前編
ここはとある王国にある貴族学園、その大ホールでの出来事。
明日はこの王国の王太子を決める立太子の儀式の日。
そのめでたい日の前日の今日、この学園では卒業パーティーが開かれていた。
そこにはこの国の将来を担う高位貴族の子息子女をはじめ、それらを支える中位貴族、下位貴族の子息子女もいる。
もう少しで卒業パーティーが開催されようとしているこの時、壇上に一人の男が現れた。
なにやらプログラムとは違うその男の登場に会場はざわめき出したが、その男が両手を叩き、注目を集めることでざわめきは次第に収まっていく。
その男はというと、現在この国唯一の王子であり、第一王子のセドリックだった。
「みんな、聞いてくれ。明日の立太子の儀を前にみんなに伝えておきたいことがある!」
会場内の人々は、卒業パーティというこの場での突然の王子の宣言に何やら不穏な空気を感じ取ったが、とりあえず王子が何を言い出すのか静観する構えのようだ。
「私こと第一王子であるセドリックの名においてここに宣言する。現在王太子妃の立場にある、ファーブル公爵令嬢アナスタシア嬢から王太子妃の地位を剥奪する!」
その宣言に、会場にいた全ての人たちはざわめきだし、何事かと近くにいる友人たちと話し始めた。
しかしそのざわめきを収めるため、王子は再び手を叩き会場内を静かにさせる。
「そして新たな王太子妃として、シーボルト侯爵令嬢レアナスタ嬢を任命する。これは将来の国王としての、私の勅命である!」
まだ王太子として立太子していない王子に、この国の法律では勅命権は無いはずなのだが、明日が立太子の儀とあってすでに王太子としてふるまう様子。
その発言内容に会場は再びざわめきだすが、そんな王子の前に一人の女性が進み出た。
その女性はというと、先ほど王太子妃の地位を剥奪すると宣言されたアナスタシア嬢であった。
「セドリック王子、何の根拠をもってわたくしから王太子妃の地位を剥奪するとおっしゃっているのでしょうか?」
それに対しセドリック王子は
「貴様には王太子妃としての認識がないようだからな、私の権限でその地位を剥奪したまでだ」
「何をもって王太子妃としての認識がないとおっしゃられる?」
そのアナスタシア嬢の発言に対しセドリック王子はというと、どこか小ばかにした表情で
「貴様は私が何度お茶会に誘っても参加せず、視察などにも一切同行しない、そして私の公務の手助けすら一度もしていない。これで将来私の隣に立とうなどとは片腹痛いわ!」
それに対し、アナスタシア嬢はというと
「私はあくまでも未来の王太子妃であり、現状あなたの婚約者ではありません。婚約者ではない以上、必要以上に懇意にする事も、公務の手助けをするわけにもまいりません」
「その認識がおかしいというのだ。この国には現在私しか王子はいないのだぞ?と言う事はだ、明日には私が王太子だ!」
そう堂々と宣言する王子だったが、それに対しあきれた表情でアナスタシア嬢はというと
「だからと言って、まだ確定したわけではないではないですか」
と言い放った。そのアナスタシア嬢の発言を聞いたセドリック王子はというと、怒りの表情になり
「なんだとキサマ、私以外の者がこの国の王太子になると、そう言いたいのか?」
「しかし、現にまだ立太子されておりません。わたくしの立場では王太子でない方と懇意にする事は出来かねます」
セドリック王子はその発言を聞いて我慢の限界に来たらしく
「衛兵、衛兵はどこだ!アナスタシア嬢に謀反の疑いがある、即刻捕らえよ!」
そう王子が宣言すると、会場警備を行っていた近衛兵の一部がアナスタシア嬢を取り囲んだ。
「お待ちください!」
と、そこで別の令嬢が声を張り上げ前に出てきた。
そこに現れたのは、周囲の視線を一堂に集め、だれから見ても気品と美貌に満ちた、非の打ちどころのない一人の令嬢だった。
その令嬢はというと、どうやら先ほど新たな王太子妃に任命された、シーボルト侯爵令嬢レアナスタ嬢のようだ。
その美貌に会場内の貴族子息は目を奪われ、先ほどまで困惑した表情だったが、どこかあこがれを抱いた表情に変わった。
また貴族子女たちも、自分もああなりたいというあこがれを含んだ目線をレアナスタ嬢に向けている。
「今の会話で謀反とは言い過ぎではないでしょうか?アナスタシア嬢の言う事は尤もな内容だと、わたくしは思いますが?」
その声は鈴を転がしたような、小鳥のさえずりのような、とても心地の良い、聞く者の気持ちを落ち着ける声音だった。
しかし、そういわれた王子はというと、自分の発言に絶対の自信を持っていたのか、当のレアナスタ嬢にそう言われたのが心外だと言わんばかりの表情で
「なんだとレアナスタ嬢。まさかあなたも私の言う事が間違っているというのか?」
「間違っている間違っていない以前に、現在セドリック王子はまだ立太子なさっていません。となると、未来の王太子妃という立場であるアナスタシア嬢の言う事は尤もな事。セドリック王子の言っていることが無理難題というものです」
「なぜだ!この国唯一の王子である私が立太子するのは状況から見て確定事項。ならば私の将来の妻となるべく、日ごろから私に尽くし従うのは必然事項ではないか!それを怠ったのだ、その立場を取り上げ罷免されても何らおかしくはないだろう!」
どうやらこの王子様は自分が明日王太子になり、将来自分が国王になるのが確定事項と一片の疑いも持っていない様子。
しかしそれとは対照的に、新たな王太子妃に突然任命されたレアナスタ嬢はというと、とても心外だと言わんばかりの表情をしている。
「そもそも、先ほどわたくしを新たな王太子妃に任命されましたが、それは国王陛下やシーボルト侯爵様の了承を得ての発言でしょうか?」
「父上やシーボルト侯にはあとから伝える。現状婚約者がおらず、我妻に成れる地位と美貌、頭脳を持つのがあなた以外居ないから任命させてもらったまで。よもや未来の国王である私の命令、聞けないとは言わないよな?」
その王子の独断との宣言を聞き、どこか安心した表情を見せたレアナスタ嬢はこういい返した。
「残念ながら聞けませぬ。なぜなら、あなたはまだ立太子しておられませんから」
「なんだと、キサマまでそれを言うか!明日だ、明日立太子して私はこの国の王太子となる。そうなってからでは遅いのだぞ?」
そう言い放つ王子はというと、どこか厭らしい表情を浮かべていた。
どうやらアナスタシア嬢を罷免したのは、先ほどの理由以外にも思惑がありそうだと、この時レアナスタ嬢は思ったのだった。
「何と言われようと、この国の法に則れば、今のセドリック王子には王太子の婚約者の立場を罷免するのも、新たに別の人物を任命するのも越権行為。その内容に従う訳にはまいりません」
「くっ、貴様も、貴様もかっ。衛兵、レアナスタ嬢にも謀反の疑いありだ、ひっ捕らえて拷問にかけてでもその真意を探れ!」
こうして二人の令嬢は、卒業パーティーという華やかな会場で謀反の疑いありと疑惑をかけられ、王城の牢へと連れていかれたのだった。
その後の卒業パーティーはというと、会場にいた大半の子息令嬢はここで起こった騒ぎを実家に伝えるべく、パーティーに参加することなく去って行き、結果として卒業パーティーは取りやめとなった。
この報告を聞いた国王をはじめ、国の重鎮たちや学園の教師達はというと、この王子の起こした問題に頭を悩め、その対策を取るべくあわただしく動き出したのだった。