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17.違う世界


「起き上がれるか?」

 僕はその声で目を覚ます。目を開けようとするが、瞼がとても重たい。なんとか目を開けると、ぼやけてはいたが、その声の正体は三島であることがわかった。

 頭が割れるように痛い。僕は重い身体を起こし、ぼやけを拭うように目をこすった。


「思っていたより酷い場所だよ」


 三島の言葉に、僕はようやく下層現実に来たことを思い出した。麻酔のせいか、それともAGMTという薬のせいか、考えがまとまりにくい。


 しばらくして目のぼやけが取れ、頭がはっきりとしてくる。僕は辺りを見渡す。暗い。すっかり夜になってしまったのだろうか。眠りについたのは午前10時ごろ。3時間以上も眠ってしまったのだろうか。僕は腕にはめたデジタル時計を見た。しかし時計にはこう表示されている。


『 5月32日 27時 75分 』


 これが果たして狂っている時間なのか、下層現実での正しい時間なのかは判断がつかない。こんな時計一つで、ここが今までいた場所ではないことがわかる。


「時間だけじゃない。外を見てみろ」


 暗がりの中、僕は立ち上がり窓の外を見てみた。その景色に僕は驚愕する。言葉では形容し難い、狂い果てた世界がそこにはあった。

 

「なんだよこれ…」

 僕は思わず声を漏らした。


 まず見えたのは空の色だった。それはとても不気味な色をしていた。まるで水たまりに垂らしたオイルのような不気味な色の空がそこにはある。


 空の色は崩れすぎていて、昼なのか夜なのか判別がつかないほどだった。そしてその色は、空の表面を流れるように、気味悪く絶えず動いている。


 また街に建つビルも明らかに様子がおかしい。全てのビルが黒みがかった色をしている。どのビルもただのコンクリートの黒い塊にしか見えない。その表面は不気味に鈍く光っている。明らかに先程見ていた現実とは違う様相だった。


「問題はあれだ」


 三島が空の向こうを指さした。その先を見ると、空の半分以上を占める黒い雲のようなものが見えた。そしてよく見るとそれは雲ではないことがわかる。なにかの影だ。とても巨大な影が現れたのだ。何かの生物だろうか。四足歩行で歩き、キリンのように首と足が長い。


 それはまるで空に張り付いたような平面の影で、立体感がない。地平線の上を歩き、右から左へゆっくりと動く。空と地平線を支配し、まるでこの世界を囲むようにそれは居た。ここから見るだけでもそれは数体確認できる。


 街に建つビルの何十倍も大きな影だ。まるでこの街を飲み込んでしまうかと思うくらい、それは大きな影だった。


 「ここが、下層現実」


 僕はそうつぶやき、息を呑んだ。だんだんと心拍数が上がるのがわかる。僕らの五感は薬物で拡張され、この景色を見せられている。僕らの世界の次元の下に、この世界があったことに単純に驚きが隠せなかった。

僕はふとエレボスの例え話を思い出す。これが黄色いサングラスで見る世界というわけだ。

 

 すると突然、後ろのほうでバタンとドアが開く音がした。僕と三島はそのドアのほうを注視し、身構える。何かがこのフロアに入ってきたのだ。


 そのドアの暗がりの向こうを見ると、得体の知れない人のようなものが3体立っているのが見えた。人間?いや、違う。


「誰だ?」


 三島は問いかけるが、人らしき者は意味不明な言葉を発する。それはまるで言語として成していない。そんな言葉を発しながら、その3体の得体の知れない何かは、お構いなしにこちらへ近づいてくる。そして暗がりからこちらに来るにつれ、その姿がだんだんと明るみになっていく。


 それはやはり人ではなかった。まるで裸のマネキンに、ノイズにまみれた映像のような色を塗ったような姿をしていた。そしてその色相は皮膚の表面を液体のように流れながら、うごめいている。目鼻や口らしきものはない。

 

 動きはまるでカメラのコマ送りのようにぎこちない。動くたび彼らの後ろに残像がしばらく残り、まるで質の悪い映像を見ているような感覚だった。


 僕ら2人は、そのあまりにも不気味な姿に後ずさりした。しかしその得体の知れない何かは、こちらへ否応なしに近づいてくる。3体の不気味な者たちはじりじりと近寄り、僕らは囲まれてしまった。


