#3 迫られる選択
「…来たか」
「ここは…ん? 前の時より体がずっと軽い」
「錬纏の才に目覚めたからな」
「ああ、そうか…」
ベッドで寝転び目を閉じると城介は数十秒とかからず老人と再会できていた。
何もない真っ暗な光景だったが、今はうずくまることも無く楽でいられる。
「聞きたいことがあるようだな」
「大いなる力とは、錬纏との関係を知りたいです」
「そうだな。順を追ってわかりやすくしてみせよう」
老人は城介から数歩遠ざかるとその手を城介に伸ばす。
「錬纏、それこそ私が生涯をかけて創り出した究極の力」
「!? …僕の鎧、錬纏が吸われるっ…」
「安心しろ。ほんの少し借りるだけだ」
城介の背中にぞわわっと悪寒が走る。
錬纏という力が体から抜けていることが確かにわかった。
その一方で老人は城介から奪った錬纏を全身に展開して、見る見るうちに別人のように雰囲気が変わる。
衰えを示す白い頭とやせ細った体を覆ったことにより視覚的な印象を変えたからだけではない。
そんなものはお遊びの仮装でも補えた。
決定的な違いは、仮装では着替えた時点で終わりである一方、錬纏は発動させることがようやく始まりであったらしく、老人の目は静かに厳かになり、刺激に飢えたものだった。
「永くに渡る修行、闘争に基づき一騎当千、百戦錬磨の力を得た。それが錬纏」
全身への展開状態を見せてみた後、苦しんでいる城介に再び手を伸ばして力を返還した。
「だが強大すぎた。自在に操るにはもう既に私には時間が無かった」
「寿命が来てしまった、と」
「うむ。そこで私は悩んだ末に錬纏を八つに分けて子孫へと引き継がせた」
「それが世代を経て僕まで」
「錬纏使いとしての覚醒の仕組みはそうなる。そして私が創り出したのは錬纏だけではない。…城介、気づいているか」
老人が目を閉じてうつむく。
無言で出されたサイン。城介は会って間もないはずなのにそれを即座に理解し、振り返った。
目に飛び込んできたのは真っ暗な空とは相反した白い砂漠に見えたが、徐々にその正体が明らかになる。
うごめくその一つ一つが骸骨の兵士であったのだ。
正確な数はわからないが点のように小さくなるほど遠くまで兵士がいることから、一国ほどの勢力と言っても過言ではない。
「生涯をかけて得たもう一つの力、八千万の不死の兵達だ」
「これがもう一つの力…?」
「この手で葬り、私と主従の契約を交わしたものどもだ。私のあらゆる命令に忠実に従う。手足としてはもちろん、その身をもって文字通り山を築き、川の一つもつぶす」
「葬った、って、それに山や川なんてそんなこと…」
まるで大昔に戦乱の時代を生きていたのかような言動の真偽は気になったが、人の形を成した兵士をまるで土や岩のように扱う言い草に城介は苦い顔をして反論をしようとする。
しかし、老人の迷いの無い顔にぐっと息が詰まった。
城介が不快に感じた感覚は間違っていなかった。
まさに桶ですくい出す土であるかのように、老人のその目は一体ごとではなく数十体単位で、いかにして効率よく利用できようかと兵士を眺めていたのだ。
「兵士たちは私でなければ動かん。だが言い換えると私が錬纏を備えた者であったためだ。つまり、現世において再び錬纏を扱う者であればこの力…『不死の軍勢』を従えられよう」
あらゆる技術には作り手の意思がこもる。
錬纏に求められているあり方は、命のやり取りをする敵を一切寄せ付けぬ強大な力であること。
そしてそれは、死人は道具に過ぎないと、人というのものを生のみでしか評価しない、冷酷な側面を必然と備えているものであったのだ。
「これが…、大いなる力だって言うんですか…」
「話が途中だったな。大いなる力とはこれを含んだ別のものだ」
「いったいどういう…」
「既に話したが錬纏は子孫へと引き継がれ現世にて分割された状態にある。もともと私の寿命のためにやむを得なかったが、それが今ではどうだ」
「? 僕や壮太朗のことを言ってますか」
「ああ、若き錬纏使いが確かにいる。絶好の機会だ。『大いなる力』と共に、私の悲願である完全な錬纏を今一度蘇らせるのだ」
「あの…あなたは、どうしても干渉できないんですか」
城介なりに探りを入れてみた。
今回は城介からのアプローチにより二人きりの空間で対話が実現したが、もともとの錬纏の所持者である老人から介入が可能であるのか。
今は指示のみだが、錬纏を身に宿しているためその気になれば強行的な手段に出られてしまうのか聞き出そうとする。
「私が動くまでもない。人間を意のままに扱うなど造作もないさ」
「…」
「最後に残った者には『不死の軍勢』を授けるのみではない。『大いなる力』、この私の手によりあらゆる願いをかなえてやろう。城介、もちろんお前もな」
「あらゆる願い?いったい、あなたは神様か何かなんです…」
「信じるかはおぬし次第だ。しかし、いつまでも悩み続けていると後悔する間も無く力を失うぞ。…とはいえ、あくまで統合。命ごと奪わんのは幸か不幸か」
老人の言葉を合図として発生した竜巻に飲み込まれ、城介は現実に戻された。
「あの時の壮太朗の顔…僕が錬纏使いである以上は見逃してくれないか」
壮太朗やまだ見ぬ人間同士で争わなければならない運命が否応なく訪れる。
そう明かされた城介は頭を抱えてうつむく。
「壮太朗の錬纏…本物の迫力だった。錬纏を手段としてもためらわない、確かな願いを抱えてるんだ」