって君を見ないのではなくて…」
「あーもう!ごちゃごちゃと男らしくないね!」
巡の前に仁王立ちになって、見下ろしてくる篝。
その拍子に彼女の「とっても♡ミルキー」な部分が「ぶるるるん×2」と凶暴に弾む。
しかも大きさが大きさだけに、巡からはほぼゼロ距離。
まさに迫力の3D、いや4Dクラスだった。
「…あれ?おい?どうした、巡!?…うわっ、何で血まみれになってるんだよ!?」
篝の叫びが響く。
鼻血による貧血で遠のく意識の中、巡は呟いた。
「“牛鬼”…噂に違わぬその凶暴さ、恐るべし」と。
大きいことはいいことだが、あなおそろしきことなり。