「目が覚めたようだな」

 突然またドアの向こうの暗がりから声がした。その言葉に、その得体の知れない何か達もそちらを振り向いた。ドアの向こうから現れたのは、先ほどまで姿を見せなかったエレボスだった。


「エレボスか?こいつらは?」

 三島が問う。しかしエレボスはニヤリと笑う。


「君たちの仲間だよ。甲斐くん、ヨシくん、シュウくんの3人。見た目がちょっと悪いが」


「こいつらが?」


 その3体はまた僕らのほうを振り向く。改めて見てもそれは不気味な姿だ。その姿はどう好意的に見てもヨシやシュウではなかった。


「下層からみた上層の人間だ。渡した携帯を使え。話ができる」


 僕は携帯を手に取り、電話帳に唯一入っていた電話番号にかけてみる。すると、一番右端にいた者の携帯が鳴る。それは不協和音の歪んだ着信音だった。確か先ほど携帯を受け取っていたのは甲斐だ。すると彼が甲斐ということだろうか。


 その不気味な者は、またオイルアート色の携帯のようなものを身体から取り出して、自分の耳らしきとこにそれを当てた。するとその不協和音の呼び出し音が止み、携帯はつながった。


「もしもし、キョウくん?」


 甲斐の声だ。電波はかなり悪い。そして少し音声はスローだ。しかしちゃんと声は聞こえる。それと同時に、甲斐であろう不気味な者はやはり意味不明な言葉を発していた。


「甲斐さん。僕です。キョウです」


「ああ。良かった。2人とも僕らを怖がるんで。僕らのこと、どう見えてるんです?」


「あまり見た目がいいとは言えないというか…」


 僕は改めて目の前の3体を見る。その姿はやはり不気味そのものだった。甲斐の口ぶりからすると、上層の僕らは言動がおかしいだけで、姿自体は変わってないのだろう。


「ヨシくんにかわりますね」

 甲斐がそういうと、その甲斐であろう不気味な者は、シュウであろう不気味な者に、携帯らしきものを渡す。電話はヨシにかわる。


「無事そっち行けたみたいだな。2人とも何言ってんのか全然わかんねぇよ」

 ヨシが笑いながら言う。それはこちらも同じだと僕は返すと彼はさらに笑った。その後、電話はシュウにかわる。


「無事みたいだな。そっちはどんなとこだ?」

 シュウが言う。僕はさっきの景色のことを話す。しかし理解に苦しんでいるようだった。


「とにかくやべーとこなんだな。まあいいや。こっちのお前は俺らに任せとけよ」

 シュウは笑って言った。


 甲斐にまた電話は変わり、僕は三島に電話を渡した。僕らが無事であることを伝えることができたことは幸いだった。この電話さえあれば会話には困らなさそうだ。どういう仕組みかはわからないが。


「では、電話はそのへんで。下層現実の歩き方を簡単に説明する」

エレボスがそういうと、三島は電話を切った。


「これは君たちだけに説明をする。上層の彼らに説明しても理解はできない」


 僕らは肯いた。


「まず、この不気味な連中が下層から見た上層の人間たちだ。君たちは、彼ら3人以外には気軽に話しかけないほうがいい。上では狂った精神異常者が話しかけてきたように見えてる」


 僕らはまた肯く。エレボスは続ける。


「ここは多少ズレはあるが、だいたい上層と同じように時間が進む。だが、毎日ある点で時間が止まる」


「ある点で止まる?」

 三島が問う。


「上層のように翌日が自動的にやってこない。翌日へ行くにはある行動が必要となる」


 三島と僕は顔を見合わせる。エレボスの言っていることがまるでわからない。


()()()()()()()に乗らなければ、次の日には行けない」


「なんだそれは?乗らないとどうなる?」

三島が問う。しかしエレボスは鼻で笑い答える。


「あの地平線を歩く巨大な影を見ただろう?あれが『今日』を壊す。今日という街が崩壊する前に、翌日の街へ行く必要がある」

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