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16.上層から下層

 明くる日、僕らはまたエレボスのビルに来ていた。昨日とは違うフロアに通されたが、ここも同じように廃墟のような場所だ。このビルはどのフロアもこんな感じなのだろう。一等地にありながら、ビルの役割として一切機能はしていないようだ。だだっ広いフロアの真ん中にテーブル一つと、リクライニングチェアが置かれているだけだった。


 そして、どうやら今日はエレボスは居ないようだった。その代わりに、昨日受付にいた赤いスーツの女性が僕らを応対した。


 昨日エレボスが持っていたAGMTという薬は、テーブルの上に置かれている。薬は透き通っている。まるでガラス細工だ。何も刻印は打たれていない。


 あれから僕らは決断を下した。下層現実へ行くのは、僕と三島の2人で行くことになった。僕が行くのはほとんど最初から決まっていたようなものだった。エレボス曰く、ヒロのメッセージを読み取れるのは僕だけだからだ。


 そして三島は危険な下層現実で僕をサポートする役割を志願してくれた。過去に軍隊経験があるとのことだった。屈強な身体はそれが理由のようだ。


 一方で、ヨシとシュウ、そして甲斐は、この上層現実から僕らをサポートしてもらうことになる。これから僕らは下層現実を見る。そうすると上層現実での僕らの行動におかしい部分が必ず出てくるという。彼らには僕ら2人のおかしな挙動を上層から管理してもらうことになる。


 シュウとヨシも下層現実へ行くことを望んでいたが、僕は2人にここに残ってもらうよう説得した。ここから先は、僕の役目だと強く感じたからだ。それに2人をこれ以上危険な目にも合わせたくなかった。彼らは納得はしなかったが、渋々了承してくれた。


「この携帯はエレボスからの贈り物です」

 女性は下層に向かう僕らと、上層に残る人間に携帯を一つずつ手渡す。携帯はアンテナがついた一昔前の折りたたみのモデルだ。


「何に使うんです?」

 甲斐が言う。しかし女性は微笑むが答えることはない。恐らく連絡手段なのだろう。とにかくわけもわからずその携帯を受け取る。


「薬の効果はどれぐらいで切れる?」

三島が薬を見ながら問う。彼女は微笑んだまま答えた。


「効果が切れることはありません」


「切れない?戻る方法はあるのか?」


「それはエレボスのみが知っています」


 エレボスのみが知っている。つまりエレボスが望むものを僕らが手に入らない限り、上層には戻っては来られないのだろう。それは結構、と三島は言いながら鼻で笑った。


「副作用はないんですか?」

甲斐が尋ねる。


「0.1%の確率で心不全、アレルギー反応を起こすと言われています。しかし治験をやるような代物ではないのでそれも確証はありません」

女性は言う。三島は両眉を上げて口をつぐむ。


「では準備ができましたら、そちらのリクライニングチェアにおかけ下さい。AGMTを飲んだら、麻酔をかけます。そして3時間ほど眠って頂き、起きたらそこは下層現実です」


「麻酔が必要なんですか?」

 甲斐が尋ねる。彼女は肯く。


「薬は急激に五感を拡張させていきます。覚醒時に拡張すると、変化の過程に耐えられず精神に不調をきたします。何事も旅の道中は必ず人を惑わせ、人を壊します」


「熱さがのど元を過ぎるまで、気絶しておけということか」

三島が言う。


「おっしゃる通りです」

 彼女はまた微笑んで返す。


 僕と三島は薬を手に、そのリクライニングチェアに座った。すると心配そうな顔でヨシはこちらへ来る。


「キョウ、もし戻って来れなかったら…」

 ヨシが不安げに言う。しかしシュウはそれを遮るように答える。


「大丈夫だよ。戻ってこれなきゃ俺らがそっち行くからよ」


「それじゃ何の解決にもなんねーだろ」

 ヨシが言う。しかしシュウは首を振る。


「その下層なんちゃらで、また4人で遊べばいいだろ?ヒロもそっちにいるんだし」


 シュウは自信満々に答えた。どうやら冗談じゃなく本気で言っているらしい。僕はその言葉に少し笑ってしまった。


「なんだよ。俺はマジで言ってんだぜ?」

 シュウが不思議そうな顔で言う。


「わかってるよ。ありがとう。おかげで少し不安が和らいだよ」


「ならいいんだけどよ」


「キョウ。ヒロを頼む。俺らもできる限りこっちで協力する」

 ヨシが僕に言う。


「うん。必ず見つけて帰ってくる」

 僕はヨシに微笑む。ヨシは必死に不安げな顔を隠しているようだった。


「三島さん、なんか巻き込んでしまったようですみません」

 僕は隣のリクライニングチェアに座る三島に言う。三島は首を横に振る。


「それは違う。我々も君も目的がある。相反している部分はあるが」


 彼女はテーブルに置かれた水の入ったコップを僕らに手渡した。


「では薬を飲んでください。麻酔をかけます。お手洗いは大丈夫ですか?」

 彼女はまた微笑んで言う。僕らは肯いた。

 薬を口に含み、コップに注がれた水を飲む。その様子を確認した彼女は、注射器で僕と三島の腕のに麻酔を打った。


「それではお気をつけて」


 女性はまた微笑む。その微笑みは今度は不気味なものに見えた。少しして眠気は急激に襲ってくる。目の前がぼやけていく。目の前に立つみんなの姿がはっきりと捉えられなくなっていく。身体がとても重くなり、頭を上げていられなくなる。


 遠のく意識の中、僕はなぜか昨日の隣人の彼女との会話を思い出した。僕は恐ろしく危険な場所に行く。なぜか彼女も夢でそれを知っていた。そしてその夢で僕が言っていたという言葉。


『全てが変わる。それでも僕は会いに来る』


 起きたとき、目の前の全ては変わることになる。

 

 僕は果たして戻ってこれるのだろうか。

 みんなとまた会うことはできるのだろうか。

 

 僕の意識は段々と、そして確実に失っていく。

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