#19 戦闘開始
「自称『大手川ケンゴ』か。前歴があるか照会させよう」
警官達がごそごそと何かを相談しているのはわかったが、ほとんど耳には入らない。
というのも、ケンゴは事件の直後から収まらない左目の熱と不快感で眠れずにいて体に力が入らなかったからだ。
リスクを負ったにも関わらず手元に金銭は得られないまま、いずれは行き倒れて警察に通報されるのも時間の問題であったのははっきりしていた。
なんとか一度は職務質問を振り切ったものの、精神的に参っていたケンゴには早々にあきらめがついていた。
日の下の世界はすべてが眩しくて羨ましくて、あらゆるものが憎かった。
なぜ自分はあそこにいない。
「今まで何を間違えてたっていうんだ…」
左目は幼いころに両親の喧嘩に巻き込まれたときのもので、小中高と同級生にからかわれ、教師も腫れ物のように避けた。
学校も家にも居場所が無かったが高校生になると小さなスーパーでアルバイトをして寂しさを紛らわした。
だがある日万引きで追いかけていた子供が信号無視をして交通事故に巻き込まれるという事件があった。
子供は即死で、警察の捜査によってケンゴには非が無いことは証明されたが近所で噂は絶えず、自宅はいたずらの標的となり、スーパーは解雇された。
事件は続き、遺族である子供の祖母が鎌を手にして襲いかかってきたことがあり、必死で凶器は奪ったが揉み合いをするうち足腰の悪い相手が転倒して怪我を負わせてしまった。
目撃者はいないものの凶器を示せば被害者であることを証明できたが誰かの入れ知恵か痴呆を装われ、凶器も処分されてしまい、あろうことか母親から疑いをかけられケンゴだけが割を食うこととなった。
高校卒業をきっかけに親のもとを離れて数年が過ぎ、頼るあてもなかったところ強盗を計画していた例の男と出会った。
「もう一つ話、いいか」
未覚醒の錬纏使いが何事も無く解放された場合を想定してだと前置きして壮太朗は口にする。
「覚醒は待たず即座に錬纏を回収する。たとえどれだけ高尚な願いを抱えていたとしても一切聞かずに」
「…ああ、合理的ではあるよ」
錬纏の素質があるとはいえその力に目覚めていない限りただの人間に過ぎない。
言葉の通り力任せが最も手っ取り早いのは確かだが城介は浮かない顔だ。
「錬纏に選ばれたままが幸せだと思うか?」
「壮太朗の言いたいことはわかるよ。こうして同じ立場になってみたから」
「半端に情けをかけても傷つけるだけだ。なら何も知らぬまま俺が悪になるだけでいい」
何も知らぬまま秘めていた未知の力を奪われることがどれほど恐ろしく不気味であるかは計り知れない。
しかしそれは世界さえ巻き込む規模の騒動からその身を救うためには避けられない行為であるのだと壮太朗に迷いは無かった。
「うるさい…泣き声が響く…」
パトカーの側をベビーカーが通り過ぎ、幼児の叫び声が否が応でもケンゴの耳に入ってきた。
生きてきた中で何度も耳にする機会があったが決して快いものではない。
特に今回は不調の体に厳しく辛く突き刺さってくる。
もたれかかっていた運転席のシートをたまらず握りしめ目いっぱい力を込めて気を紛らわせる。
「光を…惨めなこの俺自身を消す火を…」
びーっ。
パトカーからクラクションが鳴り、それは一向に収まらず向かいの歩道にいた城介達を含む周囲の注目を集めた。
「ぐああっ」
「何をしている…がっ」
ケンゴを監視していた警官二人組がパトカーに乗り込むも重厚な金属音と共に飛ばされていった。
「あれってまさか…」
「壮太朗、まずいよ」
「わかってる。緊急事態だ、一直線に道路を跳び越えるぞ!」
「あ、ああ…ひなは待ってて…いや、すぐここから離れてて」
軽装の錬纏は壮太朗が圧倒的に速く、ジャンプと着地も文句無しで壊れていたパトカーの側方に降り立った。
後を追って城介がパトカーの前方に着くが、割れたフロントガラスで上手く車内の様子はうかがえない。
「パトカー全体が膨らんでない?」
「まだ錬纏の制御がでたらめだからだ。まだ腕しか見えてない」
「密閉されてたら錬纏だけが膨らんで圧迫される、だったか…助けよう」
「ああ、そうなるな」
みしみしと音を立て続けていたパトカーに壮太朗が先陣を切って手をかけた。
その途端に車の屋根が吹き飛び、同時に道端の人だかりから悲鳴が上がる。
「あぶねえっ」
壮太朗は咄嗟に真上に跳びそれを城介の方へ蹴り飛ばした。
「叩き潰せっ」
「きゅ、急だな」
単純に破壊するなら腕だけ瞬時に展開すればいいので、少し焦ったが確実に受け止めて握りつぶした。
「被害出さないためにも仕方ないよね…? けど人が集まってきてるな…速く片を付けてね」