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01.ファミリーレストラン





「このペペロンチーノ大盛りと、ドリアと、あとチキンで。あとドリンクバーも」


 メニューを隅々まで食い入るように見てから、彼は料理をようやく注文した。

 しかし彼が注文するものは、結局はいつもと変わらない。決まって同じものだ。


「シュウは悩むわりに、いつも同じものしか頼まないよな」

 僕は目の前に座る彼に言った。


「そうそう。時間の無駄なんだよ」

 僕の横に座るヨシも笑いながら彼にそう言った。


「うるさいなお前ら。新作があるか一応確認だけしてんだろうが」

 メニューを脇に置きながら、少しだけ不満そうにシュウは言った。


 僕は友人たちと深夜のファミレスに来ていた。

 6人掛けのテーブルに3人で座り、何気なく、そして意味のない会話をしながら食事をする。

こうやって週末になると、特にこれといった用もないのに僕らは集まっていた。

 ひたすら誰かの悪口や噂話を言い合ったり、最近見たドラマや映画の話をしたり、全く生産性のない話に終始する。


 ひたすら人生を浪費するだけの時間。他人から見ればとても退屈な時間なのだろう。

でも僕はこの時間がとても好きだった。

 こうやって無駄な話をしているときだけ、僕は()()()()()()を唯一実感できたからだ。


 でもこんな何気ないことに、平和なんていう大げさなものを実感できるのは、

今のこの世界が平和とは程遠いからだ。

 それは僕だけではなく、世界中の誰もが思っていることだ。間違いなく。


 今や戦争はない。疫病もない。餓死することも当然ない。

 大量の食糧廃棄が問題になっているほどだ。

 それでも、あるたった一つの事象のせいで、この世界は平和じゃないと誰もが口をそろえて言う。


「おまたせしました。ペペロンチーノ大盛りです」


 先程頼んだ料理が運ばれてくる。 

 大量に盛られたペペロンチーノを、シュウは勢いよく口に運ぶ。


「まだドリアも来るんだよね?」

 僕はシュウに尋ねる。

「せめて大盛はやめといたらいいのにな」

 ヨシもそれに同意しながら言った。


「お前らは身体が細すぎるんだよ。俺に話しかける暇が口にあったらもっと食え!」

 口にたくさんのペペロンチーノを含んだまま、すかさずシュウは反論した。

 その様子を見て僕らは笑った。


 とても平和な時間だ。

 だがこうして平和を少しでも感じると、いつも僕の感情にブレーキがかかる。


「どこが平和なんだ?外を見てみろよ」と、まるで僕の無意識が言うかのように。


 その言葉に従って外を眺める。このファミレスの外は、とても平和とは言い難い世界が広がっていることを僕は思い出してしまう。


 テーブル横の分厚い窓ガラスの向こうは、この深夜の暗闇がただ広がるだけではない。


 数え切れないほどの『徘徊者』と呼ばれる者たちが、この夜の中をぞろぞろと練り歩いている。


 夜になると彼らはどこからともなく現れる。暴れたり街を荒らすこともなく、夜をただ徘徊する。

 しかしひとたび人間が建物の外に出てしまえば、たちまち彼らは暴れまわり襲いかかる。そうなれば一瞬で人間は引き裂かれ殺されてしまう。まるで夜に人間が外に出るのを許さないかのように。


 いつからか人類は夜を徘徊者たちに明け渡していた。

 人類は日没後、かごの中の鳥のように外に出ることはできない。

 彼らが現れた原因もわからないまま。


 彼らは人の形に似ているが、決して人ではない。人間の頭部に相当するものがない。当然顔のようなものもない。コミュニケーションをとることも一切できない。


 映画に出てくるゾンビやエイリアンでもない。さらに銃器類は一切効力がなく、徘徊者と戦う術さえも人類にはない。こうなるとそもそも生物とは言い難く、幽霊というのが一番しっくり来るのかもしれない。


