#5 0か100
「…! そうか」
壮太朗の考えは城介には盲点であった。
願いがかなえられる、とはいっても違う角度で捉えれば、願いを叶える権利を得る、ことでありそれを実行しないまま維持することもできる可能性は高い。
そしてあの老人が完成させた錬纏を手放すに至った経緯を思い出した。
「強大な力だけどいずれ衰えていく体がそれに耐えられなくなった。ただ放置しているだけでは同じ事が繰り返される…」
城介は視野の狭さをつくづく痛感する。
壮太朗の気迫に圧倒されてつい先入観で恐れてしまっていた。
そして、その胸に秘めていた強い覚悟を正しくはかれずにいたのだ。
「それで? 俺達の計画も知ったなら…協力するふりをすれば生き延びられるな」
「たとえそうしたとしても信じはしないんだろう?」
「ならどうやって証明してみせる?」
「…君が初めから誰もを敵とみなしていたら僕はすでに脱落していたはずだ。けどこうしてまだここにいる。チャンスはいくらでもあったはずなのに」
「仕方がない。はるに止められたからな。無理に振りほどいて怪我も負わせられない」
「『力を放棄するために力を振るう』。その願いが嘘偽り無いことは全部君の行動に出ていた。あれだけの気迫を伴う覚悟をしていたのに、本当は争いが嫌いなんだって、あんな辛い顔をして、君の怒りは自分自身へ向けた嫌悪だったんだ」
「知ったような口を…」
「だから! 互いをもっと知り合おう。僕も半端に付き合って迷惑をかけたくない」
「できた。…あれ、どうかしたの?」
公園に着くなり描きわずらいが出たひなは城介と壮太朗のやり取りには全く耳に入っていなかった。
今後ある重要な役割を担うかもしれない、そんなひなを蚊帳の外にするわけにもいかないので落ち着いたことを確認してから、城介が壮太朗に話を促した。
「俺はすでに二人、錬纏使いに会っている。一人は昨日俺が追っていて、おそらくお前達も目にしたやつだ」
「ん、心当たりはある。ひなは…あの時うずくまってて知らないか」
「ただちに対処すべき脅威、とは言えないかもちろんいずれは決着をつけるつもりだ。だが…もう一人の方は前者に比べて…いや、比べ物にならない」
「今回の計画のきっかけになるほどなんだ」
「奴は『大いなる力』を手にし、この世を崩壊させてみせると宣言した」
「なっ…!」
「そして…俺はそいつにまるで歯が立たなかった」
「そんな…」
「やつはすべての錬纏使いを炙り出すため、互いの刺激し合うよう誰もを泳がせている。だから俺は見逃された。だがその気になれば世界を滅ぼすには数か月もかからないだろう。それを止められるのは当事者である俺達だけだ」
壮太朗を信じるはずだったのに城介はそれを拒んだ。
今までの日常が崩れてしまうことを信じたくなかったからだ。
まだ知らぬ何者かが破滅の未来を覆してくれるのではと期待もしたが、その可能性は正直期待できない。
最も確実なのはやはり自らの手に『大いなる力』を手にするしかないのだ。
「壮太朗。僕に錬纏の使い方を教えて欲しい。僕も未来を守りたい」
城介はひなに先に帰ってもらい、壮太路もまたはるを先に帰らせた。
そして共に公園の奥へと進んでいくと夕暮れで薄暗くなっている雑木林に二人きりになる。
「ちなみにお前、経験は?」
「前に出したのが初めてになる」
「めちゃくちゃで不安定な状態だったな。今回は落ち着いて安定させろ。…こういう感じだな」
「おお…」
城介は思わず感嘆の声をあげた。
壮太朗が纏うのは和風の鎧型の錬纏で、それはあの老人が手掛けたものに違いない見かけ倒しではない、特有の荘厳さを放っている。
「きっと今見えているイメージ通りだ。体に纏うように、慣れれば直感的に動く」
「イメージする…」
これまでの記憶、体験をもとにして意識を集中させる。
全身に纏われた鎧、壮太朗を吹き飛ばすほどに湧いた力。
だが点火に至らない。
「錬纏が出るきっかけは動物としての本能的な破壊衝動。怒りの感情だ。爆発させろ」
もちろんそのきっかけ自体には心当たりがあった。
しかしその一歩を踏み出せない。
その後に訪れる喪失感と自己嫌悪がどうしても立ち塞がるのだ。
「…ごめん。約束は必ず果たす。少し時間を…」
「そうか。だが時間は無い」
「すぐに追いついてみせる」
「その必要はない」
ばきいっ。
壮太朗は乾いた音を立たせてそばにあった木の、人の腕ほどはある枝を折った。
そして城介の足元に放る。
「俺もここでこれ以上立ち止まる訳にはいかない」
高く掲げた壮太朗の腕は見る見るうちに巨大化していく。
木の枝を軽くへし折ってみせた腕が何倍も大きくなって繰り出された手刀。
すんでのところで何とか城介は回避できた。
「嘘…だよね?」
「もし俺がお前ならこれは敵対行動と判断する。逃げ出しても次に会うとなれば二度と仲間にはなれない」
「いや僕はそんな…」
「わからないか。錬纏使い同士の関係は敵かどうか。0か100かだ」
手刀に次いで、壮太朗の腕は城介の身体を腕ごと握りしめる。
あがいてみせるが城介は容易に持ち上げられて全く身動きが取れない。
追い詰められていると焦る城介だが、それでも覚悟が決まらない。
「まさか俺に期待しているのか。こうして強引にして力を引き出そうとしているつもりだと。言っただろ? 0か100かだと」
壮太朗の言う通り、そうであってほしかったが体が壊れる限界を感じるほどに力が増している。
このまま力尽きてしまう、という不安がちらほら頭をよぎる。
きっと壮太朗への敵対心により自分が目覚めさえすればすべて解決するのだが、何故か湧いてくるのは自分への嫌悪だけ。
壮太朗がこうなったのも自分が錬纏を発動できないからで、逆恨みなどできない。
だったらこのまま力を失っても悔いは無い。
その方がむしろすっきりした気分で束の間に限るが今までの暮らしが戻ってくるんだ。
「…結局お前が貢献できたのは錬纏使いを見分けるやつを連れてきただけか」
「ひ…な…」
「まさに切り札。常に先手を取り奇襲が可能になる。しかしお前には無用の長物だった。いや、本人にもだったか」
「…夢なんだ」
「ん?」
「ひなにとっては自分にとっての夢になってるんだ、一生懸命なひなをそんな目で見るなよ!」