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駛走のシャングリラ  作者: 著者のビスマス
2/2

真夜中の応酬


 「時間ないので,これで失礼します」


 そうして走り去ろうしたが,現実は違った。


 まず,走ることすらできなかった。次の瞬間には彼女が目の前に立っていた。


 そしてどのような持ち方をしたのか,自分の喉元に定規,ナイフ,鋏を突き付けられていた。まるで時間が止まったような感覚だ。ここで俺はやっと諦めざるを得ないことを察した。


 「お前がそこまでして俺を引き留めたい理由はなんだ,門限があるんだ」


 俺は呆れていた,今日はなんて日だ!

正直,碌なことがない,自分の人生に関わる事柄が二つも。

IDカードの窃盗,

そして謎の少女の脅迫,

とっとと早く帰って,休みたい。


「せっかちな貴方,やっと聴く気になったのね」


彼女は俺に向けていた凶器三種を降ろした。

容姿はさっきの脅しがなければ美少女と断言していい。

白いワンピースが彼女の黒髪をより清楚に引き立てていた。

「要件を言え,お前も色々疑われたら困るだろ」

 

 この国では十年前の法律の改定により,結婚することはおろか,恋愛感情を抱くことすら禁止されている。

それによって行われるはずの出産は国が管理している。人工授精を行っているとのことだ。

 男女二人が夜,密会している構図。誰かに誤解されたらマズい(無論,鉢合わせになっただけだが)。もし通報されでもしたら,即マネージと呼ばれる収容所に放り投げられるだろう。。

 俺はこの制度に関して特に違和感を抱いていないと断言してもいい。

 かつてこの制度を破ったやつによって痛い目を見たことがあるからだ。


 「名前をまだ言ってなかったわね,私の名前は山桜桃(ゆすらぎ)せらら。

私,二人称で呼ばれるの嫌いだから」


「俺は青井蒼汰,生憎こっちも二人称で呼ばれるのが嫌いでな。

自分の要求だけ通そうなんでフェアじゃないだろ」

チッ,せららの無駄な掛け合いを行ってしまった,門限が時々刻々と迫っているのにも関わらず。


別に彼女に好感を抱いているわけでもない。

特にせららに嫌悪感を抱いているわけでもない。

これは機械的な判断ではなく人間的な判断と呼ぶものだろう。


「ソウタは,今の現状についてどう思っている?」


飽きれた,そこまでやっての望みがこれか。今すぐ膨らんでいるポリ袋を真空状態にするかのように溜息したくなった。もっと,お金をよこせだの,人質にするだの行動のリターンに見合ったことを押し付けてくると予想していた。


だが,要求は要求,返さなければならない。最も直前のように自身の生命を危機にさらすのは御免蒙こうむる。返答に乗り気でない,昼頃と同じものを聞かれたためであろう。感覚としては面倒な同一の計算問題をわざわざ連続で解くようなものだろう。あの返せばいい。


「間違っていない,正しい」


口を開いたのは俺ではなく彼女の方だった。余りの精密射撃に呆然としてしまった。俺の状態を窺ったのか


「ドンピシャ?まさか直球ストレートだなんて思わなかった」


「わざわざからかいに来たのか?」


「違うわ,私ならこう答えるわ。間違ってるって」


「私はリベルの勧誘に来たの,スカウトしにね」


「何を言ってるか分かってるのか?報告せざるを得ない」


「勘違いしないで,あくまで私は非戦闘員,襲おうものなら団員が黙ってないわ。」

せららは何気なく腕時計を見たが,見た途端顔色を急変させてしまった。


「おい,どうした?」


「実は私の方も門限があるのよね…」

どうやら彼女もテロ組織ではなく,施設に正体を隠して暮らしているらしい。


「今日はお開きにしないか?」




 自分が感じていた虚無感は現実にはほんの一瞬だったのかもしれない。真っ当に話を聞く気ではなかったが結局,内容を最後まで漏らさず掬い取ることになった。アイツには人を磁石のように引き付ける魅力があるのかもしれない。


 「一週間後にまた会いたい」


勝手に口走ってしまった,わざわざリスクを犯す真似を二度も繰り返そうとするのだろうか。俺でも具体的な根拠は今すぐ出せない。

ただ理解できない本能的な部分,『こうしなきゃ』と思ったことは確かかもしれない。


 「そうね,その時まで忘れてなかったら考えておくわ」


いや,そもそもこの珍妙な出来事のきっかけはお前だろ…

その張本人様がのうのうと忘れそうになってんだよ。

と言いたくなったが衣類が詰まった棚を押し込むように抑え込んだ。

 

はてルール破りの事後処理はどうするか,だが俺には

知恵を絞る集中力も,

行動を起こす体力も

少しばかりも残されてはいなかった。


俺はフラフラしつつも自分の部屋のベッドにたどり着いた。

その瞬間,身体はコンセントを抜き取るように意識をシャットダウンし,回り終わった駒が重心を失うようにうつぶせになった。


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