 身体はまるで墨汁の液ような、もしくは黒い煙のような表皮をしていて、形はメリハリがない。ただただ無機質に、目的もなく、話すことも鳴くこともなく、街を練り歩く。

 正体不明の謎の者たちだ。


 そんな彼らは、いつしか世界中で日没後に現れるようになる。そして日の出とともにまたどこかへ消えていく。人類は日の出から日没の間だけ、外に出ることができる。

 従って人類は、夜だけは建物の中でこうして過ごすしかなくなった。


 僕らが物心のついたころからこんな世界だ。だからこれはもう見慣れた景色であり、日常だった。

 しかしどんなに見慣れても、これが日常的であっても、僕らはずっと平穏を感じることはできない。


 どす黒く揺れ動く、首のない徘徊者の群れのうねりをしばらく見ていると、横にいるヨシが心配そうに僕に声をかけた。


「何見てんだ?」


「いや、徘徊者を見てるだけだよ」


「お前、徘徊者の観察好きだよな。いっそのこと『ナイトホークス』に志願したらどうだ?」

ヨシがそういうと、シュウと共に声を上げて笑う。


「そういえば、最近また募集してたな」シュウは食事を口に運びながら言う。


「まぁ『夜回り』は使い捨てだから。いつも人員補充してる。それだけ人が死んでるんだよ」

ヨシは少しだけ苦笑いで言う。


 彼らの言う『ナイトホークス』とは通称『夜回り』と言われ、この徘徊者がいる夜中を調査する団体のことだ。


 人類はこの正体不明の徘徊者だらけになった要因を、まだ何一つ解明できていない。これが自然発生的なものなのか、人為的なものなのか、それすらもわかっていない。

 ナイトホークスはそれらを解明するために設置された、政府から委託を受けた民間の調査団体だ。


 一般人でも志願ができる。報酬はかなり高額だ。その代わり、生存率はかなり低いと言われている。死亡時の補償もない。志願なんてするのは自殺行為でしかない。


「そういえば話変わるけど、ヒロは今日来ないのか?」

シュウは僕に問いかける。


 そう、僕らにはもう一人仲間がいる。この非生産的な週末の会は、僕と目の前にいるシュウ、横にいるヨシ、そしてまだ来ていないヒロの4人で構成されている。


 僕ら4人は幼なじみで、とくに僕とヒロは幼少期からの友達だ。いつも必ず週末に4人で集まっていたが、ヒロはなぜかまだ来ていなかった。


「あいつバイトか何かか?」シュウはまた僕に問いかける。


「何も聞いてないけど、そのうち来ると思う」僕は答えた。


 そうか、とシュウは言い、目の前のドリアとペペロンチーノをまたもくもくと食べ続けた。確かに遅れるならいつも連絡は来ていた。しかし今日は来るとも来ないとも連絡はなかった。


「ちょっと連絡してみる」

 僕はそう言って、彼の携帯へ発信する。しかし呼び出し音がなるだけで出る様子はない。


「連絡ないなんてあいつらしくないな。今日集まりあんの忘れてるんかな」ヨシは言う。


「集まりつっても、何の意味もない集まりだけどな」

 シュウは鼻で笑いながら言う。ヨシも笑いながらそれに同意する。


 僕らはそんな取り留めのない会話をしながら、外に出られる日の出までファミレスにいた。週末はいつもそうやって過ごしてきた。


 その間、ヒロに電話をかけても折り返しはなかった。結局ヒロはその日来ることはなかった。








 そして、その日の朝、行方不明者としてヒロの名前がニュースで報道される。


 それは昨夜に行われた夜回りの部隊の多くが、過去にないほどの『巨大な徘徊者』に襲われて、一気に部隊が壊滅したとのニュースだった。


 報道によると、ヒロはその壊滅した部隊に所属していたとのことだった。その部隊の内、数十人の遺体は損傷がひどく、個人の判別すらつかないほどだという。ヒロがその死者の中にいるのかいないのかもわからない。


 彼が志願して、最近ナイトホークスに入隊したことすらも僕らは一切知らない。彼が昨夜来なかったのは、僕らに黙って夜回りに参加していたからだった。

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