12.非政府団体の男
ヘリは上空へ昇り、僕らは必死でしがみついた梯子を上っていく。すっかり辺りは暗くなってしまっていた。下を覗くと、地上にうごめく無数の徘徊者がうねりを形成しているのが見えた。僕はそれを見て息を呑んだ。このヘリが来なかったら僕らはあのうねりの餌食になっていたのだ。
僕らは上だけを見た。ヘリコプターから垂れ下がったゆらゆらと揺れる梯子を、たぐり寄せるように登っていく。やっとの思いで機内に上がる。すると見覚えのある顔が出迎えた。それはヒロのアパートで会った非政府団体の三島という男だった。金髪の甲斐という男はヘリを操縦している。
「君ら死ぬ気か!」
三島という男は大きな声で僕らに言った。確かに僕らは無謀なことをしでかしたことは承知していた。その言葉に反論の余地もなかったし、荒れた呼吸を整えるのに僕らは必死だった。
「三島さん、その子、ヒロくんの幼馴染じゃないですか?」
甲斐という男はコックピットで操縦桿を握りながら、三島に言う。三島はその言葉に、改めて僕の顔を見た。
「とにかく助けて頂いてありがとうございました」
僕らは2人に礼を言って頭を下げた。偶然にも助けてもらえたことは本当に幸いなことだった。
「礼はいい。あの塔にヒロくんを探しに行ったのか?」
三島は僕に尋ねる。僕は肯いた。
「キョウ、もしかしてこの人がヒロのアパートに来たっていう?」
ヨシが僕に尋ねる。僕は肯いた。
「三島さんたちはなぜここに?」
僕は尋ねる。
「先日のヒロくんの事件とあの塔に何か関連性があると我々は見た。まさか塔が消えて、さらに時間が早まるとは思わなかったが。その帰り道に、たまたま君たちがいるのを見かけたわけだ」
三島は言う。そして続ける。
「それで、君たちのほうは何か手がかりはあったか?」
三島は僕に問う。するとヨシとシュウは僕を見て肯く。それは全てを話してもいいという合図だった。命を救ってもらったのだ。もう僕も彼らを信用して、全てを話さなければならないと思った。僕は知っていること、起きたことを全てを彼に話すことにした。
僕らが塔へ向かった経緯。
塔がなかったこと。
時間が急に早まったこと。
あの爆心地跡でヒロから着信があったこと。
そして先日の事件の朝にも、ヒロからの謎の着信があったこと。このことを彼らとアパートで会ったときに、黙っていたことも僕は謝罪した。
全ての話を一通り黙って聞いたあと、三島という男はタバコに火を付け、煙を大きく吐いた。そして腕を組んで備付けの座椅子に座り込んだ。
「正直なところ、それらの事象は我々も全て説明しようがない。大物徘徊者の事件、塔の出現、辿り着けない塔、時間が早くなること。君たちに説明できるだけの材料を私たちも持っていない」
三島が言う。
「そうですか…。ではヒロからの音声についてはどうですか?」
僕がそう言うと、三島は甲斐を呼ぶ。甲斐はこちらを振り向いて僕に言った。
「キョウくん。携帯電話こちらにくれますか?ちょっとその音声の解析をやってみます」
甲斐に僕は携帯電話を渡す。彼はヘリコプターを操縦しながら、助手席に置いてあるラップトップを片手で操作する。しかし、しばらく操作してから彼はため息をつく。
「三島さん、これ、ダメっすね。そもそも信号とかではないみたいです」
甲斐が言う。
「そうすると、あと手がかりはヒロくんが言ってた『エレボス』だけか」
三島がつぶやく。
「エレボスという言葉に心当たりが?」
僕は三島に問う。
「エレボスは情報屋だ。政界、経済界、暴力団、宗教団体等あらゆる業界に顔が効く。そして一代で情報だけで巨万の富を得た人物だ。しかしその素性は全くわからない」
「ヒロがなんでそんな人間のことを僕らに?」
「わからない。だが確かにこの音声はエレボスなら解読できるかもしれない」
「どうやったらそのエレボスにコンタクトをとれますか?」
「一度だけ我々はエージェントを通じて、ある情報が欲しくて使ったことがある。法外な費用がかかったが」
法外な費用。僕は思わず言葉を漏らす。
「とにかく、エージェントに電話してみよう」
僕は肯く。果たして僕らにそんな費用の用意ができるだろうか。
ふと僕は時計を見る。時刻はすでに朝4時になっていた。時計は普通の挙動に戻っていた。ようやく時の流れを取り戻したようだった。時間的に着陸は不可能なため、ヘリコプターは夜明けまで空を飛び続けるとのことだった。
とにかくおかしなことが新たに起こりすぎている。だが、今回塔に来たことによって、少しだけヒロに近づけたのかもしれない。無駄足ではなかったということだ。
三島は早速エレボスに繋がるエージェントに電話をかけていた。英語で話しているため、その内容はわからない。しばらく話をしたあと、電話を終えた三島は僕に言った。
「キョウくん、朗報だ。エレボスが今日の午後に会いたいと言っているそうだ」
「直接僕らに会ってくれるんですか?ですが、僕らお金が用意できるかどうか」
「恐らく費用はかからない。直接会いたいなんてあり得ないことだ。どうやらエレボスもこの情報を欲している」
エレボスがこの音声を?やはりエレボスもヒロを探しているということだろうか。少し嫌な予感もするが、これはチャンスなのかもしれない。ずっと黙って聞いていたシュウとヨシも僕に向けて肯いた。
「わかりました。是非お願いします」
「わかった。とりあえず今は休め。これからきっと忙しくなる」
ヘリコプターのプロペラのパタパタという乾いた音が響く。相変わらずこの先も何が起こるのか一切予測がつかない。
エレボスという人間に会わなければ、この次は進まないのだろう。たぶんヒロがそのヒントを僕らにくれた。ヒロがどんな理由でこんなことをしているのかはわからないが。