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14.下層現実

「それで、どうやってその下層現実へ行く、というか見ることができるんだ?」

 三島がそう問うと、エレボスは机の引き出しから何か金属のケースのようなものを出した。そしてそのケースを開け、透明のカプセル薬のようなものを取り出した。


「これは『AGMT』と呼ばれている。人間の五感を拡張する劇薬だ。五感はより鋭敏に拡張され、我々が見るこの上層現実から下層現実へ、世界の見え方を変えることができる」


「五感を拡張して鋭敏に…。人類の進化のように聞こえるが、下層へ落ちるのか」

三島がエレボスに問う。


「逆だ。五感を鋭敏にするのは進化ではなく、人類にとって退化と言える。かつての人類が進化により五感を鈍感にしていった。そして下層現実から這い上がり、この上層現実に辿り着いた」


「つまり、下層現実はかつての人類が見ていた世界?」

甲斐が尋ねる。エレボスは肯く。


「下層現実は、より鋭敏で繊細な感覚で成り立つ現実だ。それにより他者と他者の境界が少し曖昧になる。本音と建前が成立しにくい。物理法則、時間や距離や大きさというものもここほど安定していない。かつての人類はその世界が生きにくかったのだろう」


「古の人類の感覚が鋭敏すぎたが故に、鈍感化していった人類が我々ってことか」

三島が問う。


「そう。だから世界をより整理された安定したものとして捉えるため、かつての人類は自らの五感をあえて鈍化させ、進化していった。より生きやすい認識ができるこの世界へ。それが我々人間が勝ち取ったこの上層現実だ」


「薬物で、その感覚を呼び覚ます。そうして古の人類の地へ帰ることができると」

三島が言う。エレボスは、御名答、と肯く。


「なぁ、難しいことはわかんねーけど、もしかして徘徊者も下層なんちゃらに関係してるのか?」シュウが問う。エレボスはまたニヤリと不気味に笑う。


「私はまさしくそれが知りたい。今回君たちと会うことにしたのはそれが理由だ。恐らく下層現実より奥深くで、何かが起きた。そして徘徊者は現れた」


 下層現実の奥深く。下層現実すら理解ができないのに、またさらに奥がある。


「ヒロくんは何かを知っている。徘徊者を呼び出し、操った。これは徘徊者の出自を知らなければできない芸当だ。偶然にも君たちはヒロくんを探している。私はヒロくんが握る情報を知りたがっている」


 つまりはWIN-WINである、と言いたいのだろう。やはり全ての鍵はヒロであるということだ。改めてヒロがとんでもないところに居ることを思い知らされる。


「君たちにはこれから下層現実に行ってもらうことになる。そこでヒロくんのメッセージを読み取り、それをたよりに彼を探して連れ戻してほしい」


「もし連れ戻したらヒロを殺す気か?」

ヨシが言う。だがエレボスは首を横に振る。


「私はそんな物騒で非生産的なことはしない。2、3質問をさせてもらうだけだ。そしたらあとはヒロくんを煮ようが焼こうが好きにすればいい。私は真実が知りたいだけだ」


「まだあんたに協力するなんて言ってないぞ?」

ヨシが言う。


「だが私に協力するしか君たちには術がない。下層現実を見る方法があるのか?」

 ヨシは黙る。確かにそんな術があるわけがない。そもそも下層現実なんてものは今初めて知った概念だ。


「あんたが行くこともできるだろう?なぜ俺たちに行かせようとする?」

三島が言う。エレボスはまた笑う。


「そのヒロくんからのメッセージは聞く限り、君たち仲間にしかわからない内容になっている。もっと言えばキョウくんにしかわからない内容になっている」


 僕にしかわからない内容?そもそもここでは解読できないと言っていたが、この男は聞き取ることができたということだろうか。


「内容がわかるのか?この上層現実とやらでは解読できないって言ってたろう?」

三島が言う。するとエレボスは立ちあがった。


「種明かしをしよう。私は下層現実にいる。実は今も下層現実から君たちを応対している」


「俺とあんたは違う現実にいるのに、なんで会えるんだ?」

シュウが言う。


「さっき言ったろう。現実の見え方が変わるだけだ。SF映画のように身体ごと全く違う世界に行くわけじゃない。各々の見え方が変わり、言動がかみ合わなくなるだけだ。私は黄色い空を見ている。君たちは青い空を見ている。当然話はかみ合わない。つまり上層現実の君らと、下層現実の私とは話がかみ合わない」


「なんか上層だとか下層だとか、わけわかんなくなってきたな」

シュウが言う。


「こう考えるといい。イメージしてみてくれ。目で見えるものを切り変えられるボタンがあるとしよう。一つは戦地で人を殺す生活をするボタン、一つは恋人と恋愛している生活をするボタン」


エレボスは続ける。


「そして、仮に君たちが戦地で人を殺す生活を選ぶとする。当然君たちは人を殺しまくる。だが、身体は一つだ。恋人と恋愛しているほうでも人を殺しまくっていることになる。理解できたか?」


「さっきの眼鏡の例え話より極端すぎないか?」

ヨシが言う。エレボスは首を横に振る。


「いや、私は大げさなことは言っていない。それほど上層と下層は世界の見え方が違いすぎるのだよ」


「だが、おかしくないか?上層を見ている俺らと、下層を見ているあんたとでも、まともに会話ができている」

ヨシが言う。確かに会話はしっかりと成立している。


「それは私の訓練の賜物だ。こういう会話程度なら、どちらでもまともに映る手段がある。だがこちらから見た君らは酷いもんだよ。まともに会話しちゃいない」


 僕らは言葉を失う。どうしてもエレボスの言う下層現実への理解が追いつかなかったからだ。そしてエレボスはその様子を楽しんでいるかのようにさえ見えた。


「理解しろとは言わない。さて、誰がこのAGMTを飲む?」

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