10.蜃気楼
現在の時刻は10時50分ごろ。塔まであと5分ほどのところに来ていた。ここまで来ると、爆心地に近いためにほとんどの建物は形を成していない。道路は路面がほとんど見えず、瓦礫の山を歩くしかなかった。そのため足場はとても悪い。
この道中、相変わらず塔はずっと遠いままだった。ここまで近くにきても、その様相は何も変わらなかった。僕らの疑念は、少しずつ確信に変わり始めていた。
すると、先頭を歩くシュウがまた立ち止まる。急に周りを見回している。どうしたのだろう?
「…見えなくなった」
シュウのその言葉に、不思議に思った僕らは彼に歩み寄る。シュウが指さす先を見ると、その言葉の意味が僕らにもすぐわかった。シュウの横に来ると、あの巨大な塔がふっと視界から消えてしまうのだ。
僕はその光景が信じられず、そこから一歩、二歩と後退してみる。すると、塔は景色に現れた。そしてまた少し前に進むと、やはり塔はふっと消える。
「まるで蜃気楼だな」
ヨシが言う。確かに蜃気楼のようだった。遠くからは見えるけど、近づけば消える。僕らが立っているこの地点がその境界線のようだ。
「やっぱり塔は無いってことか」
シュウが言う。
「まだわからない。GPSの座標ではあと少しのところだ。とにかく行こう」
僕は言う。
僕らはとにかく前に進む。足場はますます悪くなる。瓦礫と焼野原が続き、草木が無造作に生えている。砂埃はさらに激しくなる。人間が踏み入れるような場所ではないことを、改めて思い知らされる。
その視界が悪い中、前を見ると小高い丘が20メートルほど先にあるのが見えた。
「たぶんあの先が爆心地だな」
ヨシが指をさして言う。僕は肯く。
恐らくあの丘は爆発によってできたクレーターによる土の盛り上がりだろう。あの丘を越えると恐らく巨大なクレーターがある。丘はここから見るだけでも横に長く広がっている。とても大きな爆発だったことがわかる。
僕らは砂埃をかきわけながら、丘の目の前まで来る。その勾配はわりと緩やかだった。高さも10メートルあるかないかだ。年月が経ってだいぶ風化したのだろう。これなら登るのもさほど大変ではない。
この丘を登れば、大きな爆心地となるクレーターがある。そして蜃気楼でないなら、ここに塔が立っているはずだ。だが、ここからですらその姿は見えない。視界が悪いからか、それとも本当にここには無いからだろう。
僕らは丘を登り、その頂上にたどり着いた。すると世界が急に変わったかのように風は止み、視界がクリアになる。空気が澄んだように快晴の空が広がる。
そして僕が手に持っていたGPSは、座標近くに辿り着いたことを通知音で知らせた。僕らは目的地にようやくたどり着いたらしい。
目の前にはとても大きなクレーターがある。僕の視界に収まりきらないほどの、大きなお椀状のくぼみがそこにあった。砂嵐が止んだおかげで、そのクレーターの全容をはっきりと見渡すことができる。
事前に調べた情報によると深さは200メートル、直径は3キロメートルほどあるとのことだった。そこはまるで隕石が落ちた跡のようだった。
そしてやはり目標としていた塔はここにはない。ただ大きなクレーターがあるだけだった。つまり僕ら人間が、とてつもなく大きな蜃気楼を見ていただけだったということになる。
「みんな揃って幻覚見てましたってことだな」
ヨシが皮肉めいて言う。でもそれは文字通り正しいことかもしれなかった。
「まあここまで来たんだ。下まで行ってみようぜ」
シュウはそう言うと、一目散にその傾斜を進んで降りて行こうとする。
「シュウ、ちょっとストップ」
僕はシュウに言う。クレーターの中に煙が立っている所があるのが見えたのだ。僕は念のため持ってきていた双眼鏡を取り出し、煙が出る箇所を覗いた。
あたりに何かの部品が飛散していて、炎が上がっている。
日本の国旗がペイントされている。さっきヘリだ。
「おいおい。ありゃさっきの政府のヘリだぜ」
ヨシが言う。
プロペラやテールがなくなり、原型を保っていないコックピットが5つ転がって炎上している。恐らく5機とも全て墜落したのだ。
「全部墜落したみたいだ。たぶん誰も生きてない」
僕は言う。
「政府を警戒する必要もなくなったってことだな」
ヨシが言う。
「こりゃなんかあるな。よっしゃ、行ってみようぜ」
シュウが僕らにそう言うと、先へ進んで行ってしまう。
ヘリが墜落しているぐらいだ。恐らく操作ミスかなんかではないだろう。つまりこの先は危険な何かがあるかもしれない。だが、いちいち覚悟を決めている時間などない。シュウはそれをわかっているのかもしれない。もしくは何も考えていないだけなのかもしれないが。
僕らはシュウの後ろについて、この傾斜を降りて行った。