2 ボーイミーツガール
健はどうなったのか。
ーーー
ーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?
深い深い水の底にいたかのような、重苦しい感覚がした。
ようやく浮上できて水面に顔を出して息ができたような。
でも呼吸に失敗したのか。
息苦しい、そしてちょっと寒い。
「はぁ…はぁ…っ …」
のどが張り付く。
喉が渇いてる。水が欲しい。
いつも枕元に置いてるスマホを探す。
腕が重い。
? ない?
ベッドから落としたかとさらに周りを左手で探ればコツンと壁らしきものに当たる。
うちはベッドの横に壁はない。
どこだここは?
寝起きの霞む目を開ければ薄暗い。
うっすら見えるのはガラス張りの様な天井。
…俺の寝てる周りを囲っている?
億劫だが腕を伸ばしてペタペタ触ったらタッチ画面が出た。
霞む目を擦り見れば、手のひらを画面内に押し付けろと表示されたのでその通りにしてみる。
『本人確認完了。おはようございます。
天野健 様』
俺の名前が出て驚いた。なんだこの状況。
画面の表示が切り替わる。
『低酸素モードから通常モードに以降します』
プシュッというエアーの音がして少し息苦しさが減った。それに少し暖かくなってきた。
温風が全方向から出て、ヒーターで背中側が暖められている。
10分だか、20分、そのまま過ごした。
だんだんおかしさに気づいてきた。
寝ぼけてたようだ。
何があったか思い出してきた。
俺は、事故に遭った。
腕や足はひしゃげたドアに隠れてたから目で見て確認できてないけれど、あんな衝撃があればなにかしら怪我はしたはず。
骨折くらいは十分ありえる。
けれど俺の腕も足もなんともない。
身体全体は怠さはあるが怪我はないようだ。
今の俺は裸の状態。掛け布団はない。
なんで服を着ていないんだ。
不安がふつふつと湧いてくる。
何がどうなってる。
なんともないなんてことはなかったはずだ。
俺は大怪我をした。
まず間違いない。
そして治った。
怪我のレベルはわからないけど何週間か下手すると何ヶ月かたってるのか?
だいたい、俺が寝かされているこの装置は何だ?
こんなベッド、テレビでもネットでも見たことない。
早くこの変な装置から出て人を呼ぼう。
タッチ画面に触ってこの蓋を開けようとしたら
下から突き上げる大きな振動が襲った。
「うわっ くそっ早く開け!」
タッチパネルを操作し、急いで蓋のガラスケースを開ける。
蹴破りたいところだが3センチくらい厚みがあったようで、開いてからその厚みを見て足を大事にして良かったと思った。
完全に開き切るのが待てず、隙間から急いで出ようと身体を滑り込ませた。
もう一度、振動が襲った。さっきより大きい。
俺はベッドから転がり落ちた。
「痛ってぇ」
結構な高さから転がり落ちてあちこち痛いが気にしていられない。
薄暗いがあたりを見回せば非常灯がついている。
部屋の中は殺風景だ。
ドアの横はガラス張り。
壁際に大きなモニターと何か操作パネルがあり、椅子がある。それだけだ。
イメージとしては病院の無菌室。
まずは何か着なければ。
ベッドを探ると引き出しがあり、服があった。
この手触り、俺の服、制服だ。
鞄もある。
ジッパーを開けて中を確認すると俺の私物も入ってる。
あいかわらずここがどこで、俺はどういう状態で、おまけにさっきの振動はなんなんだかさっぱりわからない。
けどまずは安全を確保するためにここから逃げないと!
ドアの電子ロックは解除されているようで、ドア横の壁にあるタッチパネルに『OPEN』と表示されている。近づくとドアが自動で開き俺は足を踏み出した。
*
壁に手をつきながら廊下を進んだ。防火シャッターが降りている箇所がいくつもあった。
部屋から出たら避難誘導の矢印に向かって最初は進んだ。
階段に出くわしてB4とあった。え、地下?
俺はどこに…と思ったが、そういえば父さんが勤務しているところにいくと言っていた。
もしかしてそこだろうか。
考えていても仕方がないから地上を目指し階段を登った。
「寒い…」
父さんに会ったとき、30度超えの暑い日だった。
この夏服でも暑いくらい。
それが肌寒いって、まさかもう夏じゃない?
いや、たまたま気温の低い日かもしれない。
俺のカバンに入っていたスマホの電源は入らなかった。
今日が何月何日なのかわからない。
ほかにも気になることがある。
「だれもいないのか…?」
人に全然行きあわない。
ざっと歩いてもかなり広いフロアだ。
それをもう2階分上がってるが人の気配がまるでない。
そしてB2にきてより不安が増した。
一部の壁や柱がひび割れや倒壊している。
まるで廃墟。
「パニック映画?ゾンビゲーム?終末世界? ははっ やめてくれよ」
自分の激しい鼓動が耳に響く。
呼吸も荒くなってきた。
わかってる、落ち着け、こんな時だからこそ冷静に、だ。
いよいよ、地上に出られる階段を上がる。
まぶしさに目が眩み、目をつぶった。
目の奥がぎゅっと締め付けられるように傷んだ。
再び目を開け、ようやくたどり着いた地上は、
灰色だった。
アスファルトの路面にはヒビが入っている。
崩れたビルの残骸に、割れた窓ガラス。
色褪せた看板。
スカイツリーも遠くに見えた。東京の街だ。
空は一面雲が覆っている。昼間のようだ。
でも、静かすぎた。
車の走る音も、人の話し声も、雑踏のざわざわした感じも全くしない。
無音の世界。
なんだ、これ。
なにがあったらこんなになるんだ?ここは本当に、東京なのか?
目眩がした。
これは現実か?俺は夢を見てるのか?
よくいう痛みを与えて現実か判断するってやつをやってみる。頬をつねった。痛い。
ふくらはぎにナイフ刺すーーーは幻覚魔法だかなんだか見せられたときの対処法だったか?
流石にナイフは刺さずに拳で殴った。これも痛い。ーーー現実なのか。
「父さん?」
どこにいるんだ。もしかしたらこのビルにいるだろうか。
「っ父さーん!!!」
あたりに響いた。でもなんの反応もない。
静まりかえっている。
「誰かいませんかー!!!」
大声を出して咳き込んだ。
のどがカラカラだが水分はとれてないからこれは仕方がない。
冷静になれ、考えろ。
息をゆっくりすって落ち着け。
どこか避難シェルターにいるんだろうか。
ほかの人たちもだろうか。
スマホは使えない。
この様子だと公衆電話もダメかもしれない。
シェルターに直接向かった方が会えるかもしれない。この辺りのシェルターを探さないと…
視界に影が差し、そして
重い衝撃が足に伝わりビリビリと痺れた。
顔を上げると、真っ白な人型ロボットがいた。
ロボットだと? 嘘だろ。
こんな大きな二足歩行のロボットが開発されてたのか?
4階建ての隣りの建物と同じくらいの高さがある。
胸のあたりが動いて、中から、人が出てきた。
パイロットスーツ、だろうか。
ロボットアニメでみるようなスーツを着て、ヘルメットを被っている。
そして、その場でヘルメットを取った。
その人は小柄で、華奢で、長くて輝く銀髪をした、
綺麗な女の子だった。
これが、彼女と俺の出会いだった。
お読みいただきありがとうございます!