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裏 : 裏方令嬢の答え合わせ

 ヴェロニカとその従者達がカフェテリアを出てすぐ、後ろからワッと歓声が上がりました。


 ヴェロニカは振り返らず、ただうっすらと微笑んで学園のダンスホールへと向かいます。

 しかし暫く後、後ろから彼女を呼ぶ声がありました。


「ヴェロニカ嬢!」


「――――アーノルド殿下」


 追いかけてきたのは銀髪の第二王子。

 ヴェロニカは軽く礼をして王子に微笑みかけます。


「殿下、この度はご協力ありがとうございました。仕方の無い事とはいえ、殿下を変装させてわたくしの横に侍らせるなどというご無礼、誠に申し訳ございません。後日改めてお詫びに伺いますわ」


「いや? お陰で弟の不始末を未然に防げたんだし、とても面白かったからいいよ。それより、お詫びにというなら――――」


 アーノルドは大きく一歩、二人の距離を縮めます。

 ヴェロニカの従者達がピクリとしますが、ヴェロニカは目でそれを制します。

 アーノルドは楽しそうにそれを横目で確認しながら、ヴェロニカの耳許でこう囁きました。


「後日、僕のところに挨拶に来てくれるのは()()()()君かな?」


「…………勿論、()()()()ですわ」


「ヴェロニカ嬢()?」


「……ええ」


 ヴェロニカは、氷の彫像のような微笑みを崩しませんが、一方、アーノルド王子は面白くなさそうにその美しい顔を歪めます。


「………それは困ったな。これは僕も婚約破棄をしなければならなくなりそうだ」


「あら、恐ろしいことを仰せになりますのね。理由をお伺いしても?」


「僕は君が欲しい」


 普段は鉄面皮を崩さぬヴェロニカとその従者達も、これには流石に動揺が走りましたが、それもつかの間の事でした。


「君があくまでも公爵令嬢のヴェロニカだと言い張るのなら、僕はその令嬢ごと貰い受けねばならぬからね」


「…………語るに落ちたのは、わたくしの方でしたわね」


「ああ、でも君は素晴らしかったよ。僕はつい先ほどまで完全に騙されていた。僕の弟があんなに察しの悪い馬鹿じゃなければ、最後まで気づけなかったよ」


「お言葉ですが殿下、レオナルド殿下は王子としては少々純粋過ぎただけですわ」


「もう弟は"殿下"じゃないぞ。ただの貴族だ。……しかし確かに惚れた娘の為に臣下に降った弟は、純粋そのものだな」


「……そうですわね」


 ヴェロニカは曖昧に微笑みました。

 傍目には幼い頃から婚約者として側に居たレオナルドとの別れを悲しむように見えますが、その本心は別の所にあります。

 その心を見透かすように王子が口を開きました。


「本当に純粋な奴だ。あいつは()()()()()()()だ。遅かれ早かれ誰かの罠にかかるのが明白だったが、知らずと()()()()()()()()()()()んだろうな」


「……っ!」


「君の悪役令嬢ぶりも素晴らしかった。『大食いの意地悪な冷たい令嬢を蹴って心の優しい愛らしい庶民の娘と結ばれる美貌の王子』、と多少大袈裟に脚色すれば、暫く民衆はこの話に酔いしれる。王家への不満も削がれるに違いない」


「……そこまで全てお見通しですのね。では後日お伺い致しますわ」


「そうだね。()()来てくれるのを期待しているよ」


「……公爵(お父様)と相談致しますわ」


「ああ、君の落ち度ではないよ。あくまでもレオが察しが悪かったから"薄い毒を敢えて取らせていた事を言わなくてはならなかった"と公爵に伝えてくれ」


「……お気遣い、痛み入ります」


 膝をついた深い深い礼―――――公爵令嬢のそれではなく、臣下が主人にするような礼を、アーノルドがその場を立ち去るまで続けるヴェロニカ。

 ―――――いえ、公爵家の"影"。ヴェロニカの影武者のグレイスはアーノルドの姿が見えなくなるとサッと身を翻しました。


「……失態です。午後のレッスンは全てキャンセルし、早急に公爵様(おやかたさま)にご報告にあがらなければ」


「公爵様はこの後王宮から公爵邸に戻る予定です。……しかし第二王子殿下は第三王子とは違い、(さか)しい方とは聞いておりましたが……あれほどとは」


 従者のひとり――――勿論彼も公爵家の影です――――が暗い顔で言います。


「……本当に。凄い方だわ」


 グレイスはほう、と溜め息をひとつつきました。

 それは感心する気持ちと、後悔する気持ち、未来への希望と恐れ等がないまぜにされた溜め息です。


 先ほどの言葉、つまり毒見で薄い毒だとわかればレオナルドに敢えて取らせていた事。

 婚約者が王子の毒見係の代わりをすることはたまにあります。

 しかし、瞬時にそれが()()()()()()()()()()()だと判断できるのは、もっと幼い頃からあらゆる毒に対する鍛練を積んだ者だけです。

 そんな事が幼い身でできるのは、産まれた時から"影"として育てられた存在しかあり得ません。


 その言葉だけでヴェロニカ役のグレイスが影武者だと気づいたアーノルド。

 彼ならば、カフェテリアは"美食公爵"つまりヴェロニカの父の息がかかっている事から、ソフィアのような下心のある娘が給仕に選ばれたのは、裏で公爵家がわざと彼女を選んだのだと気づいているに違いありません。


 全ては「あんな見た目だけの馬鹿王子と結婚なんてまっぴら」と泣き、ストレスでやけ食いをして太った本物のヴェロニカの為。

 上手くレオナルド側から婚約破棄を言い出すように公爵が仕組んだ罠だったと見抜かれてしまったのです。

 そしてアーノルドはそれを公にしない代わりに、"影"のグレイスの腕を見込み、自分の影として欲しいと言っているのでしょう。


「……はあ。とりあえず報告、その後はお嬢様のダイエットに全力を注がなくてはね」


「……大丈夫でしょうか? それよりも貴方がこのまま大食い令嬢として、表向き少しずつ太っていけば辻褄が合うのでは?」


 従者の提案に苦笑いするグレイス。


「お嬢様が第二王子と婚約するにしても、他の婚約者を探して私の身だけ王子に引き渡すにしても、今のお姿のままでいるのはマズイと思うわ」


「……まあ確かに」


「大丈夫よ! 私みたいに食後に四時間ダンスと剣の訓練をすればすぐに痩せるわ」


「……まあ、婚約破棄というかなりのワガママを聞き届けたんですから、それくらいは頑張って頂きましょうかね」


「そうよ!……あ~あ、また忙しくなるわね。婚約破棄(この仕事)が片付けば、酒でも飲んでダラダラしようと思ったのになぁ」


「……"ヴェロニカ様"、お口が過ぎます」


「……」


 二人の"影"は顔を見合わせて忍び笑いをしました。




ここまでお読みくださってありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[良い点] >僕は君が欲しい ここ、ドキリとしました~。 でもそうか、婚約破棄をしなくてはいけないな、という台詞からして、第二王子には既に婚約者がいるんですね。 恋愛的な意味ではなく、手腕を見込んで…
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