18.思い出の場所
「だが心配はいらない。翌日行の駅は至るところにある。乗り遅れたらお終い。それだけだ」
この世界では時間でさえも、物理的な行動に一部依存しているということだ。そして乗り遅れれば、あの巨大な影が今日という日を壊しにくる。そして僕らは死ぬ。
エレボスは続けて言う。
「そしてその崩壊は、日没と同時に始まる。つまりここでは日没後に徘徊者と遭遇しない代わりに、日没後に今日の崩壊が始まる」
徘徊者はここには居ない。つまり、徘徊者を警戒する必要はなくなるが、代わりに今日の崩壊を気に掛ける必要があるということだ。どちらにせよ夜に出歩くことは、上と下で形は異なるが、一切不可能だということだ。
「ここに徘徊者は居ないのか?」
「恐らく。確認をしたことはない。日没には翌日行きに乗らなければ、崩壊に巻き込まれるからね」
なるほど、と三島は肯く。
「徘徊者以外のことで、まだ質問してもいいか?」
三島がそう言うと、エレボスはお好きなだけどうぞ、と肯く。
「私たち以外に、この下層に降りてきている人間はいるのか?」
「いる。レームリチウムの奴らだ」
レームリチウム。つまりレ教の人間たちのことだ。徘徊者を神と崇める新興宗教だ。
「かなり前から、AGMTと同等のものを彼らは独自に作り上げた。ずっと昔から、彼らはここで徘徊者の故郷を探している。徘徊者の故郷こそが楽園であると彼らは信じている」
「異常な信仰だな。ここで奴らに遭遇するのは危険だろうな」
「ここで人間の姿をしている者がいたら、それはほぼレ教の人間だ。彼らは楽園に一番近い人間であろうヒロくんを探している。」
田宮リサイクルの店主が言っていたように、レ教の人間もヒロを探しているのは間違いないようだ。
「そしてヒロくんに繋がる君たちのこともそのうち探し始めるだろう。重要な参考人だからね」
「見つからなければいいのだろう?」
三島が言う。しかしエレボスは首を横に振る。
「まず無理だろうな。必ず彼らは君たちを見つける」
「必ず?隠れるのは得意なほうだが」
三島の言葉にエレボスは鼻で笑う。
「さっきも言ったが、この世界は個と個の境界も少し曖昧になる部分がある。物理的に隠れる行動が通用しないことも少々あるということだ」
必ず僕らは見つかる。根拠なく言っているわけではなさそうだ。レ教の連中から見れば僕らは異物であり、ヒロをおびき出す餌でもある。まず見つかれば僕らは自由には動けなくなるだろう。とにかくレ教の奴らには気を付けなければならない。
その後もエレボスとの会話で、ここでの歩き方は大方知ることができた。エレボスは意外にも、僕らの質問全てに丁寧に答えた。恐らく手駒である僕らに、効率よく動いてもらうためなのだろう。
「では、最後に。キョウくん。ヒロくんからのメッセージ、再生してみるといい」
僕はエレボスの言葉通りに、携帯を取り出す。あの事件の朝、録音したヒロからの電話を再生した。
音声はノイズがしばらく続く。しばらくしてようやく聞き取れる声が聞こえた。
『・・・キョウ。聞こえるか?』
僕はその懐かしい声に、携帯を持つ手が少し震える。間違いない。これはヒロの声だ。上層ではノイズのような音声だったが、この下層ではとてもクリアに聞こえる。
『キョウ。俺らの思い出の場所に来てくれ』
その言葉のあとノイズが走り、メッセージはそこで切れてしまう。音声が終わると同時にエレボスはニヤリと笑い、口を開く。
「ヒロくんを見つける鍵は、キョウくん。君ということだ」
そして続ける。
「つまりキョウくん自身が、その思い出の場所とやらに行かなければ扉は開かない」
僕にしか読み取れないメッセージ。エレボスが言ってることは確かに正しかった。
ヒロが言う思い出の場所。僕は記憶をたどってみる。昔ヒロと二人で遊んだ場所?二人で喧嘩をした場所?
いや違う。
僕は目を閉じて、あらゆる記憶をたどってみる。
しばらくして、奥深くからある記憶が蘇る。
――あそこだ
僕はその場所を思い出す。間違いない。ヒロはあそこのことを言っている。
「思い出せたかな?」
エレボスが僕に問う。しかし僕はそれを彼に伝えるべきではないと思った。この男がそこに行って何をするかわからないからだ。決して信用はできない。
「いえ。まだ見当がつきません」
僕は答える。するとエレボスは鼻で笑い肯く。
「…まあいいだろう。では、私は次の仕事がある。そろそろお引き取りを願いたい」
「まて。ヒロくんを見つけたら俺らは上に戻れるんだよな?」
三島が言う。エレボスはまた鼻で笑って肯く。
「もちろん。逆にヒロくんを見つけない限り、君たちはここに一生留まることになる」
「そうだと思ったよ」
三島が言う。
エレボスはこのフロアのドアのほうへ歩いていく。そしてそのドアを開け、暗がりの向こうへ手を差し向けた。そして僕ら二人と、ヨシとシュウと甲斐であろう者たちに向けて言った。
「では良い旅を」